7-2 使い魔契約書の謎……というか草

「てか、お前誰だよ」


 こらえてはいたんだが、とうとう口を衝いて出た。だってよ……。


「決まっておろう、サタンだわ」


 胸を張る。


「はあ? お前、魔族の園児だろ。サタンごっこか?」

「ぶ、無礼者っ」


 顔を真っ赤にして怒ってるな。だってさ、どでかい煙と共に仰々しく登場した割に、見た目キラリンと同じくらいのサイズと幼さ。しかも黒いスモックみたいな妙な服着てるし。よく言っても「魔族中学新入生」といったところだ。しかも女だし。胸が平らだから断定はできないが。


「ふっふっふっ」


 気を取り直したのか、急に上から目線の笑みを浮かべてきた。


「お前なんざ、秒で殺してやってもいいんだぞ。いくらドラゴンに守られていようが、魔王のパワーにかなうはずもなし」

「麻婆豆腐がどうした?」

「ま・お・う――だと言っておろうがっ!」


 ムキになってじたんだ踏んでるな。……なんだか俺、サタンを召喚したというのにすごく冷静になってきたわ。とりあえずこんだけ天然なら、全員瞬殺されるとかはなさそうだし。


「殺す前に話、しなきゃならないだろ。俺が召喚したんだから」

「ちっ」


 気がついたかとか、口の中で呟く。いや丸聞こえだが。


「ま、まあ……あたしを召喚するほどのパワーを持つ男だ。話だけは聞いてやろう」

「使い魔になってほしい」

「あっさり言うのう……」


 呆れたように溜息をついた。


「そもそも魔族オブ魔族のあたしが、なんでこっぱヒューマンなんぞの」

「ご主人様はドラゴンライダーだよ」


 レナが加勢に入ってきた。


「ドラゴン二体見ればわかるよね」

「ふん。だからどうした」


 腕を組んだ。ああ、そうするとかろうじて胸のあることがわかるな。やっぱり女児だ。


「そのような蛇っ娘風情、あたしがその気になれば、瞬殺だ」


 侮辱されたというのにイシュタルもエンリルも、なにも言わない。ちらと振り返るとどっちも、興味津々といった顔つき。嬉しそうに瞳が輝いてるからな。超絶長生き種族とは言え、どんだけ退屈で刺激に飢えてるんだよ。俺のこと毎日遠隔観察してるのわかるわ。


「まあどうでもいいけどさ、お前、その前に確認しないといけないんじゃないのか。一応俺が召喚したんだし」

「そうそう。ご主人様の言うとおり。使い魔になるかどうかの確認だよ」


 腕を組んだまま瞳を閉じ、そいつはしばらく黙っていた。瞳を開く。


「ま、まあそれも道理だ。あたしは魔王サタン。いくら召喚主がただのヒューマンだったとしても、魔族の掟として契約の話をせねばなるまい」


 両手を揉むようにしてぱっと手を開くと、紙らしきものが一枚乗っていた。手品かよ。


「契約書だ。取りに来い」


 いちいち上からでムカつくが、今は我慢だ。受け取ると、やっぱり紙。女の子っぽいチマチマした文字で、なにかいろいろ書いてある。一番上の行は、「使い魔契約書」だな。


 俺が受け取るところを、赤い瞳でじっと見つめている。紺色の髪に整った顔。よく見ると、なかなかかわいい。それに……。


「お前、いい匂いするな」

「なっ!?」


 見る見る顔が赤くなった。


「そ、そのよ……うなこ……と、ぶ、無礼であろう。あたしは魔王だぞ」

「召喚されて、急いで身を清めてきたのか? 風呂上がりの香りだし。入浴剤まで使ったろ。柑橘系の香りの奴」

「ち、ちがっ。食べただけだし」

「召喚される前から、俺に惚れてたんか」

「違うもんっ。シャワーは毎朝浴びろって、お母様のいいつけだもんっ」


 足をじだんだしてるな。なんだこいつ、かわいいとこあるというか、意外に操りやすいわ。そらルシファーが機を見て反旗を翻したのは当然かもな。


「まあちょっと待て、今読むから」

「ふんっ」


 怒ったように唇をひん曲げ瞳を閉じ、また腕を組んだな。俺は書面に目を走らせた。なになに……。


…………………………………………




使い魔契約書



召喚主(以下「甲」とする)と、魔王サタン(以下「乙」とする)とは、本日、以下のとおり合意する。


第一条(使い魔契約の承諾)

乙は、甲による使い魔要請を承諾する。ただし、甲が乙の要望(第二条)を全て満たすことが条件となる。


第二条(要望受諾の承認)

以下の乙の要望を、甲は無条件で受諾することとする。もし要望をどれかひとつでも満たせない場合、甲は乙に対し、甲の魂をただちに無償譲渡するものとする。


第二条第一項

甲は乙に対し、生活の場を提供し、食事を与えなくてはならない。


第二条第二項

乙の命を狙う動きに対し、甲は乙に加勢し、その命を守らなくてはならない。


第二条第三項

あと、たまにはお菓子を食べさせてほしい。お酒も。寂しいときは手を繋いで添い寝してほしい。






第三条(紛争の回避)

甲と乙は以上の項目を遵守し、問題が生じたときは互いに誠意を持って対処しなくてはならない。


以上、本契約の成立を証するため、本書二通を作成し、甲乙署名押印のうえ、各一通を保管する。


魔歴  年  月  日


(氏 名)         印


(氏 名)         印




…………………………………………


「これが使い魔契約書か」

「そうだ」


 こわごわ……といった感じで、俺の目を見る。


「ど、どこか気に入らなかったか? あの……お菓子とお酒については、月一とかあたしの誕生日とかに減らしてもいいぞ。その……添い寝だけはそのままで」

「いや、それはいいんだが……レナ、お前これどう見る」

「ご主人様。普通に使い魔契約だよね。使い魔としてご主人様に尽くす代わりに、衣食住を提供し、守ってくれってだけでしょ。ただ……」


 俺はレナを見た。レナも俺に目配せしてくる。


「やっぱレナも気がついたか」

「うん」

「なあサタン」

「なんだ、『甲』」

「第二条第三項と第三条の間、不自然な空白があるの、なんでだ」

「さ、さあ……」


 ぎくっとして、瞳が泳ぎ始めた。


「魔導プリンターの具合が……少し……おかしくて」


 額から頬に、汗がひとすじ流れたけどな。


「うそつけ。これ手書きじゃんか」

「それは……その」

「まさかとは思うが、ここあぶり出しとかじゃないよな」

「ば、馬鹿言うでない。なんであたしがそんな――」

「タマ」


 サタンの言葉を遮って、俺は振り返った。


「なんだ、平ボス」

「ライターくれ」

「すぐ出す」


 傍らに置いた登山ザックの外ポケットから、オイルライターを取り出す。


「これを使え」

「助かる」


 持ってきたまま、タマは俺の隣に控えた。元の位置には戻らない。万一のとき、加勢してくれるつもりだろう。……あと多分、匂いでサタンを検分するためと。


「さて」


 ぼっと、俺は火を着けた。


「炙ったら、どうなるかなー」

「や、やめろ。甲は乙のこと、信じないのか。それでも契約相手か。せ、誠意に欠けるぞ」


 契約書を取り返そうと暴れるので、手で額を押さえた。俺の手を払いもせず、腕を振り回してあたふたしている。


「やめろーっ」

「タマ、やってくれ。俺は手が離せん」

「任せろボス」


 第二条と第三条の間の空白部分を、タマが下から炙り始めた。あっという間に、紙が茶色くなり始める。文字の形に。


「なになに……」






第二条第四項

全ての条項が効力を発揮する前に、甲は乙に魂を無償で譲渡する。譲渡後の魂を乙が自由にすることを、甲は認める。その後本契約第一条が事実上遵守できなくなっても、甲は異議を申し立てないこととする。けけっ。






「ほう」

「こ、これは……その」


 サタンは大人しくなった。真っ赤になってうつむいている。


「はあ、お前の体から柑橘類の香りがしてたの、これか。ランチでみかんでも食べて、その果汁でついでに作ったろ」

「き、今日喚ばれるって、朝に女神が……。だから……」


「こんな条項は無効だ」


 第二条第四項の部分にペンで二本、思いっ切り修正線を引くと、線の上に印鑑を押した。


「ほらサタン、お前も訂正印を押せ」

「くっ……屈辱だ……」


 悔しそうに、ハンコを押している。「♥魔王サタン♥」とかいう、かわいい印影だ。


「じゃあ署名捺印するぞ。まずお前からだ」

「くそっ」


 仕掛けを見破られたからか、素直になった。魔族は契約に従うって決まりは、こういうとき便利だわ。変にごねたりしないから。


 乙の欄に署名捺印してくれた。続いて俺も甲欄に署名する。


「甲、お前の名は、平……ひとしだと?」


 俺の署名を見て、目を見開いている。


「平の一族か、お前」

「そうだが、なにか」

「なら平凡人たいらぼんとを知っているか。人間だ。またの名を、シャイア・バスカヴィル……」

「それは俺の爺様だ」


 平凡人は、現実世界から失踪して消えた。その後、この異世界に転生したことまでは判明している。ここでシャイア・バスカヴィルという名の大賢者として成り上がったことも。


「なんで爺様のこと知ってるんだ、お前」

「平凡人は、あたしの父様だ」

「えっ!?」

「嘘っ!」


 よほど驚いたのか、レナも口に手を当てている。


「甲、お前……あたしの甥っ子だったのか」


 魔王サタンが抱き着いてきた。

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