3-5 交渉決裂
「その道化共が、ケイリューシの使いだと申すか」
ダークエルフの国王と名乗った男が、俺達に顎をしゃくった。
階段を上り切ったど太い枝には、小屋が掛かっていた。小屋と言っても、樹上にあるのが信じられないほどに大きい。例のつるつるした樹木で作られた木造だが、多分木材はかなり軽いんだろう。でないとこの枝にこのサイズの小屋は無理だ。それか、魔法で保持しているのかもしれないが。
小屋には部屋がいくつもあり、俺達は今、そのひとつにいる。国王は、蔓草で編まれた、素朴な玉座に座っている。王妃がいないのかそういう風習なのか、とにかく玉座はひとつだけだ。国王は、
「はいブラスファロン様。そう言っておりました」
ケルクスが頷いた。
王の正面に引きずり出されたのは、トリムだ。両脇に俺とケルクス。パーティーメンバーは、その後ろ。もちろん全員、立たされている。
「ふむ……」
ブラスファロンとかいう国王に、じっと見つめられた。
王の周囲にはダークエルフが十数人立っていて、俺達を睨みつけている。抜剣こそしていないが、なにかあれば即座に切りかかってきそうな殺気だ。
王の背後、隠れるようにひとりだけ、とてつもないオーラを放っている女がいる。あれは多分、高位の魔法使いだろう。ダークエルフは魔力特化型のエルフだって話だし。
「信じられんな」
首を振っている。
「しかし、ハイエルフの使節歌を歌っておりました」
「ふん。使節歌など、久しく聞いておらんが……」
国王は、溜息を漏らした。
「厄介だのう……。ついこの間も、森に変な女が紛れ込んできたばかりというのに。余所者が続くなど、不吉だわ」
「あれはただの流れ者。居場所探しとか変わった奴でしたが、掟に従い一応宿と飯を与えて遇したので、問題はないかと。すでに森の奥に向かい去りましたし」
「だが今回は、哀れな流れ者とは違う。ハイエルフ国王の使いなど、災の前触れに決まっておる」
「それは……たしかに」
ケルクスは一歩引いた。
「まあよい。盟約に従ったのだ。お前は悪くない。……一応、話だけは聞かねばなるまいし」
玉座から、国王はトリムに顎をしゃくった。どうにも、無礼な感じだ。……いや、向こうからしたら、俺達が無礼なのかもしれないが。
「使者とやらよ、ケイリューシの戯言を聞かせてみい」
「はいブラスファロン様」
横の俺に一瞬視線を飛ばすと、トリムは説明を始めた。太古、統合の象徴だった宝珠の欠片を互いに持ち寄り、復活させたいと。
「宝珠復活後は……」
言いかけると、国王は黙った。低い天井を睨んで、なにか考えている様子。随分長い間無言だったが、ようやく続けた。
「儀式の時期毎に、交代で保持するというのだな。宝珠を」
「はい。ブラスファロン様」
トリムは頷いた。
「話にならんな」
王笏の石突きで、床を叩いた。どんという大きな音がして、微かに床が揺れた。
「ケイリューシの奴、どの口でそのような世迷い言を……」
「ブラスファロン様」
どうにも雲行きが怪しくなってきたので、俺は口を挟んだ。
「もしかしたら、ダークエルフは霊力が衰えてお困りなのではありませんか」
猜疑心に満ちた国王が相手だ。恥をかかせないよう、なるだけ丁寧な口調で、俺は語り掛けた。
「どこで聞きおった。卑しい噂話など」
国王は、ふんと鼻を鳴らした。
「ブラスファロン様。霊力は、部族統合の要石と聞いております。宝珠を復活させれば、霊力も補填できますよね。一石二鳥ではありませんか」
「はて、二枚舌のハイエルフなど、信用していいものやら」
国王がそっぽを向くと、控えていたダークエルフの女が、大きな葉で国王に風を送り始めた。王妃とは思えない地味な服装だしオーラもない。多分、女官か
「それにもうひとつ伺いたいことがあります」
知らん顔の国王が返事をしないので、俺は続けた。ダメ元だ。行けるとこまで突っ走るさ。
「太古に失われた三氏族について。それに延寿の秘法のありかも。……ブラスファロン様なら、すべてご存知なのでは」
「……聞いてどうする」
ようやく、俺に視線を戻してくれた。
「俺、頼みがあるんです。ブラスファロン様のご許可を頂き、延寿の秘法を授けていただけないかと」
「……それもケイリューシの頼みか」
「いえこれは、俺の個人的な願いです」
「つまり、ケイリューシは我等に宝珠を渡せと要求し、使者のお前はケイリューシの威を買って、ついでにアーティファクトを手に入れようというわけだな」
「いえ……それは」
困った。そんな風にまとめられると、ケイリューシ国王の使者が、どえらく強欲にしか見えないじゃんか。分不相応な我欲じゃあない。こっちはこっちで、命が懸かってるんだっての。
「ブラスファロン様」
吉野さんが進み出た。
「この平は、異世界からの危険な輩から、この世界を守ったのです。その折、自分の寿命を五十年も捧げ、とある強い力を使った……」
俺の手を握ってくれた。俺に微笑みかけると、王に向き直る。
「その寿命を取り戻すためです。世界を救い、もちろんダークエルフも救った。……ご協力頂けないでしょうか」
「知らんな。そのような世界の危機など」
呆れたように冷笑している。
「我等の森は平穏だ」
「それは、人間の国からどことも知れぬ謎の地に飛ばされ、そこで敵と相対したからで……」
なんせ通称「混沌神」って奴は、規格外れにヘンな連中だったからな。
「証拠もなしに、苦しい言い訳はもうたくさんだ」
「証拠ならあります」
冷たい瞳にもめげず、吉野さんは食い下がった。
「平は、異世界の凶賊を倒した剣を所持しております。……平くん、剣を抜いて」
「はい、吉野さん」
バスカヴィル家の魔剣を俺が抜き放つと、数人のダークエルフが、さっと王の前に立った。多分衛兵だろう。
「無礼者っ」
大声。連中も剣を抜いた。他の数人は、俺達に向け、矢を引き絞っている。
「なにもしやしない」
俺は、なんとか笑いかけた。
「剣を見せたいだけだ」
よく見えるよう、刃の側面を王に向けてみた。
「バスカヴィル家の魔剣です。ブラスファロン様。……もしかしたらご存知なのでは」
「ふん……」
一瞬だけ視線を走らせると、王はまたそっぽを向いた。
「知らんな。そのような剣は」
「ブラスファロン様……」
背後にいた、魔法使いと思しき例の女が進み出た。王の肩に手を置いている。それほど気安く触っているのだから、部族内でも高い地位に違いない。
「あの剣からは、強い呪力を感じます」
「おお、そうか」
肩に置かれた女の手を、国王はそっと外した。
「フィーリーが言うのなら、間違いない。……たしかに、魔力とは違った力を感じるし」
「ここには特別な存在が封じ込められております。その力にて、俺は敵を倒しました」
「その特別な存在とやらに寿命を捧げたというのだな」
「はい」
一国を統べる国王なだけに、さすがに頭が回るな。察しが早い。
「だが、そのような茶番、我等に信じろというほうがおかしい」
「茶番などと――」
「そうではないか。お前はその剣をケイリューシから預かったか、どこかで盗んででもきたのだろう。それをネタに、口八丁手八丁で我等からアーティファクトを奪い取る算段に決まっておる」
「いえそれは――」
「信じる馬鹿などおらんな」
くそっ。噂通りだな、ダークエルフ。排他的で猜疑心に満ちてやがる。
「お前はアーティファクトを奪い取り、ハイエルフは我等の宝珠の欠片を手に入れて、万々歳という企みか……」
「そういう話では――」
「うつけ者めが」
睨まれた。燃えるような怒りを秘めた瞳で。
「そもそも我らの霊力が衰えたのは、ケイリューシのせいではないか」
「えっ……。それはいったい――」
「ふざけるなっ」
また床を叩く。先程より強く、床が揺れた。
「統合云々などと世迷い言を口にするなら、かつて我等から奪ったアーティファクトを返還してもらおう。そのせいで祖霊の力が弱まったのだからな」
「アーティファクトを奪った?」
「ケイリューシは話さなかったのか。……相変わらず、こすっからい奴だ」
「トリム……」
瞳を向けると、困ったようにトリムが眉を寄せた。
「えーと……。多分、あたしが生まれる前の話だよ。力を持ち寄り、ダークエルフと協力して部族の危機を救ったって聞いたことがある」
「協力だと……。一方的に奪い去っておいて、なにを抜かす」
「なにか誤解があるようです。向こうの国王に、俺が問いただしておきます」
「……」
国王は黙ってしまった。
もう床を叩きもしない。すっと立ち上がると、王笏を俺に突き付けた。
「こいつらをつまみだせ。使者を遇する盟約は果たした。話は終わりだ」
「御意」
俺達は、屈強な兵士に取り囲まれた。どういうことなんだ。話が違うじゃないか、ハイエルフのケイリューシ国王よ。
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