8-3 「仙砲丸」起動

「この百匹が最優先だ」


 俺は全員を見回した。この百匹にどう対処するか。それが俺達の戦いの成否を分ける。そして俺は考えていた。ここで魔王サタンの実力を測る。同時に、エリーナとサタンが加わった、俺達の新しい戦いのフォメーションを確立すると。


「こいつらは当然俺達から離れた場所ってことだから、範囲魔法でザクザク削り込みたい。――つまりケルクス、お前だ」


 ケルクスは頷いた。


「任せろ」

「それに魔王サタン。お前にも頼む」

「契約者甲――いや甥っ子ひとしよ。あたしの話が出ないから焦れておったぞ」

「魔力継承がうまく行ってないって話だったけど、多少なら使えるんだろ」

「多少とは失礼な。これでもあたしは大魔王だ。そこらの雑魚など全て瞬殺だ」


 よせばいいのに、無い胸を張る。いや俺も魔王だけに期待はしてるんだが、なんせ見た目が「発育の悪い中学生」止まりだからなあ……こいつ。


「ケルクスと打ち合わせて、被らないように撃ってくれ」

「そうしよう」

「範囲魔法は円状の効果範囲を持つ。多少は円を重ねるとしても、ひょうたん状になるから窪みの部分が生き残る。そこはトリム頼む。お前の弓術で個別排除してくれ」

「わかったよ、平」


 背中のマジック矢筒を叩いだ。


「亜空間にたくさん矢を貯めたから、弾切れはしないよ」

「ケルクスとサタンは、攻撃対象を変えながら、連発する。これが俺たちの主要な攻撃手段だが、詠唱時間もあるだろうし、全てに対処するのに時間はかかる。遠方を潰したら今度はバンシー効果で倒れている敵も倒さないとならないし。……バンシーのスクリームはいつまでも続けられるものでもないんだろ」

「そうです平さん。まあ、もっても五分。なのでもっぱら、初手で主導権を握るために使われます」

「だよなー」


 残ったメンバーを、俺は見回した。タマ、キラリン、キングー、レナ。それに吉野さんと俺。


「残りのメンバーは、攻撃組が対処している間、防御する。こちらも重要だ。穴があればひとりひとり個別撃破されちまうからな」


 全員、緊張した面持ちだ。


「何発かは食らうだろうし、吉野さんとキラリン、キングーはポーションで回復補助。タマは防御組を防御しろ。剣片手に突っ込んでくる敵もいるはずだからな。


「安心しろ、平ボス」


 タマは頷いた。


「誰ひとりとして怪我などさせやしない」

「俺はタマと一緒に防御組を守りながら、戦況判断して指揮を取る。レナはいつもどおり俺の補佐だ。俺の気が付かないところなど、ぜひ頼む」

「うん。ご主人様の気付かないところは、いつも教えてあげてるでしょ。吉野さんを攻めるときは、どこを刺激するといいかとか。左の脇の―」

「バ、バカ……」


 なんでこんなところでエロ指南の話突っ込むんだアホ。吉野さん、まっかになっちゃったじゃないか。サタンとかエリーナはまだ、俺が一部の仲間とそういう関係になってるの知らないんだからな。もしかしたらキングーも。


「と、とにかく始めよう。準備はいいか」


 速攻で話を変える。


「いいわよ。頑張りましょう」


 吉野さんも、さっさと話題を変えたいみたいだな。


「よし……」


 トラエのアイテムをビジネスリュックから取り出した。ソフトボールくらいの大きさの軟らかな玉だ。銘は「仙砲丸」――。元は人間が作った消費アイテムらしい。起動してモンスターの巣に投げ込むと、モンスターが嫌がる波動を発して、燻し出す効果がある。


 はるか昔に滅んだ技術で元々、村落の近くにモンスターが棲み着いたときに使っていたらしい。ほら人間って基本、この世界では弱いからさ。


 使用する人間の魂の容量に応じて効果の強度が決まる。妄想力が桁外れでここ異世界と相性のいい俺ならかなりのものだと、トラエは踏んでいた。


「じゃあ始めるぞ。全員戦闘準備。トリムは矢をつがえろ。念のため吉野さんは、ミネルヴァの大太刀を抜剣して下さい。タマ、手伝ってやれ」


 トラエに教えてもらったとおりに親指を舐め唾液を付けると、仙砲丸の窪みに当て、思いっ切り押し込む。




 カチリ――。




 確かな手応えと音がした。玉が黄色に、微かに輝き始める。これで波動放散が始まり、波動としてエネルギーを放出した玉は次第に小さくなって、最後には消滅するって話だった。


「行くぞっ」


 手近な穴に駆け寄ると、中にそっと落とした。ころころと、玉が転がり落ちてゆく音がする。みんなの位置まで、俺は駆け戻った。



「戦闘フォーメーション。いつ来るかわからんぞっ!」


 全員身構えたが。しばらくの間はなにも起こらなかった。


 だが、二分も経たないうちに、穴の底から微かな音が響き始めた。




 ドン……ドン。ドンドンドン――。




 大きな太鼓を叩いているかのような、低音だ。




 ドンドン、ドンドンドンドンドン――。




 音がどんどん大きくなると共に、テンポも速くなってきた。


 タマのネコミミが素早く動く。


「来るぞボスっ。百やそこらじゃない。あたり一帯から駆け上ってくる」


 タマが叫んだ瞬間、穴という穴からなにかが飛び出してきた。凄い勢い。まるで間欠泉から噴き出る熱湯のようだ。黒黒とした岩然としているが、もちろん違う。真っ黒なモンスターだ。耳が尖り口は耳まで裂け、つり上がった目は赤く輝いている。


 体長一メートル程度。とにかく数が多い。三百と踏んでいたが、どう見てもその倍はいるだろう。


 噴き出したモンスターは、こちらを認めると、流れるように突っ込んできた。


 くそっ。こんなに多いとは。これ本当に俺達九人だけで全部潰せるのか? こうなると一秒の遅れでも致命傷だ。


「やれっエリーナ!」


 俺が叫ぶと、エリーナは大きく口を開いた。

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