3-6 アーティファクト「ユミルの杖」

 トリムの報告を聞き終わると、ハイエルフのケイリューシ国王は、溜息を漏らした。玉座の隣には、この間と同じく、コルマー王妃が控えている。


「そうか。ブラスファロンは、そう申しておったか」

「はい。ケイリューシ様」


 トリムは頷いた。


「国王、話が違いますよね。過去の因縁で揉めてるとか、俺達は聞いてない」

「平殿。それは誤解だからだ。ブラスファロンの」

「向こうはそう思ってないみたいですよ」

「ダークエルフだからのう……」


 排他的で猜疑心にあふれた連中だからね、と、トリムが付け加えた。


「とにかくそのアーティファクトとかいう奴、ダークエルフに返したらどうです」

「平殿、あれはもうない」

「ない……」

「ああ。あれは魔物の封印に使った。連中も知っておるはずだが……」

「どういうことです」

「昔、といってもたいした昔でもないが、地震があったのだ」


 話はこうだった。数十年前、迷いの森の奥深くを震源とした、大きな地震があった。行ってみると、地表に溶岩が噴出していた。大森林地帯の奥にそびえる「よこしまの火山」、その分脈が、離れた地表に通じたのだ。溶岩に加え有毒ガスが噴出し、エルフにとって極めて重要な森林への大規模被害が予測された。


 近くに棲んでいたケイリューシのハイエルフとブラスファロンのダークエルフは協力して溶岩噴出を止めるため、アーティファクトを持ち寄った。


「ただ、問題は溶岩だけではなかった」

「どういうことです」

「地表にぽっかり開いた噴出孔から、モンスターが出てきおってな」

「ペレっていう、火山の女神だって聞いたよ」


 トリムが口を挟んできた。てか生まれる前の話だって、トリム言ってたよな。それが数十年前ってことは、トリムは三十歳以下でまず確定か。……実年齢でも十代説、可能性出てきたな、これ。


「問題は、女神ってところだったんだよ、平」

「トリムニデュールの言うとおりです」


 コルマー王妃が頷いた。


「相手は女神。倒すことは不可能。ダークエルフのアーティファクトを封印に用いることで、かろうじて女神と溶岩の封じ込めに成功したのです」

「なるほど」

「ですが、どうにも心の行き違いがあったようですね。ブラスファロン国王がそう発言したということは、ダークエルフ全体からもそう思われているでしょうし」


 王妃は眉を寄せた。


「あなた……」

「わかっておる」


 国王は唸った。


「誤解を解くには、アーティファクトを返還するしかあるまい」

「でもそれ、封印として用いてるんですよね」

「そうだ。封印を解けば、また女神が暴れ始めるだろう」


 となると、これ詰みだな。


「どうだ、平とやら。お前は、多くのアーティファクトを保持しているという。ひとつ、女神退治を頼まれてはもらえんか」

「女神……退治ですか」

「そうだ。我等ハイエルフも、一緒に戦うから」

「でも倒せないんですよね」

「そうだ」


 国王と王妃は俺を見つめている。いや無理だろw


 倒せない女神ってことは、また封じるしかない。だが、封印はもうない。イシスの黒真珠とかペルセポネーの珠で、封印できるだろうか……。天界や冥界で聞いてみなくては。


「ねえ王様」


 俺の胸で、レナが首を傾げた。


「その女神様は、どんな暴れ方をするの」

「火山の女神だからのう、小さな妖精よ。女神だけに自ら攻めてはこないのだが、排除しようとすると反撃してくるのだ。しかも高温の攻撃が厄介でな」

「それに熔岩に取り囲まれ体も高熱を発しているので、近づくこと自体が難しいのです」


 王妃が情報を追加してくれた。


 炎系の存在ということは、ドラゴンを呼んでもあまり意味はなさそうだ。ドラゴン最大の武器、噴炎は効かないだろうし。いやむしろ下手したら、かえって元気になるかも……。


「ダークエルフのアーティファクトは、『ユミルの杖』。しもの巨人の力が封じられた、特別な杖です」

「代々伝わる、ダークエルフの王笏だったのだ、平よ。それを女神ペレの胸に刺し、女神と溶岩を凍らせることで、災厄を止めたのだ」


 なるほど。氷属性の攻撃なら、火山の女神には相性が良さそうだ。


「……その折、ダークエルフには申し訳ないことをした」


 ケイリューシ国王は、苦しげに唸った。


「なにしろ先祖伝来の王笏、つまり王位を象徴するアーティファクトを失ったのだからな。……だがハイエルフとダークエルフを救うためには仕方なかったのだ」

「平ボス。ダークエルフのブラスファロン国王が持っていた王笏は、仮の品だったのだろう」


 タマが口を挟んできた。


「たしかに仮の杖を毎日使っていたら、悔しさがどんどん募るものね」


 吉野さんが、頬に手を当てた。


「事実が歪んで、ハイエルフに騙されて奪われたと思い込んじゃうのも、わからなくはないわ」

「先祖代々、大事にしてきたアーティファクトを、自分の代で失ったんだからね」


 キラリンも同情気味だ。


「おまけに、国王が部族の中核として保持していたアーティファクトを失ったせいで、徐々に霊力が衰えてきたんでしょ。余計にそうなるよ」

「平さん、できるかどうかは別にして、検討だけ始めてみませんか」

「そうだな、キングー。……まず、女神封印の可能性を探ろう」

「神様の話なんだから、まずは天界で聞いてみようよ、ご主人様」

「俺もそう考えていたところだよ、レナ」


 レナは微笑んだ。


「さすがはボクのご主人様。嫁思いのお兄ちゃんだけあるねっ」

「キラリンの真似すんな」

「へへっ。毎日聞いてるから、口癖移っちゃった」

「では頼むぞ、平殿。我々は、戦いの準備をさっそく整えておく」


 ケイリューシ国王とコルマー王妃は、玉座から立ち上がった。すたすたと近寄ってくると、国王は俺の手を取った。強く握ってくる。


「トリムニデュールが平殿の使い魔になったのは、神の定めた運命。平殿とその御一行は、ハイエルフとダークエルフを救う、大きな歴史の渦になってくれることだろう。そう信じておるぞ」

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