ep-3 シャイア・バスカヴィル。またの名を――

「なあレナ。寿命回復なんてできるのか」

「もちろん」


 湯船の縁で、レナが言い切った。


「そういうのは、延寿えんじゅの秘法って言うんだよ。寿命を延長するから」

「延寿かあ……」

「不老不死は古来からの夢。魔道士や錬金術師なら、絶対一度は取り組んだり過去の賢人の術を調べたりしてるはずだもん。不老不死は無理でも、寿命を延ばすくらいなら、どこかにその秘術やアイテムが残されてる可能性は高いよ。一気に五十年や百年とかなると難しいかもだけど、十年延ばすアイテムとか五年延ばす古代魔法の術式とかさ、とにかくいくつか見つければいいだけの話だよ」


 たしかに。それはそうだ。たとえ五十年分は無理でも、たとえば三十年だけでも戻せれば、かなり助かる。


 とはいえ、バスカヴィルだって当然このくらいの戦略は思い付いたはず。なんたって大魔道士だったんだから、魔法の術式や錬金術には詳しいだろうし。


 でも結局願い叶わず二年かそこらですぐ死んだってことは、大魔道士でも無理だったって話。かなり厳しい望みなのも確かだろう。


「まずはヴェーダ図書館長に話を聞こうよ。あの人なら、シタルダ王朝に伝わる秘術は全部知ってるだろうし」

「そうだな」


 エルフスキーなエロ親父の面構えを、俺は思い浮かべた。トリムを連れていくのだけは避けないとなw それかむしろ、トリムに露出のキツい服を着せて餌にして、門外不出の秘跡を聞き出す手もあるか……。


 そのアイデアを話すと、レナは瞳を輝かせた。


「そうだよ。ご主人様は、いつだって根拠レスの前向きキャラでしょ。やれることからやっていこうよ」


 こいつw 俺のこと裏の裏まで知ってるのは、多分レナだけだな。吉野さんには俺の小汚い面はまだ見せてないし。……まあもう知ってる気がしないでもないがw


「あとマハーラー王にもすぐ会うんだよ、ご主人様。マハーラー王には大きな貸しがある。王家の秘密だろうがなんだろうが、ご主人様が請えば話してくれるよ」

「そうだな。図書館も王との面談も、吉野さんが変に勘ぐらないよう、俺達だけで行くんだ」

「ここで最大限情報を漁ったら、次はヒューマンと違うカルチャーの部族と接触するんだ。多分、全然異なる技術があるはずだから」

「地図描き方々、違う土地に旅立つんだな」

「そう。普通のヒューマンが避ける、蛮族の地だよ」

「……でも危険だろ、そこ」

「そんなこと言ってる場合?」


 レナに笑われた。


「それにご主人様もパーティーも、もう充分レベルアップした。ボスクラスはともかく、雑魚キャラなら瞬殺のはずだから、これまでどおり遊びながら冒険できるよ」

「ならいいな」


 実際、地図描いてりゃ、会社も文句ないだろうしな。


「蛮族の地に向かうなら、アーサーにも話を聞かないとな。長期間の隠密をこなすスカウト連中なら、辺境情報豊富だろうし」

「あとはドラゴンだね、ご主人様。世界を飛び回れる上に長寿でお宝情報に詳しい。一度なんとか呼び出して聞かないと」

「うーん。あんなでかいの呼んじゃうと、吉野さんに速攻バレるからなあ……」


 おっひらめいた。


「そうだ、グリーンドラゴンのイシュタルなら、ドラゴンの珠で通話できるから、なんとかなるか。あいつなら信用できるから、たとえマッサージ中の吉野さんにだって、バラすこともないだろうし」

「ドラゴンロードのエンリルにも、なんとか一度は連絡してみないとね」

「なんかチャンスがあればな」

「あとは……そうだ」


 体が冷えて寒くなったのか、レナがまた湯船に飛び込んできた。


「ご主人様は、魔剣の精から、もっとなにかヒントもらってないの?」

「ヒント……はないが、とんでもない秘密は聞いた。混沌神の野郎を叩き潰した後、バスカヴィル家の魔剣が輝きを収める直前。俺の心に語りかけてきたんだ」

「なにそれ聞かせて。突破口になるかもしれないし」

「イシュタルの巣穴洞窟の前で、バスカヴィル家の魔剣が虚空から出現したろ。俺専用の武器として」

「うん。ご主人様が特別なクエストをこなしたからだよね。最初の棒に加え、専用武器が増えたわけで」

「そうだけど、俺んとこにあれが来たのは、クエストのご褒美ってだけじゃないらしいぞ」

「なにそれ」

「あれ、俺のじいさんが使ってた剣なんだと。だから俺のとこに来た。言ってみれば遺産ってか、形見分けみたいなことさ」

「ご主人様の……おじい様?」

「ああ。名を平凡人たいらぼんとと言う。またの名は、シャイア・バスカヴィル」

「えっ!」


 目をみはってるな。まあ俺も信じられなかったからなあ、魔剣の精に聞いても。


「俺んちは、ただの底辺リーマン家庭さ。元を辿ると名字からわかるように平家筋だって、親父は言ってたな。でまあじいさんは、俺の親父が生まれた頃に神隠しにあった。それが最後の決定打になって、貧乏どん底まで落ちたってよ。それは一応聞いてたんだ」


 まあ「平家」の縁戚筋ってのも、じいさんのせいで没落したってのも、俺は眉唾だって思ってるけどな。貧乏暮らしの親父が、恥ずかしいから適当に俺を誤魔化してるってさ。


 じいさんがいなくなったのくらいは本当だろうさ。でもどうせ飲み屋の女と逃げたとか、そんな程度だと思ってたよ。神隠しなんて大げさな言い方してるのが、いかにも怪しいだろ。俺もそうだけど、どうにも家系的にいい加減な奴ばっかな気がするからさw


「でも、失踪には秘密があったんだね」

「そうさ。さすがレナだ。頭回るな」

「へへっ」

「魔剣の精が教えてくれたよ。実際には異世界転生だったんだと」

「この世界に来たんだ」

「ああ。転生の経緯は知らんのか教えてくれなかったが、シュヴァラ王女と同じく、時空が歪んでの転生だったらしい」

「早い話、おじい様はこの世界のはるか昔に転生したんだね。前世の意識と知識を持ったまま」

「そうみたいだな。まあじいさんの場合は、自分から望んでってわけじゃないだろうけどな」


 実際、子供が生まれたばかりだってのに、自分から異世界に行きたがるとは思えない。もちろん、そんな手段も知らないだろうし。


「異世界に転生したじいさんは、どこか謎の地で育ったらしい。その頃の記憶が一切ないんだと」

「前世の記憶があるのに、それは奇妙だね、ご主人様」

「まあなー。とにかく気がつくと、異世界の荒野で突っ立っていて、ヒューマンの篤志家に拾われたらしい。見た感じ、十五歳かそこらだったそうだよ」

「お金持ちに拾われたなら、ラッキーだね」

「ああ。前世の記憶もあったから、頭が良かったらしい。そこで存分に勉学に励み、成人の頃、親元を離れて活動を始めた」


 魔剣の精が教えてくれた転生後のじいさんの生き様を、俺はレナに説明した。


 転生前は総合化学企業「三猫化学」の研究者だった平凡人は、元の世界への帰還を願い、知識を生かして錬金術や魔術に没頭。帰還こそ叶わなかったが、頭角を現して大魔道士と呼ばれるまでになった。


 青年時代、修行過程で一時的に俗世を捨てると、これまでの名前を改め前世の名を名乗った。「タイラ・ボント」と。


「長く暮らす間にそれが訛って、シャイア・バスカヴィルになったんだね」

「ああ。タイラがシャイア、ボントがバスカヴィルにな」

「そういうことか」

「俺も、思いつきもしなかったよ。タイラとシャイアが同じだなんて。……たしかに、語呂はそっくりだ」

「あっ」


 レナが目を見張った。


「じゃあ、バスカヴィルが異次元通路を通ろうとしたのはもしかして……」

「ああ、日本に帰りたかったからかもしれん」


 真祖ゴータマの魂と感応して異世界との交接方法を知り、興味を持って異世界通路を開こうとした――って話だった。タマゴ亭さん――シュヴァラ王女――が、バスカヴィルの暗号著書「智慧の泉」を読み解いた限りではな。


 でもこれ、俺の祖先という事実を知れば、単に魔道士としての興味だけじゃなくて、日本への帰還のためだったかも。てかその可能性は高い。この地で生活してたわけで、一方的に戻るというより、多分、行ったり来たりしたかったんだろう。


「そうなんだ……」

「まあ俺も聞いて驚いた」

「……そう言えば、魔剣の名称、『バスカヴィルの魔剣』じゃなくて、『バスカヴィル家の魔剣』だった。ボク、そこに違和感は感じてたんだ」

「そうか。バスカヴィル家の家宝ってことか」


 魔剣の主に正体を聞いてからも、そこんとこは気づかなかったわ。なんだよ、俺も間抜けだなw 言われてみればたしかに、「家」が入ってるのは奇妙だわ。


「だからご主人様の元に来たんだね。面白いねー……」


 感心したように黙ったレナは、しばらくなにか考えた後、泳いで俺の胸に密着してきた。


「これで、やることは全部決まったね」

「ああ」

「安心してご主人様。ボクが力になるよ」

「おう頼む」


 誰かに話したからか、心が軽くなった。レナの言うとおり、俺は死んだわけじゃない。まだまだ悪あがきできるし、人生だって楽しめるさ。


 やる気と意欲が戻ってきたことを実感した。レナのおかげさ。もう俺は平気だ。


「頼りになるミニチュア使い魔だな、お前」

「へへーっ」


 急に、悪い笑顔になった。なんかたくらんでんな、また。


「……なにがおかしい」

「それに辛いときは、ボクが慰めてあげる。現実でもご主人様と関係持ったし、もうボクは淫夢構築だってそこそこできるよ。これから毎晩、夢の中で癒やしてあげるから」

「お、おう……」


 なんだよ。俺の命の危機だってのに、そんなこと考えてたのかw さすがサキュバスとしか言えねえw


「もう毎日寝かせないよ。夢の中でだけど」

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