8-8 ミネルヴァの大太刀

 吉野さんがやられたっ!


 そう思った瞬間、混沌神は弾き飛ばされていた。


 なにか大きなものに。大きくて長い。そうドラゴン。グリーンドラゴンだ。


「見ろ。ドラゴンだっ」

「これなら勝てる!」


 仲間が口々に叫ぶ。


「来てくれたのかっ。イシュ……」


 真名で呼びかけそうになって、なんとかこらえた。真名はネームドにとって神聖なもの。むやみに口にするわけにはいかない。


「平お前、我の一夜妻たるふみえを死なせるつもりなのか」


 ドラゴンに睨まれた。とぐろを解くと、中心に、吉野さんにタマ、トリムの姿があった。能天気にも、トリムは俺に手なんか振ってるわ。


「でも俺、ドラゴンの珠、起動してないぞ」

「ふみえは我のドラゴンライダー。お見通しだ。無様な戦いぶりなど、見ておれんわ」


 溜息をついている。


「ドラゴンが味方に入ってくれれば百人力だね。ご主人様」


 レナも俺の胸で喜んでる。


「お、おう」


 なんか知らんがラッキーw


「よくわからんが、とにかく勝機は見えた」

「ご主人様ったら、適当なんだから」


 レナが呆れてる。いいだろ別に。今までは勝機どころか敗色濃厚過ぎて真っ黒イカスミパスタかってくらいだったしよ。


「とはいえ、愚痴などこぼす時間はなさそうだのう」


 グリーンドラゴンが敵を見据えた。ドラゴンの激しい一撃を受けたというのに、もうごそごそ動き始めている。痛みはおろか、なんの感情も意志も見えてこない奴だけに、不気味だ。


「来いっふみえ」


 唸った。


「は、はい……」


 ドラゴンの背に、吉野さんが跨った。


「見ろ。ドラゴンライダーだ」

「数百年ぶりの竜乗りなんて、末代までの語り草だ」


 どよめきが巻き怒った。長いハイエルフの寿命でも生まれて初めて見るドラゴンライダーに、トリムは戦いも忘れ、口をぽかんと開けている。


「これをっ!」


 旧都遺跡の武器屋跡で見つけた例の古代の破邪大太刀を、近衛兵が吉野さんに手渡した。


「破邪の魔力が込められた太刀だ。長いからドラゴンの上からでも使えるぞ」

「わあ。なにこれ軽い」


 刃渡り一メートルもある大太刀――しかも刀身は鉱物性――なのに、吉野さんは軽々振り回している。


「多分、持ち手の筋力に合わせ、重量や慣性が変わるんだ。俺が振ったときは、大男なら軽いと感じる程度だった」

「凄い魔力だ」

「ご主人様」


 レナが俺のシャツを引っ張った。


「あれもしかして、はるか昔、混沌神を封じ込めたときに使われたかもよ」

「だから貴重な武器なのに、王都を捨てるとき持ち出さなかったのか。封じ込めた場所の近くに保存しておこうと。盗賊に狙われないよう、壁の中に隠して」

「かもね」


 モノ自体は、もしかしたらゴータマ・シッタールダが生み出したかもとさえ想像できる古さの、とてつもない魔剣だった。そりゃ、世界の危機で使わないわけないよな。


「皆の者、下がれ」


 鋭い声で、ドラゴンに命じられた。全員、ドラゴンの脇や背後に駆け込む。


「ミネルヴァの大太刀は、防御に使え。いいな、ふみえ」


 一瞬、ドラゴンが優しい声に戻った。やっぱ千一夜の一夜妻だからな。吉野さんにはことさら優しいわ。あいつ。


「はい」


 素直に頷くと、吉野さんは大太刀を半身に構えた。さすが宝に強欲とかいうドラゴン族。この世界での特別なアーティファクト――つまり貴重な剣なんかは、名前知ってるんだな。俺の短剣も「バスカヴィル家の魔剣」と瞬時に看破したし。


「我が名は豊穣のイシュタル」


 グリーンドラゴンは混沌神を睨みつけた。おいおい。近衛兵とかスカウトとかいるのに、真名を名乗ってるじゃん。今日のイシュタル、ガチ本気だ。


「この世あらざる世界のものよ。冥府の彼方に去れっ!」


 大きく開けた口から、紅蓮に輝く炎が噴き出した。


 ――ごおーっ――


 炎が幅広く広がり、敵を包む。五秒。十秒。三十秒――。


 いくらなんでも、もう充分黒焦げだか丸揚げだかになったろ。なんせドラゴンと並んでいるだけの俺でさえ、火傷しそうなほど熱いからな。


 ドラゴンが口を閉じた。じゅうじゅうと、なにかが焼け焦げる臭いがする。どえらくいがらっぽい。


「見て、ご主人様」


 レナが指差す。


 臭いからしてすっかり丸焦げかと思ったが、超絶明るい炎にくらんでいた目が慣れると、混沌神の野郎、焦げや火傷どころか、表面に傷ひとつついてない。


「どんだけ防御にポイント振ってんだよ、こいつ。全振りかよ」


 マジ、呆れるわ。


「でもご主人様。地味だけど、攻撃もけっこうキツいよ」

「だったな。チートだろ、こんなん」


 世界の神様は、なんでこんな奴放置してるんだ。なんとかしろよ。人間がどうこう対処するレベル超えてるだろ。


「危ないっ!」


 吉野さんが叫んだ。


 敵の頂点にある例の頭っぽい奴が一瞬で赤熱すると、なにか来ると身構える隙すらもらえる、俺はまばゆい光で包まれた。

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