9-7 ソロモンの聖杖

「どうやってこれであんなボス倒すんだよ。これ、ただの棒きれだぞ。こいつだと、ウェアラットとかの雑魚倒すのにも手間取るってのに」

「それは、ソロモンの聖杖せいじょうだ」

「は?」

「ソロモンの聖杖。退魔用のアーティファクトだぞ、それは」

「ご主人様。これがもし退魔専用なら、通常のモンスターにたいした効果がなかったのも、当然かもよ」

「小さな妖精の言うとおりだ、平」


 なんだよこれ、対魔族専用の武器だったのか。だから、これまで雑魚戦でも苦戦したってことか。相手が魔族じゃないから。なんせ、普通に殴るか突くかくらいしかできないからなー。


「ひのきの棒」を抜いて、隅々まで調べてみた。


「いや。やっぱ、ただの棒だろ。アーティファクトなら、どこかに由緒有りげな紋章とか刻まれててもいいじゃんか。なんもないぞ、これ」


 ただの六角形断面の、まっすぐ一メートルちょいくらいの棒っきれ。そこらのホームセンターで千円で売ってそうな感じよ。木刀より弱そうな。もうただの棒としか。


「それはソロモン王由来の品だ」

「はあ……」

「古代の賢王ソロモンは、神から三つのアーティファクトをたまわり、それによって魔物を平らげ王国を造った。余の親も、生前はその王国と関係を持ち、暴れていた。……もう親もその王国もないが」


 そう言えば、ゴブリン連中が叫んでいた。グリーンドラゴン・イシュタルの巣穴で、吉野さんがドラゴンライダーとなったときに。


 七百八十年ぶりのドラゴンライダーとか。前のドラゴンライダーは、たったひとりで大陸の半分を制覇して覇王と呼ばれたと。ってことはソロモン王こそが、俺達の先代のドラゴンライダーってことか。


 エンリルにしてからが、俺が初めて召喚したとき、六百余年もの間、眠っていたと言っていた。この長いまどろみも、ソロモン王国の興亡と、なにか関係があるのかもしれないな。てかそもそも……。


「ちょっと待て。エンリルお前、親とかいるのか」

「当たり前であろう。ドラゴンだって親も子もある。子を産むとやがて死んでしまうので、繁殖はごく稀にだが」


 鼻で笑われた。


「平、少しは自分の武具について調べておけ」

「いや、ただの棒きれだし。みんなもそう思ってた」


 アーサーやスカウト連中に、よく冗談の種にされたもんだ。


「そんなに凄い装備ならエンリル、お前が教えてくれればよかったじゃないか」

「それではつまらんだろう」

「は?」

「平が無双したら、観るドラマとして面白くない。それにそもそもここまで、魔族と戦ってこなかった。教える必要すらない」

「……酷いな、お前」

「いいではないか。必要なときが来たら、こうして教えただろう」


 涼しい顔だ。


「……まあな。それは確かにそうだ」


 危機には俺を助けてくれる――。使い魔の仮契約とはそういうものだと、レナは教えてくれた。なら仕方ない。


 とにかくここは異世界だ。俺達の世界とは多少感覚がずれているのも当然なのかもしれない。郷に入れば郷に従えだ。気持ちを切り替えないと。なんせ今はボス戦の最中だ。


「ソロモン王が授けられたアーティファクトは三つ。まず『ソロモンの指輪』。それに『ラジエルの書』。最後のひとつが『ソロモンの聖杖』だ。どれも歴史の闇に消えたアーティファクトと言われ、古来、錬金術師や冒険者が血眼で探しておった」

「そんなとんでもない品が、どうして俺なんかの初期装備になったんだよ」

「知らん。チャンスがあれば、神にでも聞け」

「ぶん投げるな」

「話は後だ。もう敵が近いぞ」


 トロールやサイクロプスがのしのしと迫ってきている。エンリルが噴炎で牽制し、隙をついてタマが突進して脚を払い、倒れて動きが鈍ったところをトリムが毒矢や爆発矢で眼球を狙う作戦のようだ。実際、頭を吹っ飛ばされた数体が、そこらに転がっている。


 グリーンドラゴン、イシュタルに跨り、ミネルヴァの大太刀を振るった吉野さんが、それを指揮している。ミネルヴァの大太刀からは時折魔法の雷が生じ、トロールが振り上げた棍棒やらサイクロプスの大剣やらを弾き飛ばしている。


 キングーとキラリンは、イシュタルの陰から、タマや吉野さんにエンチャントポーションを飛ばしている。


 防御として、かろうじて形になってはいる。だがミノタウロスが召喚する敵はどんどん増えつつあり、徐々に前線が近づいてきている。さすがは本拠地、敵は無尽蔵に近いのだろう。こっちの防衛陣は、もう長くは持たないはずだ。


「どうやればいい」

「よしよし、やる気になったな」


 楽しそうに笑っている。


「余がお前をミノタウロスの真ん前まで跳ばす。その聖杖でミノタウロスを貫け」

「剣でもないのにか。なぎ倒すとかじゃなく」

「大丈夫だ。伝承のとおりなら、簡単に皮膚を突き破れる。それしかない」

「おう」


 伝承のとおりなら――とかいうエクスキューズが付いてるのが不吉だ。それに、あくまでエンリルが言い張っているだけ。これが本当にソロモン王ゆかりの強力なアーティファクトかどうか、定かではない。エンリルがなにか勘違いしていたら、俺もみんなも、もう終わりだ。


 ……だが、もうやるしかない。他に手はないのだ。


「いいか。焦らず落ち着いて、胸の中央、心臓を狙うのだ。わずかでも外せば、二度めのチャンスはないぞ。……ミノタウロスは馬鹿じゃない。魔族の中では知恵者だ」

「わかった。レナは俺の胸にしっかりしがみついてろ。どう跳ばされるかわからん」

「了解だよ。ご主人様」

「では行け。武運を祈る」


 エンリルの背中がうねると、弾くようにして、俺とレナは宙に跳ばされた。


「余はここで吉野と、雑魚を潰しておく」


 エンリルの声が追いかけてきた。


 空を飛ぶ俺を見て、下からトロールが棍棒をぶん投げてきたが、幸い、わずかに逸れた。直撃したら内蔵破裂だ。


「ぐえっ!」


 鋭い岩があちこち突き出た地面に叩き着けられて、踏まれた蛙のような声が出た。ミスリルのチェインメイルを装着していなかったら、これだけでも死んでいたかもしれない。


「レナ」


 レナは胸から顔を覗かせた。


「平気。ちょうど岩の隙間だった」

「なんだお前」


 無様に這いつくばる俺をすぐ前から見下ろして、ミノタウロスが首を捻っている。


「自殺しに来たのか」


 笑いもしない。呆れたような声。ミノタウロスの周囲に、他の敵はいない。全員、吉野さんに向かって進軍中だから。


「ご主人様は、そんなことしないよっ」

「おう。妖精のお嬢ちゃんも一緒か。惜しいがお前にも死んでもらう」

「死ぬのはミノタウロス、お前だよっ」

「まあ頑張れ」


 嘲笑ってやがる。


「お前がリーダーだと思っていたが、捨て駒にされるとは……。ドラゴンライダーのくせに、もうドラゴンに見限られたのか。哀れな奴」


 実際、憐れむような瞳だ。


「哀れすぎる。せめて一閃で殺してやろう。情けだ」


 ピッチフォークを、槍投げのような形に構えた。


「ご主人様、危ないっ」

「くそっ!」


 今しかない。振りかざした一瞬の隙をついて、ソロモンの聖杖を構えたまま頭を下げ、短距離走のスタートのように野郎に突っ込んだ。


「むっ!?」


 間抜けが飛んできたと、さすがに油断していたのだろう。ミノタウロスの間合いの中まで走り込め、赤黒い胸板に、聖杖はまっすぐに突き通った。


 たしかに簡単には皮膚を突き破れなかったが、そこまで強い抵抗でもない。キウイに割り箸を刺すくらいの感覚というか。ミノタウロス相手に、あの情けない「ひのきの棒」がだ。信じられない。


「ぐうっ」


 ミノタウロスがよろめいた。聖杖をなんとか引き抜くと放り投げ、片膝を着く。俺は急いで、「ひのきの棒」を拾った。


「こ、これは……」


 濁った瞳で、睨みつけられた。


「これはも……しやソ……ロモン……の」


 言葉が途切れると、崩折れる。巨体が倒れる轟音が響いた。


「やった!」


 レナが叫んだ。


 だが……。


「う……む……」


 ミノタウロスは、体を起こした。大きく荒い息のまま、俺を見つめる。


「そうか……さすが、ドラゴンロードを従えるだけはある。貴様、ただのヒューマンではないな」


 肩で息をしながら、それでも立ち上がった。


 どういうことだ。


 ちらと瞬間だけ振り返ってみた。エンリルは、こっちを見据えたまま、ただ黙っている。


「惜しかったな、ヒューマン。急所をわずかに外したぞ、お前」

「見てご主人様。傷が……」


 胸に開いた傷が、見る見る塞がりつつある。


「なに、もう一度やるだけさ」


 聖杖を構え直した。


「もう油断はせん。諦めろ。地獄への手土産だ。煉獄の炎を見せてやろう」


 振りかざしたピッチフォークの先端に黒い炎が灯ると、あっという間に大きくなる。


「逃げてっ。ご主人様」

「危ない、平さんっ!」


 キングーの悲鳴が響いた。


 だが、逃げる時間はなかった。ピッチフォークから黒い巨大な火の玉が飛んできて、包まれたからだ。


 熱くもない奇妙な炎だ。ただただ寒い。地獄に引きずり込まれるかのような感覚に、俺の意識は途切れた。

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