ep-6 ハイエルフとダークエルフの嫁争い

「これはこれは平殿っ」


 俺のパーティーがハイエルフの王宮、玉座の間に案内されると、ケイリューシ国王は玉座を離れて駆け寄ってきた。俺の手をがっしり握る。


「まっこと、此度の大活躍、このケイリューシ、いくら感謝しても、しきれんわい」


 普段冷静沈着な国王が感情をあらわにしたんで、側近連中がどよめいてるな。


「あなた、平殿が面食らっているではありませんか」


 コルマー王妃が呆れたように笑っている。


「平殿の大活躍はすでに、女神ペレ封印隊から聞いておる。平殿の来訪をずっと待っておったのだ」

「すみませんケイリューシ様。なにせ傷が深かったもので、なかなかお邪魔できずに」

「当然じゃ。ささ、こちらへ参れ。早く話を聞かせてくれ」


 部屋の中央に招かれた。誰かが人数分の椅子を並べてくれている。


 数日有給休暇を取って最低限の体力を回復し、毎晩タマに舐めてもらって傷と火傷も危機は脱した。まだハイエルフの治療布を服の下に巻いてはいるが、そろそろ動こうってことさ。


「……では、ブラスファロンも先祖伝来の宝珠合一に同意したというのだな」

「はい、そうです」


 女神ペレ戦の全貌、そしてその後のダークエルフ・ブラスファロン国王との交渉の全てを話すと、ケイリューシ王は満足げに頷いた。


「良きかな

「ブラスファロン国王は、日程や段取り調整を俺に任せてくれました」

「うむ。では我が方の窓口は、トラエンデュールに任せよう」

「は……はい」

「なにか問題でも? 合一には祖霊の力が最大限に強まる日を選びたい。巫女の判断が必要だ」

「いえ、大丈夫です」


 トリムの妹、トラエことトラエンデュールかあ……。いい巫女だとは思うが、なんせ超アバウトでめんどくさがりの干物妹だからなあ……。まあ、またスイーツで釣ればいいか。


「宝珠合一には、トリムニデュールにも力を借りなければなりませんね」


 コルマー王妃が、トリムを見つめた。


「頼みますよ、トリムニデュール」

「お任せ下さい、コルマー妃殿下」


 トリムは声を張り上げた。


「あたしは平の刻印を受けた嫁。必ずや合一を成功させましょう」


 珍しく強く出るなあ、トリム。


「……まあ、ダークエルフとの悶着は聞いておる」


 ケイリューシ王は苦笑いだ。


「そう強調せんでも、ハイエルフは皆、お前の味方だ」

「そうですよトリムニデュール。安心しなさい」


 優しく言い聞かせるかのように、コルマー王妃は身を乗り出した。


「……ただ、これから私達はダークエルフとも古の絆を復活させなければなりません。そのためにも、あなたとダークエルフの嫁が争っては困るのです」

「な、なにもそんな意味じゃあ……」


 いやそんな意味もこんな意味も、そうとしか聞こえんかったが……。


 俺がケルクスと関係を持ったことは、匂いでタマにはもちろん気づかれただろうが、タマは無言だった。だから俺がケルクスと事実上の婚姻関係になったことは、誰も知らないはず。勘が鋭いからレナには多分バレてるが、頭がいいだけに余計なことを口にはしていない。


 自分のほうが先に刻印を受けたというプライドもあるし相手はダークエルフだしで、トリムも苦しいのかも。いずれにしろ、メンタルフォローをしてやらんとならんな。


「ペレ戦で怪我をした方々はご無事ですか」


 吉野さんが口を挟んできた。


「案じてくれるのですね、吉野殿。優しい方です」


 コルマー王妃は微笑んだ。


「皆、命に別状はありません。手が動きにくくなった射手がひとりいますが、あとは時間で回復するでしょう」

「それにしても」


 ケイリューシ王が割って入った。話したくて仕方ないのだろう。


「天使の亜人が不思議な力を発揮したらしいのう」

「え、ええまあ……」


 恥ずかしそうに、キングーが胸を隠した。


「封印に使ったのは冥界の女神ペルセポネーのアーティファクトというし。しかも一度封印した後、ペレと対話して平和的退去を導いたとか。……平殿は、どれほどの力を集めておるのか。このケイリューシ、つくづく感嘆したわい」

「ご主人様はね、この世界一の男だよ」


 嬉しそうに、レナが俺の胸から手を上げた。


「ただ、ちょっとエッチだからいろいろ――ムグーッ」


 指で口を塞いでやった。毎度のことだが、こいつほっとくと超危険だからな。なんせエロ方面に超絶開けっぴろげだからさ、サキュバスだけに。


「ところで平殿のチェインメイルには穴が空いたとか。ミスリルというのに、ペレの力は恐ろしいのう」

「あれはあたしと吉野ボスがドワーフの地下迷宮に持っていった」


 タマが口を開いた。


「ドワーフ族長は、ペレの力に驚きながらもすぐに繕ってくれたよ。……そうだよな吉野ボス」

「ええ。タマちゃんの言う通り」

「それはなにより」

「ケイリューシ様は、アールヴについてなにかご存じですか」

「アールヴ……」


 その名を聞いて、国王は遠い目をした。


「その名を聞いたのは、何十年ぶり……いや百年を越えておるか……であろうか」

「アールヴがどうしたのです、平」


 コルマー王妃が身を乗り出した。


「ブラスファロン国王の話では、失われた三支族のひとつが、そのアールヴであると……」

「なんと」


 国王は唸った。


「アールヴは古代に我々とたもとを分かった種族じゃ。なんでも秘密主義で、古き御業みわざを多く内部に抱え込んでおったとか」


 俺は説明した。アールヴは邪の火山で滅びたと思われ、先祖伝来のエルフ宝珠の欠片がおそらく廃墟に眠っている。そうブラスファロンは考えていたと。


「たしかに、それはあっても不思議ではない。にしても邪の火山にアールヴ遺跡があるなど初耳だが」

「あなた、ダークエルフは我々よりも邪の火山に近いところに里を作っています。詳しいのも当然かもしれません」

「長老さえ生きていてくれたら、のう……」


 残念そうに、溜息をついている。


「平殿にも、もう少し役立つ情報を与えられたのだが」

「いえ、これまでも充分恩恵を頂いております」

「そう言ってくれると、わしも救われるわい。……では、後はトラエンデュールと擦り合わせておけ、平殿。我々はいつでもその日程で動くからな」

「はい。……頼むぞトリム」

「うん……」


 自分の力を発揮するチャンスと思ったのか、トリムはようやく機嫌を直してくれたようだ。

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