8-2 タマの嗅覚に負けたw

「今日は異世界に行くんでしょ、平さん」


 異世界子会社の狭オフィスで、タマゴ亭さん――というかシュヴァラ王女――は、首を傾げた。


「そうですね。……ただその前に相談が」

「なにそれ。またあたし裁判にかけられるわけ」

「裁判とかとんでもない。王女様」

「それやめて。あたしはただの額田美琴。日本橋生まれのやんちゃな下町っ子」

「すみません。悪い冗談でした」

「さっきの話だが、弁当屋さんが王女で間違いないんだな」


 不機嫌そうな声で、タマが唸った。


 向こうに行く前に説明しとかないとならなかったので、異世界じゃないけどタマとトリムを呼び出したわけ。


 これからアーサーとかミフネにややこしい事情を説明しなくちゃならない。仲間のタマやトリムがいちいち口を挟んできたら厄介だからな。タマゴ亭さんが弁当抱えて来る前に、説明しといたってことさ。


「ああそうだ」

「おい平ボス。お前なんでそれすぐあたしに言わなかった」


 不機嫌なのは、これが理由か。俺のこと睨んでやがるし。


「説明の機会がなくてな。調査の結果がわかったの週末だし、タマゴ亭さんにすぐ確認したしな」

「レナは知ってるんだろ。あたしだけ仲間外れか」

「いいじゃんタマ。あたしだって知らなかったし」


 トリムは腕を組んでる。てか俺を擁護しつつも睨んでるから、こいつも不満みたいだなw


「夜中でもなんでも、呼び出して説明すれば済むじゃないか」


 胸ぐらを掴まれ、タマにぐいっと引き寄せられた。


「あたしはふみえボスの第一の使い魔だぞ」


 顔がくっつきそうな距離で牙を剥いている。食い殺されそうな勢いだ。


「……!?」


 急に、タマが素の顔に戻った。俺の目をじっと見つめている。それから、どんと乱暴に俺を突き放した。


「お前……」


 顔を上げると天井に視線を置き、瞳を閉じた。そのまましばらくじっとして、なにか嗅いでいるのか、思い出そうとしているのか……。それから俺に目をやる。


「まさか……」


 ちらりと吉野さんに視線を飛ばす。それからまた俺を見つめてきた。


「……そうか」

「なになに。どうしたの、タマ」

「なんでもない。トリム」


 ぷいと、タマは横を向いてしまった。首のネコ毛がわずかに逆立ってるから、怒りが増幅したのかもしれない。


 あーこれ気がついたな。俺と吉野さんの間に昨日なにがあったか。獣人たるケットシーの嗅覚は鋭い。俺から微かに吉野さんが香ったんだろう多分。汗とか、もしかしたらもっとエッチなフェロモンやなんかとか。


 俺の体からレナも香っただろうけど、あいつはいっつも俺の胸の中にいるから、普段と変わらない。レナともそういう関係になったとは、気づいてないはずだ(だといいなあw)


 ドラゴンロード召喚の折、レナは言っていた。使い魔候補として召喚された瞬間から、俺の行動を離れていても見聞できるようになると。


 後でレナに確認してみるけど、どうやらそれは「意識すれば」ということのようだ。ドラゴンロードは俺の実力チェックと、あと超絶長生きなモンスター特有の暇潰しあたりで俺の行動に興味があるから、ずっと俺を見ている。


 タマは特に意識してなかったから、吉野さんの行動を逐一見張っていたわけではないんだろう。吉野さんちで鍋したときだったか、タマは「こっちの世界には馴染めない」って言ってたし。吉野さんの話でも、基本的にはあんまり出てこないってことだったしな。こっちの世界でどうなってるとか、多分あんまり興味ないんだろ。


 タマの微妙な態度に、もちろん吉野さんも気づいたようだ。赤くなって下向いちゃったし。使い魔に初体験を知られたんだからまあ、わからなくはない。


 デスクに立ったミニサイズのレナは、そんな俺と吉野さんを交互に見比べてにやにやしてるしな。いつもながら悪趣味な奴だ。


「なになに。どうしたの、みんなして難しい顔で黙り込んじゃって」


 トリムが割り込んできた。


「レナだけなんか楽しそうだけど」

「いいだろ。どうでも」

「平ボスの言うとおりだ。どうでもいい」

「そ、そうそう。タマちゃんの言うとおり」

「……」

「けけっ」


 不自然な沈黙続く。どうしよこれw


「ねえ。それより相談ってなに。話とっ散らかってるじゃん」

「そ、そうそう。それでした」


 タマゴ亭さんがツッコんでくれて助かった。この空気、あと五秒も耐えられそうになかったからな。


「実はですね。アーサーやミフネ、つまり王の使者に会ってもらえないかと思いましてね」

「あたしが?」

「ええ」

「まあ、例の『招かれざる客』討伐に、あたしも参加したいし。討伐隊が組織されればどっちにしろ、マハーラー王配下の兵とは仲間になるわけだしね」

「ええ。遅かれ早かれです。だから会ってもらいます。……失踪した王女として」

「それって……」


 じっと見つめられた。


「なぜ? ただの異世界の戦闘仲間じゃ駄目なの?」


 俺は説明した。王女捜索隊は知覚の扉の前にいる。王女発見を告げないと、絶対に扉を開くことになると。


「扉を開けば、混沌神が活性化するかもしれないってわけね」

「ええ」

「なるほど……」

「どうでしょうか」

「お父様――マハーラー王――には教えないの?」

「逆に聞きますが、王には知られたくないですか」

「……微妙。あそこが退屈と思い込んで、こっちの世界に逃げてきた。今だから思うけど、それはあたしが王宮暮らしの世間知らずで馬鹿だったから。お父様に悪いと思ってる。民のみんなにも。今さら王女でございとか、平気な顔で名乗り出るなんて図々しい」


 溜息をついている。


 考えてみたら、タマゴ亭さんは異世界では跳ね鯉村に張り付きで、ほとんどそこから外には出てない。転生したわけで風貌も王女と違うはずだが、王都や王の係累との接触は注意深く避けてきたと思うんだよな。俺をうまいこと操って。


「でも考えてみてください。王は失踪で苦しんでいる。王女として会ったほうが、よっぽど親孝行では」

「それ言われると弱いなあ……」


 眉を寄せている。


「それに、あなたは退屈な王宮に戻るわけじゃない。討伐隊に参加したいんでしょ。……なら待っているのは大冒険じゃないですか」

「でも、お父様があたしを王女の生まれ変わりと知ったら、危険な戦闘に送り出してくれると思う? 諦めずに王女を探し続けた人なのに」

「あなたが主張すれば大丈夫ですよ。失踪で、王も王女を縛るリスクは身にしみたはず。相手は王なので強くは言えないですが、俺もさりげなくフォローしますし」

「ふん……」


 ほっと息を吐いた。


「政治家向きだよ、平さん。お父様に推挙してあげようか、宰相として」


 おっ。王に会う気かな……。


「ならいいんですか? 正体を教えても」

「ミフネなら、あたしも子供の頃から知ってる。王に忠実な近衛兵だよ。正体を知ったら、たとえ平さんやあたしが止めても、お父様に黙っているとは思えないしね」


 なるほど。それもそうだ。


「それに混沌神を倒すためには、あたしの幸せなんかこだわってる場合じゃないでしょ。みんなのためだもん」


 転生したとはいえ、さすが王女。国を運営する度量が垣間見えるわ。


「じゃあちょっと、アーサーやミフネにどう切り出すか、王とはどう話すか、ここで決めておきましょう」

「わかった」

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