8-9 命五十年分の蕩尽
「ってー……」
なんとか起き上がった。てか起き上がろうとしてコケた。
「いったー」
なんやら知らんが、左脚がどえらく痛い。ふくらはぎのへん。これ、骨にヒビ入ったかなんかだなきっと。
例の「ひのきの棒」にすがって、なんとか起き直った。多分またビームかなんか食らったんだろう。生きてるってことは、トリムの結界防御矢が衝撃を吸収してくれたってことさ。
「レナ。無事か」
「うん。平気」
「味方の被害は」
「えーと」
俺の胸から身を乗り出して、周囲を見回している。
「大丈夫みたい。――少なくとも重傷で倒れてる人はいないよ」
「良かった」
見ると、ドラゴンはまた炎を噴き出している。背に乗った吉野さんが、例の大太刀を振りかざしていた。多分あの魔法剣の効果もあって、今回は被害が少なかったんだろう。
近衛兵やスカウト連中も、態勢を立て直し、剣を構え直している。ドラゴン噴炎の効果を測り、敵の装甲が剥がれるなどあれば、突っ込む気だろう。
とはいえどうやら、望みは薄そうだ。イシュタルは、グリーンドラゴンとして最大の攻撃を、初撃で食らわしたはず。それで効果がなかったんだから、今後も厳しい。
「やるしかないか……」
腰の短剣――バスカヴィル家の魔剣――を、俺は抜き放った。
「ご主人様、なにを――」
言いかけたレナが、凍りついたように静止した。
いやレナだけじゃない。敵も味方も、ドラゴンが噴いた噴炎すら静止している。俺自身もまともに動けない。唸りながら力を込めると、ものすごくゆっくりと首を回せる程度だ。歩くのは難しいだろう。特に脚を傷めた今となっては。
「どういうことだ、これ。時間が止まってるのか……」
――よせ――
頭の中に声が響いた。前にも聞いた、この魔剣の声が。
――我はバスカヴィルと契約せし者。バスカヴィルは滅びた。我を使ったために――
――そりゃ聞いたよ。でも、それどころじゃない――
なんせ、脚を傷めて、俺はもうまともに動けそうもない。頼みのドラゴンの力も望み薄だ。なら切り札を切るしかないだろ。だって使わなきゃ多分死ぬ。バスカヴィルだってそうしたはずさ。
――我を使えば、汝は苦しむ――
――だからどうした。使わなきゃ今倒れる。俺も仲間も、おそらく全員――
――そうか――
――お前、以前も連中と戦ったんだろ。バスカヴィルと一緒に。弱点とか知らないのかよ――
――とてつもなく強靭。バスカヴィルは我を限界まで用いて廃人となった。それでも滅ぼす願い
そりゃ、ようやく結界に封じ込めた程度だもんな。
――とにかくやるしかない。お前をどう使えばいいんだ――
なぜか魔剣は沈黙してしまった。
――なあ、どうやるんだよ――
――代償は大きい――
それでもしばらく黙った末、ようやく答えてくれた。代償? なんだよそれ。そう尋ねてみた。
――代償は、汝の命の力なり――
なんだよそれ。エナドリみたいに俺の命を使うってのか?
――なんだそんなの。関係ないね――
どうせしょぼくれた左遷社員だ。俺の命なんか、あっちの世界でだってたいした価値はない。多少元気を奪われる程度、なんてこたないさ。それより今、吉野さんを助けないでどうする。
――五十年――
――なに?――
――最大の力を発揮するには、汝の命を半世紀分、
――どういう意味だ――
――それだけ縮まる――
――寿命がか?――
――然り――
なんだそりゃ。エナドリどころの話じゃないじゃんw てか生き血を吸われるも同然な気が……。
だってそうだろ。半世紀分寿命が縮まるってことはさ、今二十五歳だから俺、実質七十五のジジイと同じになるってことじゃんw
――バスカヴィルはそうして体を壊し、廃人同然になった。その後、わずか二年で死んだ――
それで大急ぎで暗号本を書いたのか。寿命が尽きる前に大事なことを書き残そうと、夜を昼に継いで執筆した。それでさらに寿命を縮めたんだなきっと。
そうか……。
ごめん吉野さん。天寿を全うできたとしても、俺あと十年かそこらで死ぬわ。日本男子の平均寿命、そのへんだよな多分。
先に死んで悪いけど、今ここで全員死ぬよりマシだよ。なにより吉野さんだけは守らないと俺、地獄に落ちた後で後悔するからさ……。
「かまわない。やろう」
後悔で心が揺れないよう、声に出した。言い切ればもう仕方ないだろ>俺
――承知――
手に持つバスカヴィルの魔剣が輝き始めた。黄金色に。
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