ep-4 初夜のもてなし

「助かったよケルクス」


 ダークエルフ国王、ブラスファロンの王居を辞して、ケルクスと例の樹上エレベーターで地上へと向かうところだ。とりあえず先祖伝来の宝珠合一の約束を取り付け、延寿の秘法や失われた三支族の情報も得た。大収穫だ。


「おかげでいい情報が得られた」

「なんの。お前が自分の力で勝ち取ったものだ」


 ダークエルフの森、樹上はるか上から葉の隙間を縫って降ってくる真昼の陽光が揺れ、ケルクスの体は影になったり光に包まれたりする。エレベーターに乘っているのは、もちろんふたりだけだ。


「じゃあ、俺は一度シタルダ王国に戻るわ。みんなと合流して経緯を話し、それからハイエルフの里に飛んで、ケイリューシ王に報告する」


 なんせエルフ各族先祖伝来の宝珠、その合一の段取りを組まないとならんしな。


「そう焦るな。あたしの家に寄っていけ。もてなしてやろう。ちょうど昼時だからな」

「そうだな……」


 考えた。たしかに腹は減っている。タマゴ亭弁当は王宮に置きっぱだ。別にここでランチにしても構わんだろ。俺の分の弁当は、トリムが待ってましたとばかり平らげるだろうし。


「ごちそうになるよ」

「楽しみにしていろ」


 ケルクスに世話になったのは確かだ。断って顔を潰すこともない。


「こっちだ」


 地上に降りると、俺の手を引いて、木の根がのたくる地上をぐいぐい進む。なんだか大型犬の散歩みたいだ。久しぶりの散歩が嬉しくて、ガンガン飼い主を引っ張って進むような。


「あんまり速く歩くな。人間はエルフのようには森は進めん」

「悪かった。ちょっと気が急いてな」


 速度を緩めてくれた。ハイエルフ治療布とタマの治療で急速に怪我や火傷から回復しつつはあるものの、一応まだ怪我人だしな。転んだ拍子に枝で傷口打ったりしたら、激痛で悶絶しそうだわ。


「ここだ」


 ケルクスの住まいは、里の外れにあった。孤児ということだし、部族内の地位が低いのかもしれない。一応樹上家屋ではあるが、樹の背も低いし、家屋は低位置の太い枝に建てられている。


「下の枝は全て打ち断ったが、根本は残して階段にしてある。お前でも登れるはずだ」

「そうだな」


 見たところ、たかだか十段くらいだ。楽勝だろう。


「とはいえ怪我もある。あたしが後ろで支えてやるから先に進め」

「わかった」


 腰を抱えたケルクスに助けられながら、家に入った。


 中はまあ六畳一間といった雰囲気。俺のボロアパートと同じくらいか。粗末な寝台とテーブル以外家具がないので、ボロアパートよりむしろ広くは感じる。節くれが目立つ板造りの小屋には、小さな窓から陽が射している。


「座れ」


 寝台に座らされた。当然木製。おそらく草木染めの緑の布団だかマットレスに座るとかさかさ音がしたから、中身は葉とか草穂かな。さわやかで心落ち着く香りがするから、香草の類だろう。


 隅のかめから木のカップになにか液体を汲むと、ふたつテーブルに並べ、ケルクスは俺の横に腰掛けた。椅子はないようだし、ベッドがソファー代わりってことなんだろう。


「泉の水だ。うまいぞ」

「ありがとう」


 ひとくち含んでみた。清浄で清らかな舌触り。ほぼほぼ無味だが、複雑で深い甘味をかすかに感じる。


「うまい」

「そうだろう」


 優しい笑顔を浮かべた。ケルクス、こんな顔もするんだな。ハイエルフに責められ眉を寄せた姿ばかり見てきたけどさ。


「さて……」


 ケルクスは、体をぴったり寄せてきた。甘えるように俺の肩に頬を寄せる。これは……。


「その……飯は」

「誰が飯を出すと言った」


 くすくす笑っている。


「さっき言ってたじゃないか」

「もてなしてやると言ったんだ。……今、もてなしているだろう。ほら、体を触っていいぞ」


 えーと……。


「なにか誤解があるようだ」

「誤解などない。お前は嫁の家に招かれた。通い婚だ。初夜じゃないか」

「まだ昼だろ。てか真昼だ」

「初めてするんだから、初夜だ」

「嫁ったって……」


 傷つけないように、そっとケルクスの体を離した。


「里にはひとりで来いって、そういう意味だったのか」

「当然だろう」

「嘘ついたんだな、ブラスファロンの命令だとか」


 そういや、ブラスファロンは俺がトリムを連れてないのを不思議がっていた。ひとりで来いと命令したのなら、あんな反応をするはずはない。


「嘘はついておらん」


 俺から視線を外すと、窓に揺れる葉に瞳を移した。


「あたしが平の刻印を受けたと知れば、ブラスファロン様は、お前をひとり、あたしの元に送るに違いないからな。婿として。あたしはそれを先取りしただけだ」

「そりゃそうかも知れないけどさ」


 あーたしかに……。一瞬驚いた様子だったブラスファロンも、「そう言えば単身で来いと命じていたかも」とか、したり顔で頷いてたし。あんときあいつ、ケルクスの願いを瞬時に見て取ったんだな。さすが国王を張るだけのことはある。


「でも俺とお前は知り合ったばかり。まだ互いのこと、ほとんど知らんだろ」

「魂で知っている。あたしたち、戦友じゃないか。お前はあたしのために命を捨ててくれた。いい婿だ」


 それは確かにそうだ。それにエルフで聖なる刻印が発動するのは、連れ合いに恋したときだけ。てことは俺がケルクスにとって恋人であるのは、既定の事実だ。


「でもなあ……」

「お前、嫌なのか」


 ケルクスは、俺の瞳を覗き込んできた。


「あたしのことが嫌いなのか」

「嫌いなわけはない。お前は命の恩人だ」

「あたしがお前の刻印を受けたことは、もう里に知れ渡っている。その上で振られたとなれば、ダークエルフの恥になる。あたしはもうこの里では暮らしていけない」

「そうなのか」

「ブラスファロン様も最後に婚姻を祝福してくれたろう。あたしは国王の顔も潰すことになる」


 えーと……、ブラスファロンはなんて言ってた。たしか「ケルクス、さっそくいい嫁になっておるな。まあふたり、仲良くやるがよい。国王として祝福する。……いろいろこの後が楽しみだ」とかなんとか。


 あんときゃ気にも留めなかったが、言われてみると、たしかにそういう意味に聞こえなくもない。特に「この後が」ってのは、婚姻よりもっと直接的な事を指している気すらしてくる。俺、ダークエルフの微妙な表現に慣れんといかんな。京都人よりややこしいわ。


「どうなんだ、平。お前が本当に嫌なら、あたしは身を引く。刻印だけの独りの身と、里のみんなに笑われたってかまやしない。森の外れで狩りでもして暮らすさ。気にするな」


 そう言われると、なんだか急にケルクスが愛おしく思えてきた。こいつ、不器用なんだな。もしかしたらタマより。それにいくらなんでも、命を救ってくれたケルクスを、そんな身分に落とすわけにはいかない。


「俺なんかが婿で、本当にいいのか」

「あたしが刻印を受けたのは、世界一の男だからだ。これ以上の男など、長い生涯でも二度とは見つからんだろう」


 俺の首に手を回すと、顔を近づけてきた。昨日とは違って、優しい口づけだ。


 あーもういいわ。どうとでもなれ。どうせあんとき死んでても不思議じゃない身。俺の人生、もうおまけみたいなもんだ。惚れてくれる女がいるなら、応えてやったっていいだろ。


 商社マンとしての俺の生き方、どんどんヘンな方向に世界線が分岐してるわ。同僚と全然違っちゃったが、多分これが運命って奴なんだろう。


「……んっ」


 長く続いたキスを終えるとケルクスは体を離し、瞳を閉じて頭を逸らした。


「ああ……。これが刻印……。お前が……愛おしい」


 かすれ声。うっとりした表情で、しばらく荒く息をしていた。それから瞳を開く。瞳はしっとりと濡れていた。


 ベストとシャツを脱ぐ。ダークエルフだけに肌は浅黒いが、胸の先も全く同じ色で境目がない。そこがちょっとかわいい。トリムは白い肌にごく薄い桃色だから、それよりも溶け込んでいる。ダークエルフならではなんだろうが、意外だ。


 服の上から見ていたときより、胸は大きく感じる。トリムよりは少し大きいくらいに。タマ並に体が締まっているからかも。トリムはもう少し女子女子してるからな、体つき。


「お前は怪我をしている。無理せずじっとしていろ」


 俺を寝台に横たえると、服を脱がしてくれた。下だけなのは、怪我を気遣って治療布を取りたくないからだろう。手早くショートパンツを脱ぎ、自分も生まれたままの姿になる。


「今朝、野営地で平を待つ間、森の泉で体を清めておいた。初夜に備えて」


 寝台に乗ると、俺に跨ってくる。


「婿殿。初めてなんでうまくできるかわからんが、我慢してくれ」


 もうすっかり準備万端な俺を持ち上げると腰にてがい、ゆっくり体を沈めてきた。

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