4-8 謎だらけの「第四の使い魔」、召喚

「そんなに変わった人だったの、マリリン博士は」


 俺の話を聞き終わった吉野さんは、目を見開いた。


「大昔の映画とかで見る、アレな科学者そのまんまというか」


 俺は口を濁した。精液採取されそうになった件だけは、さすがに話してない。吉野さんの性格からして妙な嫉妬はしないだろうけど、心配させたくないからな。


「きっと天才は、普通の人と常識が違うのよ」

「ええまあ……そうかも」


 あの後俺は、社内の人事情報システムでマリリン博士のこと調べてみたんだ。シニアフェローに昇格したから、役員クラスしかアクセス権のない高度の人事ファイルを見られるようになったし。


 ついでに同期のファイルもいろいろ見てみたけど、上司からの評価だの過去に起こした問題一覧、それにどこで調べたのか、とんでもない裏情報まであって興味深かったわ。


 マリリン博士は有名人のせいか、普通にネット上の百科事典ウィキペディアにも項目があったんで、そっちでも情報を補強できた。


 調べた結果は、こんな感じだったよ。




――マリリン・ガヌー・ヨシダ――


父:ノシムリ・ヨシダ 母:ノリコ・ヨシダ

米国で、祖父リョウタ・ヨシダから続く日系人研究者・実業家の家系に生まれる。


幼少時から天才的な学力を発揮。十二歳で米スタンフォード大学大学院数学科および数理科学科、博士課程修了。博士号取得後、スタンフォード研究所で数理経済学および多次元物理学理論、体組成変容理論を研究。


十五歳、両親の事故死を機に単身来日、帰化。東京大学先端科学技術研究センターに所属し、多次元物理学理論を深化。異世界の存在を発見し、多次元転移理論に発展させる。


現在、

経済産業省異世界調査プロジェクト・シニアアドバイザリースタッフ

内閣情報調査室特別顧問

東京大学先端科学技術研究センター筆頭外部研究者

三木本商事開発部シニアフェロー

などの要職を兼務


珠算三級。好物はチョコクロワッサン。趣味はオリジナル清涼飲料水開発。




 ほぼ呪文でなに書いてるかよくわからんが、とにかく凄い人だったわ。今、十七歳だった。猛勉強すればなんとか俺が勝てそうなの、珠算三級くらいだな。


 それにご両親を亡くした、悲しい過去があるのもわかった。まだ若いのにお気の毒だわ。……まあそれでも、実際の博士が「アレな人」なのは変わらないがな。俺の精子抜こうとしたし。


「それより、これからどうするんだ」


 タマは普段どおり、周囲を警戒している。


「いつまでも山の麓に突っ立っていても仕方ない」

「そうだな、タマ」


 俺は、キングーの小屋がある頂上を見上げた。今は雲に覆われていて頂上は見えない。


 マリリン博士に精子を抜かれる危機を脱した俺は、翌日朝、こうして蛮族の地へと転送された。ここからどう進むのか、みんなに説明しないとな。


「ご主人様、結局、新しい使い魔呼ぶの?」

「そうしようかと思ってるよ、レナ」

「じゃあ天国に行くんだね、平」


 なんやら知らんがうきうきしてるわ、トリムの奴。


「そうだよ、トリム」

「天国にはおいしい食べ物あるかなあ……。エレクアみたいの。それかなんちゃってビール的なお酒とか」


 なんだ、それでかよ……。


「あるんじゃないの」


 めんどくさくなったんで、適当に相手する。マジ、食い意地の張ったハイエルフだわ。


「ちょっとだけ心配ね。説明の文面を読む限り」

「そうですが吉野さん、リスクを冒さないと先に進めないと思うんです」

「それは……たしかにそうよね」

「じゃあ早く呼ぼうよ、ご主人様。機械が使い魔になるなんて、ちょっと見てみたいし」

「平ボス。文面からして、おそらく人型の女性モンスターだろう」


 多分、タマの言うとおりだ。自分でお嫁さんとか言い張ってるしな。それとも機械らしく、金属の肌を持つロボット的な使い魔なのかもしれないけどさ。こればっかりは呼んでみないとわからない。


 謎スマホ(Iデバイスだったっけ?)を取り出し、使い魔モードを起動する。




――モバイルデバイス――


 ものすごくかわいい娘でスタイル抜群。性格も良く料理上手で、いい妹になるって博士が太鼓判押してる。えっ? お嫁さん? それは……えへへ。


 能力は万能型で、戦闘・探索の友として最適。おまけにアプリ追加で機能拡充も可能。異世界への往来が通路無関係に開放されるだけでなく、移動・戦闘面でのバフ効果だってあたし持ってるし。


 あんたの使い魔は、このかわいい娘に決まったね❤




「うーん……w」


 何度読んでもキツいわ。でもこの子指名しないと、展望開けないしな。


「まあいいか。呼ぶぞっ」


 念のためみんなを下がらせてから、召喚アイコンをタッチした。




――モバイルデバイスでいいですか はい/はい――




 おい、選択肢www そこは「はい/いいえ」だろ。


「なんだよこれ。……一度戻してみるか」


「エスケープアイコン」だの「戻るアイコン」だの操作してみたが、無理。頑として画面が変わらない。スリープモードにすらできない。




「ピロリンっ」



 ムキになってあれこれ触ってたら、通知音が鳴ったわ。




――諦めが悪いなあ。早く選んでよ。待ってるんだから――




 頭が痛くなってきた。


 一度大きく深呼吸すると、もう一度画面を見る。




――モバイルデバイスでいいですか はい/はい――




「はい……っと」




「ゴーン……ゴーン……」




 除夜の鐘www


 謎効果音と共に、俺の手から、謎スマホがすっと消えた。代わりに、目の前に女の姿が現れた。ロボット的な奴じゃない。普通に日本人の女子に見える。


 若い。制服姿。白シャツにチェックのプリーツスカート、それにグレイのジャケット。マリリン博士と同じ服だな、これ。白衣を着てないだけで。


 そう言えば小柄で十代に見えるところも、博士と近いっちゃ近い。顔が似てるわけじゃないんだが。


 目を閉じ、手を十字にクロスさせ、胸に置いている。


 と、瞳が開いた。周囲を見回して、俺を見つけると、一歩近寄ってきた。


「お兄ちゃん」


 誰がだw


「やあっと召喚してくれた。あたしの気を引きたいのはわかるけど、焦らすなんて意地悪だぞ」


 いや知らんし。


「せえっかくあたし、お兄ちゃんのためにいろいろ教えてあげたのに」

「それって、あの謎アピールのことか。機種依存文字まで動員した」

「そうだよ。異世界で機種依存文字使うのはねえ、けっこう大変なんだから」


 俺は見回した。パーティー全員、新使い魔のお手並み拝見といった空気だ。誰も口を開かない。


「さて使い魔、今後ともよろしくって話で、ひとつ頼むわ」

「よろしくね。みんなもよろしく」


 ぺっこり。


 頭を下げた。とりあえず、素直な態度とは言える。文面から想像していたよりは、まあマシだな。ちょっと壊れてる感はあるけど。


「お兄ちゃんって呼べばいいよね」


 結局あっさり勝手に決めてるし。


「それはちょっと違くないか」

「じゃあひとしでもいいよ。ラブラブお嫁さんは、名前呼びっしょ」

「それもなあ……。別にお前は嫁じゃないし」

「あたしの名前決めてよ」


 俺の話、全然聞いてないな、こいつ。


「名前か……」


 考えた。


「スマホだからスマホンとかどうよ」

「なにそれ。センス悪っ」


 思いっ切り笑われたわ。悪かったな、センス無くて。


「そしたらIデバイスだから、デバリンとか」

「出っ歯みたいで嫌」


 めんどくさっ!


「ならもう自分で考えろよ。トリムは自分で決めたぞ」

「ご主人様なんだから考えてよ。あたしのかわいさを表現してね」


 困ったなあ……。


 見回したが、みんな黙っている。使い魔命名は、召喚主の権利だからな。余計なことを言いたくないんだろう。


「んじゃあキラリン」

「うん」


 頷いている。


「それならいいわ。アイドルみたいでかわいいし。……どうやって考えてくれたの」


 そりゃ、山頂に掛かる雲が陽光を反射して、白銀にキラキラしてたからだわ。あとマリリン博士のデバイスだから、なんとかリンがいいかなと思ったしさ。


「お前がかわいいからさ。アイドルっぽい名前がいいかなって」


 とりあえず自分で言ってた線に寄り添ってやる。このくらいならご機嫌取ってやってもいいだろう。初対面だしな。


「きゃー素敵」


 両手を握り、飛び跳ねて喜んでる。まあ喜んでもらえて良かったわ。


「さすがはお兄ちゃん。嫁思いの、あたしのご主人様だけあるねっ」

「俺はなんなんだよw」


 兄貴か婿か、ご主人様か。わけわからんがな。


「もういいかな」


 タマが口を挟んできた。退屈だったんだろう。この世界が大好きなタマは、冒険したくてうずうずするタイプだしな。


「そろそろ進路を決めてほしいんだが」

「そうだな、タマ」


 タマが入ってきてくれて、ちょっとほっとしたわ。このままぺらぺら話し続けられても困るしさ。


「俺達、天に上りたいんだ。マリリン博士の話だと、キラリンならできるんじゃないかってことだったけど。……実際、どうよ」

「できるよ。あたしには移動バフがある。それに博士が機能追加してくれたから、なおのこと」


 あっさり認めた。


「ただ、お兄ちゃんにはあたしを抱いてもらわないとね。それでないと機能が発現しないから」

「はあ?」


 にこにこ微笑みながら、新使い魔はとんでもないことを言い張った。

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