2-3 魔植物「デンドロリウム」の気根

 いつもながら、エンリル特急は凄いわ。目こそ回るものの、絶対に落ちない。ライダー全員にそういう保護が働くから。それこそ「絶叫マシン」として楽しんでいるだけで、あっという間に例の火口だ。大きな火口の縁まで飛ぶとエンリルは、ゆっくり一周した。


「平よ」


 エンリルの声が響く。


「あの縁に下降ロープが固定されておる」

「そこから火口に降りていったのね、ヴェーダさん」


 俺の背中で、吉野さんが指差した。見るとたしかに、白いロープが長く火口に垂れている。火口の底のほうはもやっており、ロープはもやに消えている。


 関係ないけど背中に胸感じて幸せだわ俺。吉野さん、かわいいからさ。


「随分深く潜ったんだな、ヴェーダ」

「歳なのに元気だよね、ご主人様」


 俺の胸から、レナが見上げてくる。


「夜のほうも元気なのかな……。異世界バイアグラとかあるのかもよ」くすくす


 余計なことを口にするが無視だ無視。仕事するぞ俺は。


「エンリル、ゆっくり火口に潜ってくれ。ロープの先を辿るんだ」

「近くならば視界も利くであろうしのう」

「そういうこと。突き出た枝かなんかにヴェーダが引っ掛かってるかもしれん。風で吹き飛ばすなよ。今度こそ落ちて死んじゃうからあいつ」

「余をなんだと思っておる。馬鹿だとでも思っておるのか」


 むっとした声だ。やべ。ドラゴンロードのプライド板踏み抜いたか、俺。


「お前は俺の大事な嫁だよ。……愛してるぞ、エンリル」

「……」


 黙っちゃった。


「ではゆっくり降りるぞ、ゆっくりな」


 もう普通の声色だ。きっと機嫌直ったと思うが今晩、エンリルかわいがってあげないとな。フォロー大事。


 ロープを辿って靄の中に。近くだというのもあるし、エンリルの羽ばたきで靄はかき消される。だからもう普通によく見えるわ。


「あれは……」


 靄に消えているロープの先が、徐々に見えてきた。火口内部には、硬い岩盤地層に沿っていくつか棚のように突き出ている場所がある。広めの「棚」に、ぼんやり人影が見えてきた。ふたり。側に簡易テントや旅支度、それになにかの荷物がたくさん、散らばるように置かれている。


「平くん」

「ええ吉野さん。ヴェーダですね。それにもうひとりは、ラップちゃんだ、旅商人エルフの」


 もうはっきり見えてきた。ラップちゃんは横座りで火口壁に背中を預けている。その横に、ヴェーダはしゃがみ込んでいた。ふたりとも、俺達に手を振っている。


「平殿か、助かった」


 ヴェーダは、ほっとした顔だ。


「それに姫様に吉野殿、それに平殿の連れか」

「見つけてくれたんですね」


 壁にもたれたまま、ラップちゃんは嬉しそうだ。


「よかった……」

「ヴェーダ。俺達、そこに降ります。少し……荷物を寄せて下さい」


 幸い、棚は広い。全員が移っても、落ちたりはしないだろう。エンリルの背から注意深くひとりずつ棚に移る。最後にエンリルが婚姻形態になると、エリーナが服を着せてくれた。


「さて……」


 ヴェーダから邪神情報が欲しいが、それより先に聞かなきゃならないことがある。


「こんなところでなにしてんの、ヴェーダ」

「ラップちゃんが……」


 横座りのラップちゃんの脚を、ヴェーダが撫でた。エルフ行商人の革スカートから、きれいな脚が延びている。エルフならではのきめ細やかな白い肌。その肌、膝のすぐ下のあたりに、なにかが巻き付いていた。なにか……茶色のむちのようなものが。太さは二センチほどだ。


「これは……」

「気根じゃ」


 気根……ってことは地上に出た、植物の根か、これ。


 ヴェーダの指が、気根を辿る。それは、ラップちゃんのすぐ脇の、小さく草花に繋がっていた。小ぶりの葉が遠慮がちに生え、マーガレットのような、白と黄の可憐な花が咲いている。


「この花は?」

「デンドロリウム。地下千メートルの溶岩層から地熱とマナを吸い上げる、魔法植物じゃ」

「花伝説は、ただの神話じゃなかったのか……」

「デンドロリウムは危険な植物なのじゃ。なにしろ……実や種を狙う者を、死ぬまで気根で絡め取るから」

「それでラップちゃんが……」

「はい……」


 ラップちゃんは、泣きそうな顔になった。


「エルフ行商人、プラントハンターとして情けない次第です、平さん」




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底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記 ――異世界でレベルアップしたら現実でも成り上がった 猫目少将 @nekodetty

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