8-4 対コボルト巣穴戦

「やれっエリーナ!」


 俺が叫ぶと、エリーナは大きく口を開いた。高周波のバンシースクリームが鳴り響くと、ほど近い敵は全員、耳を押さえ頭を抱えてうずくまる。ざっと見て百近い。だが敵総数は予想の倍、つまり五百体ほどは攻撃行動を取れることになる。


「ケルクス、サタン、行けっ!」

「婿殿」

「甥っ子甲よ」


 遠方の敵を狙い、ケルクスとサタンが範囲魔法を次々放ち始めた。


 ケルクスは速射が可能な炎系魔法で、敵を炎上させている。燃え上がった敵は悲鳴を上げながら駆け回るので、周囲の敵にも延焼するので効率的だ。


 サタンはよくわからんが、なにか黒い雲や霧に似た球体を飛ばしている。ふわふわと着地すると、周辺の敵が一気にばたばた倒れ込むから、即死魔法の一種だろう。その意味で凄い。……ただ、効果範囲が狭い。魔王ともあろう存在の魔法にしては弱すぎるからおそらくこれは、魔力継承が発現していないという、例の理由なのかもしれない。


 吉野さんが構えたミネルヴァの大太刀からも、雷魔法が飛び交い始めた。


 右手奥のコボルトは、緑色の唾のようなものを飛ばしてくる。こいつらが毒系コボルトだな。だが離れていて届かない。十体ほどはこちらに駆け込んできたが、バンシーエリーナのスクリーム効果範囲に達して倒れ込んだ。仮に近づかれたとして唾をかけられれば気持ちは悪いが、こっちにはキングーがいるから毒の効果はない。これならこいつらは後回しでいい。


「平ボス、あたしは周囲を倒して回る」


 タマが唸った。


「エリーナのスクリームはいずれ途絶える。今のうちに少しでも刈り込んでおきたい」

「行けっ」

「うおーっ!」


 駆け込んでの蹴り一閃で、コボルトの頭を次々吹っ飛ばし始めた。ただ、ひとり離れ敵の只中ただなかに突っ込んだだけに、タマは標的になりやすい。タマの体に、キラリンがヒーリングポーションを投げる。


「ご主人様、左手奥、アーチャー集団!」


 レナが叫ぶ。見ると今まさに、数体がねじくれたボウガン状のなにかを構えたところだ。矢で射たれたら厄介だ。仮にエリーナやケルクスあたりがひとりだけ矢を受けたとしても、こちらの戦力は総崩れになる。


「ケルクス、サタン。あっちを狙え。最優先だ。それにトリム――」

「わかってる、平」


 目にも留まらぬ早業で、矢を放つ。トリムの矢は、ボウガンを構えた敵から正確に倒し、攻撃の芽を潰していった。そこにケルクスとサタンの範囲魔法が襲いかかる。無理と悟ったのか、アーチャー集団は巣穴に飛び込み始めた。


「お兄ちゃん、左後ろのコボルトが、詠唱してるっ!」


 くそっ! 次々と。俺の脳は高速に回転し始めた。


「ケルクス、防御魔法を頼む。トリムも一度、結界矢を射て。サタンはそのままだ。アーチャーはメイジより対処が難しいからな。そっちが全員逃げ込んだら、メイジに移れ」

「平さん、右後ろの巣穴から、アーチャーが出てきました」

「逃げ込んだアーチャーが通路を通って場所を変えたんだよ、お兄ちゃん。仙砲丸が起動したから、長いこと巣穴には居られないからねっ。総力戦だよっ」

「吉野さん、それにキングー」

「わかった」

「はい」


 吉野さんが雷魔法、キングーは手持ちの火炎瓶で、アーチャーに攻撃を加え始めた。


「婿殿、あたしはメイジ掃討に移る」

「よし」

「ご主人様、エリーナのスクリーム、もってもあと二分だよ」

「どのくらい倒した。レナ」

「三百くらいが消えたよ。でも巣穴に逃げたのも多いから、倒したのは多分、半分くらい」


 くそっ。まだ七、八割の敵が残ってるじゃないか。


「俺も行く! レナ、お前は残って指揮を取れっ」


 跳ね鯉村で誂えた長剣を抜き放つと、うずくまったままの敵に襲いかかった。コボルト単体は、そう強くはないし防御力も弱い。敵の攻撃力を、俺はざくざく削り始めた。この調子ではすぐなまくらになり刃こぼれもするだろう。なに、かまうこたない。悪いがこれは実用品だ。使えなくなれば放り出して魔剣を使う。短剣だから刈り込む効率こそ落ちるが、バスカヴィル家の魔剣は刃こぼれなどしないからな。


 俺とタマの周囲に、コボルトが妄想に戻る虹が、大量に舞い始めた。


「キラリンとキングーは、右前をお願い」


 レナの指揮が、背後から聞こえる。


 そのとき、エリーナの「死の叫び」が、徐々に弱くなってきた。


「ご主人様、もう効果が切れるよ。周辺のコボルトが、すぐに立ち直る」

「遠方はどうだ」

「八割方倒したぞ、婿殿。残兵はトリムが矢で潰している」

「甥っ子よ、スクリームが切れると、敵のファイターが全員斬りかかってくる。乱打戦になれば、あたしもケルクスも、範囲魔法はもう使えない。味方にも当たるから」

「わかってる」


「……っ! 平さん、すみません」


 エリーナの絶唱が止まった。うずくまっていた敵が、頭を振りながら、剣を杖にして立ち上がり始めた。


「うおーっ!」


 なまくらになった長剣を放り投げると俺は、魔剣を構えてそいつらに突っ込んでいった。

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