8-2 突然変異コボルトの巣穴

 吉野さんは心配げだ。


「なんとかなるっしょ。トラエもアイテムくれたし」

「でもここ、モンスターの巣穴、やたらと開いてるよ」

「そこが狙いですからね」


 とは言ったものの、俺もやや心配だ。


 ここはハイエルフの聖地に突如現れたモンスターの巣。聖地の端に洞窟……というか土をぶち抜いた穴が開いてたわけよ。言ってみれば、蟻の巣穴のような感じというか。中は緩やかな傾斜になっている。ケルクスのトーチ魔法によって中を照らし、みんなで進んだ。そうして一時間ほど。曲がりくねった通路を下りてゆくと、突然、大広間のような場所に出た。今、そこに俺達は立っている。


 野球場ほどもある大きな空間。モンスターが掘ったと思われるので、さすがに天井高は三メートルほどしかなく、圧迫感が凄い。地面はおおむね平坦だが、とにかく穴が多い。直径一メートルほどの穴が、そこここに、まるでレンコンのように開いている。


「トラエちゃんの話だと、ここでヒットアンドアウェイ戦法で攻められて、ハイエルフは苦戦してるって話だったわよね」

「ええ、吉野さん」

「ご主人様、この穴、ざっと数えただけでも百どころじゃないよ」


 俺の頭の上を飛び回って、レナは周囲を探っている。


「お兄ちゃん、面積と穴密度から計算してみたけど、三百くらいだよ」

「キラリン、ご苦労」


 さすが元謎スマホなだけあるわ。こういうとき、やたらと役立つ。


「野生動物でもこういう巣穴を作る場合があるよ。雨が流れ込んだり敵に追われたりして、いろんな穴を使い分けるんだ。ビーバーとかね」

「ざっくり、連中が使うのがこのうち一割として、それぞれの穴から十匹出てくると……なんのことはない、やっぱ三百かそこらのモンスターがいるってわけか」


 仮に雑魚としても、それだけ多いと厄介だ。ましてこいつら、ボウガン使ったり魔法使ったりするらしいし。それにたしか毒吐きとか。


「トラエちゃんのアイテムを使えば、モンスターをすべて燻し出せるという話だったわよね」

「そうですね、吉野さん」


 それで一気に叩いてほしいってのが、トラエの頼みだった。ハイエルフが数匹ずつ対処してるのでは埒が明かないから。


「コボルト自体、耐久は低い。一匹ずつなら潰すのも簡単だ。だが一気に三百匹相手となると……」


 どうすっかなー。事前に一匹くらい倒して経験を積んでおきたかったが、幸か不幸か、ここまでモンスターのポップアップはなかった。こんなときだけなんだよ――って奴だな。


「平ボス、これは掃討戦だ。しかも敵は多数。戦端を開く前に、作戦を決めておいたほうがいい」

「わかってるさ、タマ。一応考えてある」

「さすがは婿殿だ」


 ケルクスが、俺の腕を胸に抱いた。


「あたしが刻印と心を捧げただけある」


 タマのように頬をすりすりしてくる。なんだろ、今日は妙にデレるな。もうじき新月だ。つまりひと月くらいケルクスとは寝床を共にしていない。だから俺が恋しいのかもな。


「あたしの刻印も捧げたし」


 反対側の腕を、トリムに取られた。両手に花の俺を見て、レナがにやにや笑ってやがる。相変わらず趣味の悪い奴だ。


「具体的にはどうするの」

「はい……」


 吉野さんに促してもらって助かった。戦いに来てるのに鞘当てみたいになって困ってたからな。


「重要なのは、一気に攻められないようにすることです。個別撃破は容易でも、たとえば三百匹や五百匹から一斉に攻撃されたら、殺されてしまう危険性はかなり高い」

「やっぱりそうですね」


 キングーが唇を引き締めた。


「幸い、キングーがいてくれるので、敵の毒攻撃は無効化できる。だからむしろ毒系のコボルトはほったらかしにしておいて、先に他のコボルトを攻撃しよう」

「たしかにそうですね。さすがは平さんだ」


 微笑んだ。


「平さんのお役に立てて、僕も嬉しいです」

「毒系コボルトがたとえば五分の一いるとすれば、この二十パーセントは無視でいい。先に他を攻撃する」

「敵の一斉攻撃を防ぐって言ってたよね」


 トリムはまだ俺の腕を抱いたままだ。


「どうやるの、平」

「エリーナの『死の叫び』だ。バンシーのスクリームに対抗できるモンスターは多くない。コボルトならまず問題ないはず」

「エリーナちゃん。どのくらいの範囲の敵に効果があるの?」

「はい吉野さん。あたしの叫びは、味方には影響がありません。敵には行動不能化の効果を持ちますが、音響攻撃だけに、距離が遠くなれば効果が薄れます」

「なるほど」

「ざっと半径十メートル以内の敵なら、確実に戦闘不能。三十メートル以内なら、行動遅延効果が大きい。それ以上になると、効果はまだらです」

「音波はね、お兄ちゃん」


 キラリンが付け加えた。


「音源から球状に広がるから、距離の二乗に反比例して漸減するんだ」

「つまりはどういうことだよ」

「敵との距離が二十メートルだとすると、十メートルのときの二十五パーセントしか効果を持たないってことだよ。半分じゃなく。三十メートルだったら、十メートルのときの九分の一」


 なるほど。よくわからんが、距離が離れると急速に効果が薄れるんだな。


「この空間にまんべんなく敵が現れ、全部で三百匹とすると、戦闘不能にできるのが二十匹。行動遅延が百八十匹。期待薄が百匹だね」

「キラリン、計算ご苦労」


 俺はパーティーを見回した。


「この百匹が最優先だ」


 俺は全員を見回した。この百匹にどう対処するか。それが俺達の戦いの成否を分ける。そして俺は考えていた。ここで魔王サタンの実力を測る。同時に、エリーナとサタンが加わった、俺達の新しい戦いのフォメーションを確立すると。

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