7-4 シュヴァラ王女の謎

「混沌神とかも興味あるけれど、それよりあなたが額田美琴であり王女シュヴァラであるというほうが大事な気がするけれど」

「吉野さん。それも話すので、もうちょっと待ってください」


 お茶を飲むと、タマゴ亭さんが続けた。


「とにかく、混沌神は危険な存在だったの。彼らは妄想を食べる存在で、妄想でできていたこの世界はまさに大好物。バスカヴィルが通路が開いたのをこれ幸いと、こっちの世界に浸透してきた」

「妄想を食われるってことは、この世界が侵食されるってことだろ。大問題じゃんか」

「そう。だからバスカヴィルは一命を賭して混沌神を止めようとした。なにしろ自分の責任だし。……ねえ、パンドラの箱の話知ってる?」

「はあ?」


 その名前は知ってるが、詳しくはな。たしか箱を開けたら悪党が出てきたとかじゃなかったか? ……違うかw


「ギリシャ神話だよ、ご主人様。初源の女性パンドラは、神ゼウスにもらった箱を地上で開けた。そうしたら中からありとあらゆる悪と厄災が出てきて世界に広がった。パンドラはあわてて箱の蓋を閉じたけど、おかげで最後に残った希望が箱に閉じ込められたって話だよ」

「そう。レナの言うとおりだ」

「……」


 全員、微妙な雰囲気になったなw てかレナお前、どこでそんな知識仕入れた。俺のパソコンを夜な夜ないじってたから、そのあたりとは思うが……。


「まあそんなとこ。さすがはレナちゃんね。ちゃんと使い魔として主人をフォローして」


 タマゴ亭さんが微笑んだ。


「あれとおんなじ。混沌神たちが我先にと世界に飛び出した後、最後に残っていたのは知性を持ち、協力的な存在だった。混沌神討滅のためバスカヴィルはその存在と契約し、秘蔵の魔剣に彼を封じ込めた」

「それって……」


 吉野さんが俺を見つめた。


「そう。あたしは直接戦闘場面を見てないから確信はないけど、多分、平さんが持ってる魔剣が、多分それ」


 んじゃあ、あの魔剣の精は、混沌神の類ってことか。そういやバスカヴィルに呼ばれたとかなんとか言ってた気がする。


「長く続いた激しい戦いの末、魔剣の力を借り、バスカヴィルは混沌神たちを知覚の扉の向こうに封じ込めた」

「倒したんじゃないのか」

「ううん」


 悲しげに、タマゴ亭さんは首を振った。


「力を借りても、封じ込めるのが精一杯だったって。おまけに戦いでその存在の力を何度も何度も借りたため、バスカヴィルは生命を削られ、生ける屍同然になった」


 吉野さんが俺を見つめてきた。なんとも言えない顔をしている。


 俺はなにも言わなかった。たしかに魔剣の精が、「我を使うな。バスカヴィルはそれで身を滅ぼした」と言ってた。タマゴ亭さんの話は、それと符合する。多分事実なんだろう。


「封じ込められるまでの間、混沌神はこの世界にとてつもない災いをもたらした。多くの人が亡くなり、豊かな土地は瘴気で覆われ不毛の荒野になってさらに多くの人を死に追いやった。混沌神の存在は、一般には知られなかった。ただ危険なモンスターが跋扈したとして処理された。で、王宮地下の知覚の扉の向こうへの混沌神の封じ込めに成功した後、シタルダ国王は、あわてて遷都した。危険な土地に国民を置いて置きたくなかったから」


 そりゃそうだな。俺が王でもそうする。てか、トリムが話してたハイエルフの伝説とも合致するな、これ。どうやら事実っぽい。


「バスカヴィルはどうなったの?」

「はい吉野さん。まともに歩くともできなくなったバスカヴィルは、こうした経緯や古代魔法の秘跡を、本に記したんです。誰にでも読まれてしまっては世界を滅ぼしかねないので、暗号で」

「それが『智慧の泉』なんだな。あんたが王立図書館からくすねた」


 タマゴ亭さんは、俺に答えなかった。ただ続けた。


「バスカヴィルの生命の火が消えて数百年後、脳みそ空っぽの王女が、シタルダ王家に生まれた。彼女は王宮生活に退屈し、壁を蹴り壊し暗号の書付を見つけてバスカヴィルの著書を読み解いた。……で、思った。通路を開けば、自分も冒険が待つ異世界に行けるんじゃないかと」

「それって……」

「そうです吉野さん。目の前にいる、このアホのことです」


 眉を寄せると、なんとも言えない表情を浮かべた。


「バスカヴィルの本を抱えなんとか王宮を抜け出して、王女は旧都遺跡に向かった。そして知覚の扉の前で禁じられた古代魔法を起動した。バスカヴィルと異なり王家の血を引いていたので、彼の失敗は繰り返さなかった」

「混沌神の世界には通じず、この世界の真祖ゴータマ・シッタールダ――つまりお釈迦様の故郷の世界に通路を開けたのね。……あたしたちの世界に」

「はい。あたしは世界通路を通り、こっちの世界に転生した。……ただ次元を抜けたときに世界線が歪んで、わずかに時間軸がずれた」

「……だから一年前じゃなくて十八年前に転生したんだな。額田家の長女として」

「そうです平さん。王女シュヴァラの記憶を保ったまま、あたしは額田美琴として転生した」

「なるほど」


 これでわかった。たしかにこれなら整合性は取れる。なにもかも。……ただひとつの点を除いて。


「あとひとつ教えてくれ。タマゴ亭のあの紋章。盾と蔦みたいな奴。あれはなんなんだ」

「それは……」


 タマゴ亭さんは、俺を見つめた。

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