4-8 三猫銀行会議室「椿の間」で大暴れするw
「皆さん、大手町にモンスターがっ」
大きな声で告げる。
しーん。
返事どころか皆、黙っているだけ。「椿の間」入口の不審社畜+謎女子中学生✕2を、じっと見つめ返すばかりだ。正常化バイアスって奴だろう。
「会議どころじゃありません。避難して下さい」
「知っとる」
もうひと押しすると、ようやく誰かが口を開いた。
「動向を見ている。遠いし連中は消えたとニュースで流れた。問題ない」
大混乱の三猫銀行会議室だが、耳元ではまだ吉野さん必死のトークが続いている。
──「平がこれほどまでに仲間を揃えられたのは、極めて例外的です。その理由は、はっきりしている」──
「なんだね、それは」
「平には、人類稀に見る妄想力があった。あそこは、人類の妄想が生み出した異世界。正に平にとって最適の地。現実で落ちこぼれ社員だった平こそ、あの世界では最大の付加価値なんです。我が社の強みは、そこにある」
「それよりっ」
誰か知らんハゲが、俺を指差した。あっちもこっちも大混乱だな。
「そもそも君は誰かね。それに……その園児と」
「誰が園児よ。あたし、パパの娘だし、お嫁さん候補だよ」
キラリンの頬をつねったわ。よけいなこと言うなと、耳元で囁いて。向こうが混乱するばかりだからな。
「誰か、警備を──」
ざわめきが広がってきた。避難のどさくさに紛れて北上常務を誘拐できたら一番楽だったんだが、まあそう甘くはないか。当たり前ではあるが。
心の中で、俺はこっそり溜息をついた。
「言い給え。君は誰だ」
「俺っすか……」
立ち上がり、どこかに電話を掛けてる奴もいる。もうどさくさ略取は無理だな。強硬策に移るわ。
「俺は……日本一の無責任男」
「はあ?」
「なんだそれ」
会議室の銀行マンが皆、毒気を抜かれた素の顔になる。
「そう社長から呼ばれてるんで。やれっレナ!」
「えーいっ!」
俺のネクタイの陰から、レナの叫びが聞こえた。見えないようにタイに隠れ、顔だけシャツから出していたんだ。
サキュバスならではの、幻惑魔法が発射された。桃色の蒸気が大量に噴き出す。チャームと混乱の効果を持つ魔法。俺と経験を積むうちにレベルが上がり、サキュバスとしての能力を、レナは徐々に獲得しつつある。
「な、なにをしておる」
「か、火事かっ」
「いやこれ煙じゃない」
「テ──」
「テロか」と言いかけたんだろうが、言葉は続かなかった。俺達以外の全員が、急にわたわたし始めたからだ。
「いやお前、あれは浮気なんかじゃない。誤解だ。そもそも──」
「いいか、上司にバレないようにな。海外支店の送金を一部トンネルして──」
「武田くん、わかってるだろ。今度の査定で配慮してもらいたかったら、今度ホテルで飯をな──」
口々に、幻の相手に話し掛けている。ぺこぺこしたり追従の笑みを浮かべたりと、忙しそうに。
「……なんだよ。伝統ある旧財閥企業の御大層なエリート連中も、ひと皮剥いたらどろどろかよ」
思わず笑っちゃったよ。
「ウチと変わらんな」
「平さん、人間らしくていいではないですか。感情の薄い僕には、うらやましいばかりです」
「キングー、お前はそれでいいんだよ。人間から見たら、一段高い場所にいるんだからな。天使との混血で」
「平パパだって、本性出したらこんなもんだよ」
「違うわ」
「違わないよ、エッチだし」
そこ突かれると反論できない。キラリンの奴、後でベッドでいじめてやる……とはいかんか。まだ嫁にはしてないし。
「ご主人様、それより早く」
レナに胸を叩かれた。
「そうだった」
俺は見回した。
──「平の強みはわかった。今後とも我が社のために働いてもらえばいい。それより、次期社長の私が知らないと困るとは、どういうことかね」──
鉾田の奴、もう正体を隠す気もないな。あと十分かそこらで現社長を追い落とし、新社長になれるから。
「それは……平の女性関係です」
「女性……? 君が平の恋人なんだろ。もう会社中の噂だぞ」
「ええそうです。でも私だけじゃない。タマちゃん、レナちゃん、トリムちゃん。それにエンリルさんにケルクスちゃん。あと……出入りの仕出し屋、タマゴ亭さん。みんな私と同じ、平くんの嫁です。他の候補だって、いっぱいいる。これを許す柔軟な経営陣でなければ、平はついていかないでしょう」
吉野さん、とうとう最後の爆弾放り込んだな。もう……俺も吉野さんも、後戻りはできない。あとは成功するか失敗するか。分の悪い賭け、そのサイコロを転がすだけだ。それに万が一成功しても、俺達に社内でまともな立場が残るとは考えにくい。吉野さんの、崖っぷちの大告白だ。
耳元で大混乱を聞きながら、俺はひとりのおっさんの袖を掴んだ。窓際で外に向かい、なにか呟いていた男を。三猫銀行北上常務、コンプライアンス委員会委員長。三木本商事社長解任の鍵を握る、社外取締役だ。
「レナ、おっさんだけ魔法を解け」
「うん」
「……私は」
正気に戻った北上常務は、「椿の間」の大混乱を見て、目を丸くした。白髪にインテリ眼鏡。上品な「元イケオジ」といった印象。百鬼夜行の大銀行で常務まで成り上がっただけに、頭は切れそうだ。
「この騒ぎは……」
「北上常務、俺と一緒に来て下さい」
「君は……」
「俺は平、
「ああ、三木本の風雲児か。武勇伝は聞いているよ」
互いに頭を下げ合い辻褄の合わない会話を続ける出席メンバーを見た。
「この混乱は、君のせいかね」
「ええ。俺は異世界担当ですからね。魔法ですよ、ほら」
ネクタイを跳ね上げた。北上常務に、レナが敬礼する。
「レナだよっ」
「かわいい女神だな。……そうか」
溜息をついた。
「平くん。こんなことしてただで済まないのはもちろん、わかっているよな。我々は三木本のメインバンクだ」
「緊急事態です。今まさに、三木本で社長下ろしの真っ最中なんで」
「わかってる」
唸った。
「だがそれは、柏木さんにも了承をもらっておる。残念ながら臨時取締役会議には出られない。なぜならこちらの足元が大火事になったから、とな」
「三猫銀行大手町本店の不祥事ですよね。大手町営業部長が、次長とつるんで反社勢力に巨額の不正融資とか。今朝の新聞にリークされていた」
「内容が内容だからな。それに別に三木本は潰れるわけじゃない。経緯はどうあれ、ただの社長交代だ。優先順位は自行の不祥事対応。悪いがそれは明らかだ」
「その銀行不祥事を陰で演出したのが、三木本反社長派だとしても、ですか」
「なに……」
睨まれた。嘘なら絶対見破る……という眼力で。
──「平の私生活などどうでもいい」──
鉾田副社長の大声が、イヤホンから聞こえる。相当苛立ってるな、これは。
「そんな馬鹿なら、首にする。異世界業務など、別の人材でもできる。君も平も、辞めてもらう」
「最近の我が社の株価上昇と就活人気は、異世界事業が話題になったからだ。違うかね」
会長の声。
「まさにそうだ。鉾田くん、君は私が失敗したと強弁しているが、異世界事業での、吉野くんや大馬鹿平の功績を無かったことにはできない」
自分を解任する会議の席で、社長が初めて口を開いた。なんだかんだ言って、俺や吉野さんをフォローしてくれるんだな。「大馬鹿平」呼ばわりは、どうかと思うが。
「どうでもいい」
鉾田の怒鳴り声。
「なんなら異世界から撤退してもいい。所詮は傍流事業だ。就活人気などクソ喰らえ。多少混乱しても、三木本は私が必ず立て直す。構造改革の狼煙を上げて」
「君の言う構造改革とは、組織の再編だろう。この場で君に味方する予定の役員だって、安泰とは言えないぞ。副社長にこれ以上の出世なし。百年のこの慣例を覆し、社長の私を裏切る男だ。自分より下の役員など、ただの駒としか思ってない。君らも、上司である社長切って寝返ったんだ。一度あることは二度ある。そう鉾田は判断するはず。ならば自分が裏切られる前に捨てるまで。旨味が無くなったら、出世コースからあっさり外されるぞ。どこか……辺境子会社の社長あたりに放り出されて」
社長、ちゃんと長い演説できるじゃん。俺んことはただただ馬鹿だのアホだの怒鳴るばかりだったけどな。
「たわごとはここまでだ」
鉾田の大声。スマホを取り出してちらと見ると、吉野さんのスパイ眼鏡「お見張りくん」のカメラに、仁王立ちになった鉾田の姿が映っていた。
「今すぐ採決に移れ。どちらの言い分に会社にとっての利があるか、取締役諸君に判断しておらおうじゃないか」
「は、はい」
秘書室長の震え声。
「鉾田副社長、まだ私の話が終わっていま──」
「吉野くん。君と平くんのヰタ・セクスアリスなど、聞く価値はない。即時採決だ。社長解任動議は、あらゆる案件に優先する。採決しないなら秘書室長、お前をこの場から叩き出して、私が議事を進行する」
「で、ではさ、採決を──」
「もう時間がない」
北上常務の腕を、俺は掴んだ。
「北上さん、来てもらいますよ」
「この混乱は」
手を広げ、大混乱を示した。
「どうするんだ、平くん。放っておくのか」
「大丈夫」
常務の目を見て、俺はゆっくり頷いた。不安をわずかでも抱かせないよう、太鼓判を押しておかないとならない。
「別に暴力的になる魔法じゃない。ここから三木本会議室までテレポートします。そこで採決に五分。終わったらすぐ、ここに戻って全員の魔法を解きます。それに鉾田が三猫銀行不正融資の背後に立つ可能性を、捜査当局に、俺が匿名通報しておきます。今日中に」
「しかし君──」
──「採決に移ります」──
決定的な声が聞こえた。
「第一議案。代表取締役社長・柏木氏解任動議。解任に賛成の方は、ご起立願います」
「跳ばせ、キラリンっ!」
俺は、大声で叫んだ。
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