7-3 「平凡人」爺様の、隠された人生

「マジか……」


 いつものマンション。新たに使い魔契約をした魔王サタンを連れ帰り、晩飯方々、爺様との因縁を聞き出した。爺様の娘ということは、サタンは俺の父親の妹ということになる。腹違いではあるが。つまり俺から見ればサタンは伯母……じゃないか、妹なのだから「叔母」か。どっちにしろおばさんだ。


「だがなあ……」


 なんと言っても、見た目はキラリンと同じくらいで、せいぜい中学生だ。食後、乳酸菌飲料「ネコルト」のちっこいプラ容器をカポカポ咥えるようにして飲む様子は、中学校給食を光速で通り越して、むしろ園児のおやつタイムといった体だし。


 これが叔母、しかも大魔王サタンとはなあ……。


 まあ信じられない。


「サタン」

「なんだ、契約者甲」


 サタンは上機嫌だ。俺を上目遣いに見る。


「この飲料を、もうひとつもらえまいか。これはなかなかの逸品。魔界にもないぞ」

「はい。どうぞ」


 サタンとキラリン、ついでにトリムの前にも、吉野さんがおかわり容器を置いた。


「おう助かる。さすがは吉野殿だ」


 容器振りーの、蓋めくりーの。


 三人並んでぐいぐいうまそうに飲む姿は、仲の良い姉妹のようだ。まあ大魔王サタン、ハイエルフの巫女筋、元機械という、謎の三人組ではあるが。


「もう一度、話してくれ。頭が混乱してな」

「なんだ甲、大魔王サタンを召喚した身にしては、理解力が足りんのう……。頭脳が心配になるぞ」


 溜息をつきながらも、サタンは話してくれた。


「あたしの母様、つまり先代サタンは、魔王史でも一、二を争うほど魔力が強かった。その力で魔族の内紛を収め、平和を導いた」

「でもお前ら、なにかってえと、攻め込んでくるだろ」


 今のルシファーにしてからそうだからな。


「そもそも魔族は、世界平和といった戯言たわごとなど、信じておらん。平和とは単に、勢力の均衡を意味しているだけよ」

「まあそこは議論のあるところだ。言いたいことはわかるが……」

「我ら魔族は、自らが暮らしやすくなるよう、世界を改造しておるだけだ」

「それを侵略って言うんだよ」

「他の種族も同じであろう。まず自分、次に家族、さらに同族、その次が世界。優先順位は明らかだ」

「それはわかったからさ。爺様の話を頼む」


 ここで国家論とか社会論されてもなー。


「長く魔族に平和をもたらしてきた母様だが、魔王といえども寿命はある。魔力の衰えを感じたので、母様は次代の魔王育成に入った」

「それがお前だな」

「まあ急くな。今話す」


 ネコルトを飲み干すと、容器を咥えたまま上を向き、最後の一滴まで絞り出している。やっぱり園児だ。


「うまいのう……」

「はいこれ。ネコルトじゃなくてカルネコだけど」


 どんっと、吉野さんが大きなグラスを置いた。白濁した、薄めのカルネコだ。甘酸っぱくてうまい。


「たくさん作ったから、飲んでね」

「かたじけない。さすがは嫁御だ。甲より気が利く」

「早く飲んで話せ」


 偉そうな園児だ。


「せわしないのう……」


 乳酸菌飲料をたっぷり味わってから、続ける。


「サタンは言ってみれば魔族を束ねる女王蜂のようなもの。生殖が必要になってから連れ合いを探す。通常は魔族から選ぶのだが秘術により祖霊に問いかけた結果、異世界から力のある者を召喚することとなった」

「それが俺の爺様か」

「そういうことだ」

「なんで爺様なんだ。爺様が転生した先は、古代。つまり遥か未来の男を、わざわざ転生させたことになる」

「ご主人様。きっとご主人様と同じで、妄想力がとてつもなかったんだよ」

「そうだよお兄ちゃん。ママも言ってたでしょ。過去にもご主人様の一族には、異様な妄想力を持つ人がいたはずだって」


 キラリンが言う「ママ」とは、もちろんキラリン開発者、「アレ博士」マリリン・ガヌー・ヨシダだ。そういやたしかに言ってたわ。俺の妄想力は、先祖伝来の遺伝子変異、それに母方血筋のミトコンドリアDNA変異が重なった結果だって。爺様も、平家に嫁入りした母方から、変異したミトコンドリアDNAを受け継いだのかもしれん。


「そのへんはあたしも知らん。とにかく母様はあり余る魔力で最適な人材をサーチし、自らの元へと転生させた。赤子として」


 それで現実世界から失踪したのか。おかしいとは思っていた。だってそうだろ。自分の息子――つまり俺の親父――が生まれたばかりの頃だからな。普通は死ぬ覚悟で働いて金稼ぐ局面だろ。なのにいきなり消えたから、婆様、どえらく苦労したって話だし。自分で消えたんじゃなくて、魔王に召喚されていたんだな。


「母様は父様を育てた。母親のように。そして父様が十二歳になったとき、自らのしとねに招いた」

「いよいよねっ」


 いや吉野さん、食いついてるやん。俺の隣に座って、向かいのサタンを食い入るように見つめてるわ。ブランデーのグラスを手に瞳を輝かせ、煎餅をぼりぼり食べてるし。珍しくワインじゃない。まあ葡萄の蒸留酒だから、関係あるっちゃあるか。


「これ、ショタって奴よね」


 いや吉野さん、なんでそんな単語知ってるんすか。


「は、初めてのときは痛いのかしら。男の子も」


 おねだりするかのように俺を見る。


「いえ……。精通のときは多少痛みますが、女の子ほどでは……」


 やむなく教えた。


「そうなの……。私のときはすごく痛かった。平くんは優しくしてくれて、幸せだったけれど」


 いや楽しそうだわ。今頃ドラゴンロードのエンリルも、巣でこのシーン眺めてわくわく顔なんだろうなー。ラスボス級モンスターのくせにあいつ、本質的にはミーハー女子みたいなもんだし。


「あれよね。これ、逆源氏物語よね」

「はあ……」

「光源氏はね、お兄ちゃん」


 キラリンが解説を始めた。


「身寄りが亡くなって困っていた幼女紫の上を誘拐同然にさらって育て、まだ子供なのに手籠めにしちゃったんだよ」


 それ、俺も聞いたことあるわ。光源氏って父親の嫁とも関係持ったし、マザコンにしてロリコン……というか、誰でも良かったんだろうな。相手さえしてくれれば。野獣。


 あれが世界最初の小説扱いとか笑うわ。世界最初のエロ小説の間違いじゃん。書いたのが女性ってところがまた闇深いわ。千二百年も前の腐女子が書いたタワゴトだろ。現代のオタ文化まで通じてるとか。


「それで源氏……じゃなかった先代サタンはどうだったの。平凡人はアレ、上手だった? お祖父様のテクニックって、平くんと同じくらい凄かったのかしら。我を忘れて溺れてしまうくらいに。こう、中指で私の奥の――」

「いや、そのへんはあたしも……」


 さすがにサタンも困惑してるな。父親のことは母親――つまり先代サタン――から聞いてはいるだろうが、エロ行為はさすがに話してくれてないだろ。いくら魔族とはいえ、仮にも大魔王だぞ。威厳ってものがある。


 呆れたようにまじまじと、レナも吉野さんの顔を見つめている。吉野さん、夢中になるあまり、普段絶対口にしないような露骨な分野に踏み込んだなー。恥ずかしがりなのにどうした。


「それに平くんのアレ、大きいから、口に含むと舌がこう――」

「続けてくれ、サタン」


 遮った。なんで満座で俺のエロ行為晒されにゃならんのだ。レナタマトリム、キラリンキングーケルクス、バンシーのエリーナにサタンと、吉野さん以外に女子、ここに八人もいるってのに。アンドロギュノスのキングーは、(仮)女子くらいではあるが……。


 いずれにしろ、俺とそっち方面の関係を持っているのは、初期組三人とケルクスだけだ。……あーでも、トリムとはキスならしてるか。キングーも半陰陽確認のため、温泉で触ったことならある。いろいろややこしいな。まあ誰として誰としてないにせよ、ここで俺の性癖バラされるのは恥づいわ。


 ほっと溜息を吐くと、サタンは話を続けた。爺様の驚くべき人生、そして自分が魔族を追われるようになった経緯を。それは――。




●次話、サタンのエロトーク……じゃなかった身の上話が続きます。

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