4-9 平均(たいらひとし)、社長解任動議で大暴れ!
「お待たせしましたーっ!」
三木本商事役員会議室。大声と共にテレポートしてきた俺と仲間を見て、取締役全員が、腰を抜かさんばかりに驚いている。絶句する奴あり、叫ぶ奴あり、ネズミのように逃げ惑う奴あり、口をあんぐり開けて固まる奴あり。まあ、なんでもありだ。
冷静なのは俺の嫁、吉野さんくらい。俺が陰で動き回っていることを知っている社長でさえ、呆然としてたからな。
まあわからなくもない。なんせ俺は一度異世界クラブハウスに飛び、そこで仲間を全員引き連れてここに飛んだ。もちろん、三猫銀行北上常務を伴って。
「な……な……」
例の秘書室長は、実際に腰が抜けたようだ。へたへたと座り込んだまま、俺の背後を指差している。
まあ当然かもな。なにせエンリルは本来のドラゴン形態。会議室に窮屈そうに収まったまま、俺の後ろから睨みを利かせているからな。
「あら、お呼びでない。……こりゃまた失礼致しましたーっ」
「ふざけるのも大概にしろ、平っ!」
鉾田の野郎、驚愕からいち早く立ち直ってるな。さすが黒幕だけある。
「なにしに来た。大馬鹿者っ」
「嫌だなあ……鉾田副社長。俺と吉野さんはオブザーバー出席が認められている。知ってるでしょ」
「その後ろのフリークショーなど呼んでおらん」
「化け物扱いは失礼だな……」
一歩進み出たタマが、唸り声を上げた。
「平ボス、こいつ、食い殺していいか」
牙を剥いてみせている。
「失礼もくそも、その牙に猫目猫耳。化け物ではないか」
「まあまあ、許して下さいよ、副社長。成り行きだ」
「成り行きとか――」
「それより、社長解任動議採決の真っ最中だったんでしょ。早速採決と行きますか」
「それなら今まさに成立した。見ろ」
横を向いて、顎で示す。
「へたり込んだ四人を除けば、全員起立している。つまり七対四。賛成多数だ」
「それは認められんな、鉾田くん」
社長が口を挟んできた。ようやく頭が回り始めたのだろう。
「皆は、議案に賛成して立ったのではない。突然現れた大馬鹿者一座に驚いただけだ」
いや社長、苦労して助けに駆け付けたのに「大馬鹿」扱いはなんすかw
「ちゃんと採決すればいいだろ。鉾田くんと永野くんの議案が我が社のためになるなら皆、賛成するはずだ。私も喜んで身を引こう」
「そもそも永野くんは社長解任に反対のようだぞ。ほら」
会長が両手を広げてみせた。議案提案者の永野は、秘書室長の隣で仲良く腰を抜かしている。床に水溜まりが広がっているからこの馬鹿、漏らしたな。
「こ、こ、こんな状況で……れ、冷静に採決できるわけないだろ」
永野が叫ぶ。
「お……オオトカゲが睨んでいるじゃないか。平は社長の奴隷。その仲間なんだ。社長解任に賛成したら、食い殺されるに決まってる」
「失礼だのう。余はドラゴン、しかもドラゴンロードじゃ」
エンリルが睨んだ。
「だが怖いというなら、王者として余も反省せねばな。ほれ……」
しゅるしゅる……。衣擦れのような音と共に、エンリルはドラゴン形態を解いた。ヒューマン姿の、婚姻形態となる。
「ほれ、これでどうじゃ。恐ろしくはなかろう。どのような採決になろうと暴れたりせん。王者として約束しようぞ。聖魔大戦に散った、母の
手を腰に置くと、胸を張った。
「な……な……」
言葉を失いながらも、眼鏡を直して食い入るように見つめている。エンリルを。まあそりゃそうだな。ドラゴンから変身したんで、エンリルは素っ裸だ。てか永野の奴、マジでエロじじいだな。そりゃ赤坂のあの怪しいクラブに入り浸るわけだわ。
「エンリルさん……」
自分のジャケットを脱ぐと、吉野さんがエンリルに掛けた。
「刺激が強すぎますよ」
「そうであったな」
袖を通す。
「平と嫁仲間以外に裸を見せるなど、間違いであったか。だが……トカゲと馬鹿にされてはのう……」
まあまだ下半身丸見えだけどな。エリーナが素早く布を差し出し、エンリルはそれを短い巻きスカートとした。まだ見えそうだけど、これでとりあえず公序良俗には反しないだろう。
「たしかに……仕出し屋までいるな」
タマゴ亭さんを、鉾田が睨んだ。
「小娘を使って、社内をスパイさせていたのか。平」
「あら、あたしそんなこと頼まれてないよ」
タマゴ亭さんが腕を組んだ。
「でも……皆さん、弁当屋なんて空気としか思ってないでしょ。会議に弁当運んだときとか、給湯室で女子社員と雑談したときとか、色々ヤバい話聞こえちゃってさあ……」
にっこり。
「もちろん秘密にしてるよ。シタルダ王朝創建以来数百年……違うか、タマゴ亭は創業以来うん十年、弁当ひと筋だよ。出入りする会社の情報なんて、誰にも漏らさないからねっ。たとえ……それが、あたしの結婚相手、平さんと言えども」
背伸びすると、俺にキスしてくる。
「ん……」
「……」
「……ん」
ゆっくり、唇を離す。
「ねっ」
「なにが、『ねっ』だ。わけわからん」
「平、お前、吉野さんがいるじゃないか」
社長まで目を剥いてて笑うわ。
「恋人だろ。なのに……」
「いいんですよ、社長。さっき話しましたよね。平の能力について」
俺に向き直る。
「私も……平くん」
「吉野さん……すみませんね、ひとりで恐ろしい思いをさせて」
「いいの。平くんと三木本商事のためだもの」
きれいな瞳だ。俺、幸せかも。
「でも……少し怖かった。……ん」
「……」
「……」
「……ふう」
キスを終えた吉野さんを抱き寄せて、背中を撫でてあげた。
「ここは神聖なる役員会議室だぞ。なにをやっとるんだ君はっ!」
「その神聖な会議室で、社長追い落としの陰謀を練ってるあんたはどうなんだ。ええ鉾田。それに腰巾着の永野よ。ええ?」
「失礼だぞ。私も鉾田さんも、君よりはるかに職階が上ではないか」
「関係ないね。どうせふたりとも今日、退任願を書くんだ。あんたらに無理やり書かされた海部金属事業部長のように。あんたらふたり、職階もくそもないだろ。もう」
「退任するのはほれ、そこにいる柏木社長だ」
次第に落ち着いてきた取締役連中に、鉾田は睨みを利かせた。今さら裏切るなよという、眼力で。
「それに混乱したのもたしかだ。きちんと採決しよう。間抜けな柏木一派にも、はっきりわかる形でな。六対五、確実だ」
「いや、それはどうかな……」
トリムとケルクス、エルフふたりの後ろから、おっさんが進み出た。三猫銀行常務取締役にして、三木本商事社外取締役。北上のおっさんが。
「鉾田くん。権力争いはまだいいとして、曲がりなりにもまだ上司の代表取締役社長を『間抜け』呼ばわりは、看過できんな」
「北上……常務」
鉾田が、口をあんぐりと開けた。
「私はね、そういう陰謀は嫌いでね。特に……我が行大手町本店の不祥事、その背景にこの陰謀が絡んでいるとすれば」
鉾田を睨む。
「そ……そんなことはありません、北上常務」
「そ、そうです。大手町営業部長と次長を私が赤坂で接待したのは、たまたまで、それはあの――」
「黙れ馬鹿者っ」
座りしょんべんの永野を、鉾田が蹴飛ばした。
「そうすか、永野さん。そのへんほじくり返したら、面白そうっすね」
「平ぁ……」
憎らしげな視線だ。いや知らんがな。自分で蒔いた種だろ、アホ。
「この会議の後で俺、握ってる情報を当局に流しますから。反社担当は警視庁の……えーと……」
「捜査四課だよ、平パパ」
「そうそう四課。脳内検索ありがとうな、キラリン。あと、銀行業務を所轄する財務省と。そこに渡します」
「四課が動けば、社内闘争とかの話どころではありませんね」
吉野さんがダメ押しする。
「捜査は厳しいですよ。鉾田さんと永野さんは、お覚悟が必要ですね」
「……くそっ!」
「けけっ。楽しみだねーっ」
俺のネクタイを跳ね上げて、レナが飛び出てきた。俺の頭上をくるくる飛び回る。
「ねえねえ鉾田さん。今どういう気持ち。ねえねえ。社長派はこれで六人。採決は六対六で同決。解任動議の同決は、動議否決だよ、ねえねえ」
「楽しみだのう……」
サタンの瞳が輝いた。
「闇落ちした人間の魂はうまいからな。鉾田とやら、お前は仲間と今日、地獄に落ちる。やがて命を失った折は、あたしが魂を食べ尽くしてやるわい」
「それ、あたしとマリリンママにも観察させてよね。ママ、大喜びだよ。研究ネタが増えたって」
キラリンが笑い出した。
「それに、六対六とは限りませんね」
全てを見透かすかのように、キングーが反社長派を見つめた。
「僕は天使の血を引いている。人間の心の動きが、少しはわかります。面白いですよ。負けると確定した反逆者側に、今さら立つ人がいるでしょうか。僕はいないと思いますね」
「動議提出のふたり以外、まだ誰が反社長派か、確定的には事実が明らかになってないもんね」
トリムはにやにやしている。
「そうそう。六対五というのも、そこな鉾田とかいう雑魚が強がっているだけかもしれんからな」
侮蔑の視線を、ケルクスが鉾田に投げた。さすがダークエルフというか、そういう表情でも、度外れて美人さんだわ。
「たしかに」
社長が頷いた。
「私も平も、裏切り者が誰かは、まだ知らん。だが……ここで私の解任動議に賛成すれば、明確に炙り出されることになる。賛成しないなら、社内安定を望む勢力として、私や三木本商事の味方だ」
社長の奴、うまいこと亀裂を入れるもんだな、敵の団結に。ここで解任動議に反対すれば、社長派と見なしてやるってことだろ。さすが荒っぽい鉱物商社の権力闘争を勝ち上がってきたハゲだけあるわ。
「それにメインバンクの本店に、よりにもよって反社を使ってちょっかいを出して泥を塗った。裏切り者だって反社とつるんでいるはずだと、当局も銀行も世間も考える」
「いやっ。わ、私は知らなかった」
オルタナティブ資源開発事業部長が、両手を大きく振った。
「本当だ。信じてくれっ。暴力団絡みとわかっていたら、乗るはずはない」
馬鹿だなこいつ。自分で「裏切り者」確定させてどうする。まあ……前々からこのアホ、永野派を明言してたしな。その意味では今さら同じか。
「では採決に入ろう」
もうすっかり落ち着きを取り戻した社長が、宣言した。
「……といっても、秘書室長は青息吐息だ。平くん、オブザーバーの君が決を採り給え」
「喜んでーっ」
居酒屋かよって返事になったわ。
「では改めて」
しーんと静まり返った会議室を、俺は見渡した。取締役全員が、食い入るように俺を見つめている。
俺は声を張り上げた。腹から。
「第一議案。代表取締役社長・柏木氏解任動議。解任に賛成の方は、ご起立願います」
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