3-7 もうひとつのドラゴン部族

「なんとっ!」


 海竜島。この間の大規模居酒屋で報告を受けると、島長しまおさヴァンは飛び上がった。


「ではまさか、魔の海を解放したというのか……」

「まさか……」

「死ぬと思っていたがのう……」


 テーブルを囲む島の重鎮が、ひそひそ囁き合う。


「……なんか、あんまり喜んでないみたいだな」

「そんなことはない」


 戦士姿の例の中年姉御が、首をぶんぶん振った。


「なにせ百年もの間、誰も成功しなかったクエストだでのう……。皆、にわかには信じられないのさ」

「なるほど」

「これが証拠になるかわかりませんが……」


 小さなメダルを、吉野さんが取り出した。難破船のひとつからサルベージしたものだ。銀を叩いて作った素朴な細工物で、多数の波浪と、その上に浮かぶドラゴンが刻まれている。


「難破船から見つけたものです。この印、この島のシンボルと同じですよね。……この居酒屋入り口にも掲げられているし……」

「これは……」


 取り上げたヴァンは、メダルをしげしげと見つめた。


「たしかに島の証。……どこにあった」

「ある船の操船室です」

「やはり……」


 握り締めた。


「これは島船の証。……無念であっただろうに」

「どの船もご遺体は皆、丁寧に海葬にしました」

「ありがたいことじゃ……」

「ではやはり、魔の海は消え去ったのだな」

「マジか!」

「奇跡じゃ……」


 ようやく現実感が出たのか、そこここで歓声が上がった。


「さすがは別大陸の勇者殿。頼りになる稀人まれびとだのう……」

「嫁を十人近くも持つだけはあるわい。男の中の男じゃ」

「さっそく、船の整備を進めんと。大きな船は、何十年も使えずじまいだったからな」

「平殿……どれほど感謝してもし足りんわい」

「今晩は宴会じゃ。平殿御一行も、参加してくだされ」

「島の名誉戦士として称えさせてくれい」


 俺達は握手攻め。優勝チームの祝賀会かってほどにもみくちゃにされた。とはいえ、調子に乗って吉野さんやみんなにべたべた触りまくるおっさんはいない。女子連中は全員、英雄――つまり俺――の嫁と思っているからだろう。そこはさすがに礼儀を通しているようだ。


「皆を呼べ。今から宴会じゃ」


 大歓声と共に、宴が始まった。向こうの大陸では見たこともない魚や、変わった野菜、それに不思議な味付け……。エキゾチックな飯を大いに楽しんだよ。異世界スマホ経由で、もちろん会社には泊まりの出張届を出したしな。届け出書類等はもう全部電子申請になってるから、楽なもんよ。業務DX様々だな。


「ところで……」


 宴会の頃合いを見て、俺は切り出した。


「なんじゃ、平殿」


 ヴァンはもう上機嫌。喜びと酒で、頬が上気している。


「復活の魔法が使えるという、例の魔道士について、言い忘れたことがあれば、教えてくれ。頼む」

「この間教えた通りじゃが……」


 酒のジョッキを置くと、真剣な瞳になった。斜め上を見て、しばらく黙っている。


「魔の海に塞がれた、海路でしか行けない里に隠棲してるって話でしたよね」

「魔道士一族は途絶え、最後のひとりだけとも言ってましたよね」

「さらに百年前に海路が途絶えたため、今ではそのひとりも生きているかどうか……だったな」


 吉野さんとタマが付け加えてくれた。


「うむ……」


 ヴァンが頷く。鬚に付いた酒をテーブルクロスで拭うと、続けた。


「そうそう、陸路はないと言ったが、あることはある。事実上ないから、あのとき『ない』といっただけで」

「どういうこと?」


 テーブルにあぐらを組んで、レナはぽいぽい食事を放り込んでいる。もぐもぐしながら首を傾げている。


「陸路があるのに、ないってこと?」

「そういうことよ。陸路はあるが、外部の民が行ける陸路はない」

「なんだか、ややこしそうね……」

「実は……」


 話はこうだった。


 魔道士は、海沿いの神殿で祈りを捧げる。それが一族の務めだったから。そして神殿からは、一本の細い道が山に続いている。険しい山道を抜けると、小さな盆地がある。そしてそこには、特別な部族が住んでいると。


「この大陸の歴史は、いくつかの種族や部族が向こうの大陸から渡ってきて始まった」

「それは聞いています。たしか歴史が始まりしばらくすると、世界開闢の祖、ゴータマ・シッタールダの治世に不満を持つ種族が現れた。彼らのためにゴータマはもうひとつの大陸を創造し、いくつかの種族はそちらに移って独自に発展した――。たしかそうですよね」

「そうじゃ。旧きエルフやドワーフの一部、もちろん人間もじゃ。そしてその中に、ドラゴンの一族もおった。その部族が、神殿から通じる山村に暮らしておる。外部からは完全に隔絶された世界として。彼らが唯一、交流を持っておるのが、海辺の魔道士一族よ」

「待って!」


 レナが立ち上がった。飛んで俺の肩に跨る。


「こっちの大陸にはドラゴンが居ないって話だったよね」

「ああ、ドラゴンロードのエンリルが言っていた」


「取り決め」があり、ドラゴンはこっちの大陸には飛んでこられないと、はっきり断言してたしな、あいつ。


「あんたら、ドラゴンとも知り合いなのか」


 ヴァンが目を丸くした。


「さすがは勇者様じゃ」

「それより、そのドラゴンってなんだよ。居ないはずだぞ」

「ドラゴン形態のドラゴンはおらん。そのエンリルとかいうドラゴンは、その意味で言ったのであろう」

「……」


 そういや、「少なくともドラゴンとしては存在しない」とか言ってた気もするな。


「彼らは他部族との接触を拒む、極めて排他的な連中じゃ。近づくだけで攻撃してくる。危険な部族よ」

「平くん……」


 心配そうに、吉野さんが手を握ってきた。


「大丈夫ですよ。俺達、戦いに行くわけじゃない。それにそいつらに用はない。俺達が会いたいのは、海辺の魔道士だけだ」

「その部族は、なんという種族だ」


 タマに見つめられると、島長ヴァンは、ほっと息を吐いた。


「彼らはドラゴニュート。特別なドラゴンじゃ……」




●次話から新章! 「ドラゴニュートと魂の呼び声(仮題)」開始! おたのしみにー

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