3-5 マリリン博士の「アレ仕掛け」

「……ここは」


 意識が戻った。空が見えている。太陽がきらきら輝く空が。波の音と潮の香りがし、体はゆっくりと揺れている。


「気が付いた、平くん」


 吉野さんが俺の顔を覗き込んできた。


「心配、したんだからね」


 俺は素っ裸で横にされていた。さすがに寒い。頭を上げると、白衣姿のマリリン博士が見えた。横たえられた大気圧潜水服のボルトを外し、鼠径部あたりから、なにかのユニットを取り外しているようだ。キラリンとエリーナ、キングーが手伝っている。


「終わったのか?」

「ああボス。ボスは見事に藻体を分解した。オキシジェン・デストロイヤーを使って」


 タマが体を起こさせてくれた。


「海面がジャグジーのように泡立ち、溶けた藻体の泥色のネバネバがたくさん浮いてきてね。オキシジェン・デストロイヤーの数値をモニターしていた博士も、成功したって宣言したのよ」

「しかしボスは意識を失ったようで、いくら呼び掛けても返事がなかった。だから慌てて巻き上げたんだ。釣られた深海魚のように、潜水服姿のボスは、ぐったりと手足を垂らしていた」

「そうだよーご主人様」


 飛んできたレナが、俺の肩に跨った。


「ご主人様が無事だってわかるまで、大騒ぎだったんだから」


 ちゅっと音を立てて、俺の頬にキスしてくれた。


「やあ平くん、やったねっ」


 謎ユニットを手に持ったまま、マリリン博士が歩いてきた。


「大活躍だったじゃない」

「博士、あの装置を起動したら、急に下半身がなにかに包まれました。なにか……温かくてねっとりしたものに。粘液というより、柔らかなゴムのような。それでそれが急に振動して――」


 はっきり思い出した。


「ああ、あれ? 平くんの生命力を抽出する駆動装置だよ。あれをエネルギー源に、オキシジェン・デストロイヤーが高エネルギー振動をして、周辺酸素を活性化するんだ」

「あんた……また抜いたろ」

「はあ? 生命エネルギーだけど」

「いや、あれまるでオナ……」


「ホ」とは言い辛かった。エロ方面はあんまり知らない吉野さんいるしな。


「まあまあいいじゃない」


 裸の背中をばんばん叩かれた。


「たまたま副産物として、平くんのDNA満載の液体が取れたし。あー実験が楽しみー……」


 嬉しそうに、謎ユニットを持ち上げてみせた。


「たまたまだよ、たまたま」


 この野郎……。どうりで全裸で潜水服着せられたわけだわ。あの段階で気が付かないとか、俺もまだまだ甘いな……。


「もういいです。でも、ホムンクルス作製は厳禁で」

「それ、前も聞いたし。大丈夫。約束は守るからさ」


 ウキウキ声。どうにも信用できないが、もう終わったことだ。それに今のところ、信じるしかない。この博士は元からこんなもんだし、動員を掛けた以上、この程度の損失(笑)は甘受するしかない。嫌なら頼むなって話で。


 それに俺の命がどうこういうヤバさじゃないしな。約束通りこの海域の危険な海藻は排除できた。これからはみんなも、この大陸南端ルートを使っての交易やら漁労を、また復活できるだろうし。


「はい、平くん」


 俺の服を、吉野さんが渡してくれた。そういや俺、全裸だわ。まあ俺の仲間はだいたいもう見慣れてるから気にしてない様子。初見と思われるのは、サタンとエリーナだ。エリーナは顔を伏せ、こちらを見ないようにしている。その耳ににやにや顔のサタンがなにか耳打ちしてやがる。それを聞いたエリーナは、さらに耳まで真っ赤になった。


 あの野郎、チビのくせに、なに吹き込みやがった……。


「それでどうする、平くん。これで航路は開いたし、行きたかった隠れ里の港にも入れるけれど」

「そうですね……」


 俺は考えた。トリム復活のため、隠れ里には行かなければならない。だが、その前に村への報告がある。


「婿殿、島長からは、このあたりの難破船の積み荷は全て持っていっていいと言われているぞ」


 ケルクスの指差す海面には、多くの難破船が鋭い岩のように海面に突き出ている。


「船を絡め取っていた海藻は消えた。潮と風で、いずれ船が漂流を始める。手を出すなら今のうちだ」

「ご主人様、絶対これからの冒険に役立つ貴重アイテムがあるよ。……もしかしたら、ご主人様の失われた寿命を回復するアイテムとか、トリム復活に役立つ宝物があるかもだし」


 トリムの言う通りだ。優先順位からして、まずはお宝回収だろう。


「よし、船はここに止めよう。今日明日は、周辺の難破船に乗り移り、めぼしいアイテムを片っ端から回収、キラリンの力で転送する」

「へえー平くん、こっちの世界だと頼もしいね。なんだかあたしも惚れちゃいそう……」


 白衣姿のちっこい博士は、俺を見上げた。


「そういやあたしも、平くんの精液を飲んじゃったし、あの責任、取ってもらおうかな……」

「いやそれ、俺が昏倒してる間にあんたが勝手にやったことだし」


 吉野さんの前だ。はっきりしておかないと。


「た、平くんの精液……。マリリン博士、あなたって……」


 手を口に当てると、吉野さんは絶句した。目を見開いている。おうおう、言ったれ。吉野砲を撃て。


「あれ、苦くなかったですか。私は慣れちゃって、なんだか好きになったけど」


 ズコーッ。


「今朝の香りがいいのは、昨日の夜にシャンパン飲んだからだなってわかったりもするし。おいしいって、感じるようになった。それに飲むと、すごく幸せな気になるんです。平くんは私のご主人様。ご主人様のお役に立っているんだって……」


 吉野さんのM気質炸裂! おまけにいや吉野さん、その言い方だと、朝からエッチなことしてるのバレます。


「あたしんときは、味というより、成分考えたからね。DNAはデオキシリボ核酸ってくらいで、核酸の一種なんだけど、酸の味じゃないなとか。このえぐみは多分、核壁タンパクの味かなとか」

「へえ、興味深いですね」

「今度ふたりで、平くんの精液、たくさん飲んでみようか。前日からの食事記録と突き合わせながら」

「いいですね。なら今度、マンションにご招待しますね」

「頼んだよ、吉野さん」


 なんか俺の知らんところで恐ろしい計画が進んでるんですが、それは……。


「へへっ、楽しみだねー、ご主人様」

「ふざけんな、レナ」

「婿殿、この渡し板を使おう」


 ケルクスが、長いアルミ板を持ってきた。


「最初はすぐ脇の船からだ。次に少し船を動かし、あの……」


 指さした。


「あの腐りかかった船にする。崩れるとヤバいから、勘と運動能力に優れたあたしとタマだけで調べる。それと空を飛べるレナには、船内探索を手伝ってもらう。飛んでいれば床を踏み抜く危険性もないし」

「いいね。ボク、頑張るよ」

「持ち帰ったアイテムは、甲板に並べてね。すぐわかる範囲で、あたしも鑑定に協力するからさ」

「あたしもママと一緒に検索するね」


 マリリン博士とキラリンの親子? も前向きだ。


「よし、じゃあ始めよう。すぐ脇の船なら全員で入れる。……中に船乗りのご遺体があるかもしれない。あったら後で丁重な海葬にするから、俺に教えてくれ」


 俺の言葉で全員、てきぱきと動き始めた。俺の仲間、いつの間にかチームワーク抜群に育ったな。


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