7-3 バスカヴィルの謎

「あたしは額田美琴。家族経営の仕出し弁当屋『タマゴ亭』の娘。十八年前に生まれた。それは間違いない」


 異世界子会社の狭い会議室兼応接室。俺と吉野さんを前に、タマゴ亭さんは淡々と話し続けた。


「同時に、あたしはシタルダ王家マハーラー王の一人娘、シュヴァラでもある」

「どういうこと?」

「はい吉野さん。長い話になりますが、説明します。あれは数年前。あー、あっちの世界の数年前の話です。王宮暮らしに飽き飽きしてる、世間知らずの生意気な王女がいたんです。それがあたし」


 ほっと息を吐くと、お茶を飲んだ。


「ある日、イライラしたときいつものように王宮の壁を蹴り破ったら、下地の中から革に書かれた古い書付が見つかって。うん、処分した書付が泥に落ちたかなんかで、下地に練り込まれたんじゃないかと思うんだけど」


 王立図書館のヴェーダ館長が言ってたけど、やっぱりマジで壁を蹴り壊してたのかw タマ並の格闘家だな。こんなん笑うわ。


「その書付って?」

「それはですね――」


 それは、特殊な暗号の作成と復号ルールを記したものだった。退屈を持て余し好奇心旺盛だった王女シュヴァラは、いつも暇潰ししていた王立図書館に突撃し、それらしき暗号で書かれた書物を探した。うまいこと適当な理屈をつけてヴェーダ館長から暗号書の一覧を入手すると、この暗号が用いられているのは「智慧の泉」という古代の謎の書物であると発見した。


「それがシャイア・バスカヴィルの著作だったわけね。例の」

「はいそうです」

「ヴェーダ館長の話では、古代魔法の禁じられた術式について、抽象的なヒントが暗号でずらずら書き記された奇書って話だったよな。そうだったのか?」

「うーん……。ニュアンスとしてはちょっと違うんだけど。禁じられた術式について記述があったのも確か」

「どんな術式だったんだ」

「平くん。知りたいのはわかるけど、口調」

「ああすみません。気がせいちゃって」

「いいよタメ口で。あたしもそのほうが話しやすいから、そうするわ」

「それはね。ここではない、別の世界との扉を開く術式」

「つまりここ現代日本とあの異世界を繋ぐ通路ってことだよね」

「そうだけど、それもちょっと違う。……順を追って説明するから」

「はよはよ」


 暗号を復号しながら、長い時間をかけて、シュヴァラ王女は「智慧の泉」の内容を読み解いた。そこに書かれていたのは、古代の賢者バスカヴィルが、瞑想と幻覚剤、それに魔法の助けを借りて真祖ゴータマ・シタルダの魂と感応して知った「世界の裏の神秘」だった。


「真祖ゴータマは、この現実世界生まれ。類まれな妄想力で仏教を創建した後も力が衰えず、ついには異世界を妄想で生み出してそこに自ら転移した」

「それがあの世界、そしてシタルダ王家の始まりだったわよね」

「そうです吉野さん」


 それが今からざっくり二千五百年前。


「バスカヴィルは、ゴータマが編み出した異世界との交接について、強く興味を持ったわけ」

「そりゃそうだろ。バスカヴィル自体が大魔道士だったわけだしな。世界を動かすほどの力を知りたくないわけがない」


 異世界との通路を開く術式を習得したものの、ゴータマほどの妄想力を持たないバスカヴィルには、術式の起動が難しかった。ただ唯一、魔力に欠ける者でも術式を起動できる土地を、真祖ゴータマの魂から聞き出した。それが、ゴータマがこの世界を作った「初源の力場」。つまりゴータマが現実世界から通ってきた通路そのもの。


 通路はゴータマが扉で封じ、さらに門で囲って厳重に封印した。


「それが混乱の門と知覚の扉ね」

「はい。旧都の王宮地下で、さらに生体認証の隠し扉で封じられていて。もう潜ったでしょ。混乱の門」

「ああ」

「あの門の向こうは、もう王宮の地下じゃないの。あの世界の、別の場所」

「ワープしたのか」


 俺は思い返した。そういや、門を潜ったとき、なんか高速エレベーターで移動したみたいな変な感覚があったわ。


「そう。そもそもあの王宮・王都は、あの通路を封じて護るために作られたんだって」

「そりゃ、王宮の地下のさらに隠し扉の先とか、普通の人間には入れないよな」


 とにかくそこなら、異世界と世界線をシンクロさせることができる。術式を起動できる人間なら。そこでバスカヴィルは、適当な理由をつけて王宮の地下を人払いし、ただひとり異世界との通路を開く術式を、「知覚の扉」の前で起動した。


「それで異世界通路が開いたんだな」

「ええ。……ただ、開いたけれど、こっちの世界――つまり現実世界――との世界線交接には失敗した。なぜなら彼には王家の血が流れていなかったから」

「異世界通路が開いたけど失敗したって。どういうことさ」

「要するにこの地球ではない、別の異世界と通じたってことだよ。ご主人様」


 好奇心を抑え切れなくなったのか、俺の胸からレナが飛び出した。微妙な話になるから隠れているよう、レナには命じてたんだ。


 まあここまでよく我慢したよな。レナにしては。


「そう。レナちゃん、相変わらず察しがいいね」

「えへっ」


 照れくさそうに喜んでるな。


「ボク、なんだってわかるよ。そうだ。たとえば額田さんのアレが始まったのは二週間前だから、今日は危険日とか」

「黙れ、レナ」


 まったくサキュバスって奴は。


「そ、それで通路はどうなったの?」


 吉野さんがフォローに入った。さすがです。


「バスカヴィルの通路は、謎の世界に通じた。そしてそこから、奇妙な存在たちが侵入してきたの」

「奇妙な存在?」

「そう。バスカヴィルは『混沌神』って本に書いてた」


 なんやら知らんが、不吉な名前だw どうなるんだ、これ?

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