9-6 サイクロプス

「どんっ!」


 凄まじい破壊音がした。それに明るくなった。これまでの魔法の光の明るさと異なる、天然の光で。周囲にもうもうと煙だか埃だかが立っていて、それも陰りがちだが……。


「平ボス。しっかりしろ」


 頭を打ち意識朦朧の俺を、タマが抱き起こしてくれた。


「すごい血が……」


 頭の傷を舐めてくれる。


「皮膚が割れて肉が覗いているぞ。生涯のパートナーよ、よくぞ堪えた」


 血まみれの俺の顔を拭ってくれた。


「タマ……なんでお前、体を起こせて……いる」

「もう天井はない。……というか、建物がすべて」

「建物が……」


 まだ頭が痛むが、次第に意識がはっきりしてきた。


「これは……」


 見ると、建物はすべて吹っ飛ばされていた。暗い地下だったのが、今では明るい陽光に照らされた窪みのようになっている。周囲に岩が大小の破片となって飛び散っている。


 破壊の衝撃で、魔族どもは全員倒れ伏しており、どす黒い血が周囲に広がりつつある。俺達は無傷。おそらく、トリムの結界が効いたんだ。魔法もなにもない瓦礫なら弾けるから。


 そして俺の背後には、この破壊を巻き起こしたに違いない、二体のモンスターが頭をもたげていた。


「平、大丈夫であったか」

「ド、ドラゴン……」


 信じられない思いだった。間違いなく、ドラゴンだ。


「お前ら、アスピスの大湿地帯は魔法で封じられているから、上空も抜けられないって……」

「平よ、お前が自ら封印を破ったのだ。お前の功績だ」

「俺が……」

「そうよ。のうイシュタル」

「ああエンリル。天使の亜人の周囲だけは結界の封印が解ける。平たちが右往左往したので、太い一本の道が、入り口からこの中央まで通ったのだ」


 ああ。行き止まりの多いルートだったし、アスピスロードの巣を避けようと行ったり戻ったり脇に入ったりとか、死ぬほど繰り返したからな。ペンキで塗りつぶすように、封印を解いていったってわけか。それにふたりとも、真名で会話している。ガチ、本気モードだ。


「みんな無事か」

「うん平くん」

「お兄ちゃん」

「平、あたしも平気」

「平さん」

「ボクはご主人様の胸にいるよー」


 よろよろと、吉野さんも体を起こした。


「腕、大丈夫ですか」

「かすり傷よ、こんなの」

「あとであたしが舐める。まずは重傷の平ボスからだ」

「そうして、タマちゃん」

「どういうことだっ!」


 ピッチフォーク片手にすっくと立ったミノタウロスが、周囲を見回している。さすがはボス。部下の雑魚どもと違って、無傷だ。雑魚はあらかた死んだか、瀕死で蠢いているだけだが。


「それにドラゴン……。しかも二体同時に出現など、聞いたこともない」


 はっと気づいたようだ。


「まさかドラゴンライダーがふたりというのは……」

「だから言ったじゃん」


 レナは勝ち誇っている。


「ボクのご主人様と吉野さんは、この大陸で並ぶ者のいない、栄誉あるドラゴンライダーだからねっ」

「くそっ!」


 ミノタウロスは悪態をついた。


「だがまだ負けたわけではない。……ここは我らの本拠地。魔力は地からいくらでも湧いて出る。地の利は俺にある」

「もうお前しか残ってないだろ。諦めてルシファーの情報を寄越せ。命だけは助けてやる」

「俺だけだって?」


 ピッチフォークを振り回す。二又の槍からは、黒い稲光が生じ、消えたと思ったら、多くの魔物がミノタウロスの背後に生まれていた。


 でかい奴が多い。三メートル、五メートル。中にはドラゴンより大きな一つ目巨人まで数体いる。


「サイクロプス……。あいつは倒せんぞ。強すぎる」


 タマが呟く。


「行けっお前ら。あいつらを皆殺しにしろ」


 ミノタウロスが命じたが、部下はどれも動かない。


「どうした」

「でもミノタウロス様。ド、ドラゴンが」

「こんなの聞いてません」

「ルシファー様への忠誠を忘れたのか。倒してドラゴンスレイヤーとして名を上げろ。幹部に取り立てられるぞ」

「へ、へいっ」


 勝鬨を上げると、手に手に粗末な武器を振りかざして襲ってきた。


「全員、背後に」


 イシュタルが叫んだ。


「平とふみえは乗れっ」


 急いでエンリルに跨ると、ほとんどの魔族が棍棒を下げた。戦闘に興奮する憤怒の表情が消え、立ちすくんでいる。まだ吠えて向かってくるのは、サイクロプスやトロールなど、強そうな連中ばかりだ。


「ド、ドラゴンライダー」

「それもふたりも」

「き、聞いてないよー」

「いいから行けっ。ドラゴンライダーとドラゴンを倒さば、ドラゴン殺しの英雄として伝説を残せるぞ」

「う、うおーっ」




 ごおーっ




 エンリルとイシュタルが噴炎した。ほとんどの魔族は焼け焦げて崩れ落ちる。……だが、サイクロプスやトロールなど、大型の数体は全く無傷だ。


「さすが、本拠地だけはあるのう。耐炎魔法を使っておる」

「やりがいがあるのう、エンリルよ」

「まったくだ」


 イシュタルとエンリルが、呑気な感想を漏らした。


「まだまだだわ」


 ミノタウロスが槍を振るうと、また魔族が湧いて出た。しかもサイクロプスやトロールの数が増えている。


「いくらでも出せるからな」

「やれやれ」


 イシュタルは溜息を漏らした。


 いやお前ら、落ち着いてる場合じゃないぞ。連中、蛮勇を振り起こして、叫びながらガンガン進んでくるし。


「トリム、矢だ。もう遠慮は無用。全開で行け。……特に炎で消せない奴を潰せ」

「わかった」


 目にも止まらない速さで、トリムが矢を放ち始めた。とはいえ大型の敵の多くは皮膚が硬いらしく、トリムは目を狙っている。目は小さいし敵は動いているから、ほとんど命中しない。怯ませることはできているので、敵の進軍速度を落とす効果は、充分あるが。


「吉野さんとキングー、キラリンはポーション頼む。タマ、お前は万一連中が迫ってきたとき、キングーとキラリンを護るんだ」

「任せろ、平ボス」

「エンリル、イシュタル、頼むよ」


 もうキングーに真名を知られたけど、いいだろ。本人も名乗ってたし。


「人使いが荒いのう」


 エンリルが苦笑いした。


「まあ、我の一夜妻に傷を付けた連中には、お仕置きが必要だしのう」


 二体の噴炎で、また魔族が倒れた。が、ミノタウロスがさらに多く、今度は今までの十倍ほどもの魔族を召喚した。


「なんだよ、きりないぞ」

「ご主人様。ここは敵の本拠地。多分いくらでも援軍を呼べるんだよ」


 俺の胸から、レナが叫んだ。


「やっかいな連中だ」


 炎の効かない敵ばかり残るので、結果として敵軍がどんどん強化されつつある。このままでは、なにかのきっかけでバランスが崩れる。どれか一体でも弓矢の雨を抜けてくれば、こっちの誰かが殺されても不思議ではない。


「エンリル、もっと炎を噴け」


 思わず、頭の後ろをはたいちゃったよ。


「やっておる。お前、いくらドラゴンライダーとはいえ、もっと敬意を払え。余は駄馬ではないぞ」

「敬意どころじゃないだろ、今は。後でいくらでも愚痴は聞いてやる」

「ご主人様。ミノタウロスをやらないと」

「そうだ。ミノタウロスを倒さねば、いずれ負けるぞ。おまけにあいつには炎が効かん」

「冷静に分析すんなっての。炎がダメなら巻き付いて絞め殺すとか咬み殺すとかしろよ。天下のドラゴンロードだろ、お前」

「それでも倒せんだろう。ミノタウロスだぞ」

「ならどうするんだよ」

「平よ、お前がケリをつけるのだ」


 エンリルは、背に乗せた俺を振り返った。


「俺が……。まさかエンリル、バスカヴィル家の魔剣。あれの究極の力を使えってんじゃないよな」

「ご主人様。もう一度あれを使うと、死んじゃうよ」


 レナの言うとおりだ。寿命をまた五十年縮めるってことは、俺は百二十五歳相当になる。もちろん老衰で即死するだろう。


「いや、そもそも使えんだろう」


 エンリルは首を振った。


「ヒューマンのお前では、残命が足りん。おそらく発動すらできないはずだ」

「ならどうするんだよ」

「それを使え」


 俺の装備に顎をしゃくった。


「この長剣か? これ跳ね鯉村で造ってもらった、普段使い用の剣だぞ。頑丈なだけが取り柄の」

「それではなく、もうひとつの奴だ」

「もうないだろ」

「あるではないか、それが」

「……まさか、この棒きれか」


 俺の初期装備。異世界初日に足元に転がっていた、お情けの武器らしきもの。通称「ひのきの棒」、これのことか。


「そうそれ」

「どうやってこれであんなボス倒すんだよ。ただの棒きれだぞ。こいつだと、ウェアラットとかの雑魚相手でも苦戦するってのに」

「それは、ソロモンの聖杖せいじょうだ」

「は?」

「ソロモンの聖杖。退魔専用のアーティファクトだぞ、そいつは」

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