ep-5 新月の晩の逢瀬
「平……」
汗びっしょりのケルクスは、俺の右腕を腕枕にしている。体に手を回してこないのは、傷を思んばかってのことだろう。
「ケルクス」
「どうだ。あたしは良かったか」
どう答えるか迷った。初夜の行為が良かったというのもなんかヘンだし、駄目だったは論外だ。
本人も口にしたとおり、初めてだったようだ。俺を包むと苦痛に顔を歪め、汗をかいていたから。それでも健気に動いて、俺が射精するまで堪えてくれた。
初めてというのに精を受けると体を震わせて達したので、ちょっと驚いた。おそらく聖なる刻印関連だ。レナの話だと、唾液で第一の刻印、体液で第二の刻印って話だったし。これでケルクスは、完全に俺の刻印下に入ったってことになる。
「かわいかったよ」
正直な感想を口にした。
「あたしがか」
体を揺らして笑っている。
「そのように言われたのは、生まれて初めてだ」
そういや、ケルクスの父は生まれる前に死に、母親もお産で死んだと聞いた。両親がいないのだから、誰にも言われていなくても不思議ではない。
「これからは、俺が何度でも言ってやるよ。おまえはかわいいってな」
「……」
ケルクスは黙ってしまった。俺の腕に頭を擦り付けるように動く。
「あたしの見立ては間違ってなかったな。平、お前は世界一の男だ」
体を起こすと、俺にキスしてきた。
「あたしがこんな気持ちになるなんて……」
ふうと息を吐く。
「……もう第二の刻印も受けた。あたしはお前を支える嫁だ」
「ありがとうな、ケルクス」
「とはいえ、平にこの里で暮らしてもらうわけにもいかんだろう。お前にはトリムもいるし。あたしは知らんが……もしかしたら、他にも嫁が」
また含み笑いしてやがる。
「だから新月の晩だ」
「新月」
「ああ。これからは新月の夜、闇に紛れて里に来い。お前の姿を見かけても、里の連中はもう咎めん。あたしの婿だからな。新月ごとに、あたしはこの家で待っている。お前だけの嫁として」
ケルクスは、また俺の唇を求めてきた。
新月の逢引か……。なんだかロマンチックだ。ケルクス、意外に乙女な部分があるのかもしれんな。かわいいところはもう、少しずつわかってきてるし。厳しい孤児暮らしで、そうした部分は封印してきたんだろう。生きるために。
口づけに応えながら、俺はそんなことをぼんやり考えていた。
「平、お前ももうダークエルフの一員だ」
唇を離したケルクスの瞳はしっとり濡れている。
「ブラスファロン様が認めてくれた婿だからな。だから困ったことがあればなんでも、あたしやブラスファロン様、フィーリー様に相談するといい」
「じゃあその言葉に甘えるが」
ちょうどいいから訊いてみるか。初夜のピロートークにはあんまりふさわしくはないが、仕方ない。
「ケルクスお前、アールヴについてなにか知ってるか」
「アールヴか……」
俺の腕を枕に、ごろりと仰向けになった。形のいい胸が、真昼の陽光を窓から受けている。
「あたしはまだ生まれて間もない。だから名前くらいしか知らない。ただ滅びたエルフだとだけ。……邪の火山に棲んでいたなど、さっきの話が初耳だ」
「そうか」
「邪の火山では時折、危険な火山性ガスが湧く。だから草木はほとんど生えておらん。麓なら食べられる草も泉もあるが、それでも木はない。森を捨てたエルフだからこそ、住めたのだろう」
「なるほど」
「エルフの魔法はマナ召喚系。あんな邪悪な地に清浄なマナが湧くとは思えん。アールヴは、なんらかの手段で魔力を掘り起こすことに成功したのだろうな。先祖からの技か、あるいは邪の火山ならではの地下資源とか」
「うーん……」
これは近々、ヴェーダ図書館長あたりに教えを請わんとならんな。
「さて……平、お前はもう帰れ」
「いいのか」
「お前、仲間が待っているだろう。心配するぞ」
「もう少し一緒に居てもいいんだぞ。まだ午後二時前だ。なんなら泊まったって」
一応は初夜だしな。花嫁を初夜に放り出すとか、いくらなんでもかわいそうだ。それこそダークエルフの里の連中に、ケルクスが陰口叩かれるかもしれんし。
連絡だけしとけば、出張泊届は明日提出でも、事務上の不都合はない。交渉が長引いているで、なんの問題もないはずだ。
「気にするな、ひとりは慣れてる。孤児だからな」
「ケルクス……」
なんだか急にいじらしく思えてきた。
「着せてやろう」
俺の体を気遣ってか、全部やってくれる。それから、自分も服を身に着けた。
「起きられるか」
「そこまで弱っちゃいない」
「それもそうか」
くすくす笑っている。
「弱い奴が、あんなに元気なわけないものな」
どうやらアレのことを言っているようだ。ケルクスも、冗談や軽口なんか口にするのか。
「精を受けるという行為があんなに気持ちのいいものだとは、思わなかった。愛というのは不思議なものだ。
俺は立ち上がった。枝の階段を伝って地上に降りる。
「里の入り口まで送ってやる」
「いいよ、ここからすぐ、向こうに転送させるから」
「そう言うな……」
奇妙な笑みを浮かべた。
「お前は女の心がわからんのだな」
俺の手を取った。
「お前と一緒に歩きたいのだ」
俺を気遣うように、ケルクスはゆっくりと歩き始めた
「平……あたしの世界一の婿。今から指折り数えて待っておるぞ、新月の晩を」
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