4-5 「第二次使い魔候補」の謎

「どうするの、平くん。天国行けとか」

「はあ……困りましたね、吉野さん。ムチャぶり極まれりというか……」


 ここは三木本Iリサーチ社旧オフィス。つまり今は本社経営企画室吉野チーム出島たる、小汚い雑居ビルオフィスだ。今朝はゴキ見かけなかった分、いいほうだな。


 昨日、天使亜人キングーの頼みを受け、今日は異世界転送は中止して、朝イチからこうして急遽対策会議を開いてるってわけ。使い魔も全員呼んで、タマゴ亭さんにも出席してもらってる。


「あのキングーとかいう奴も、自分で天に上る方法探しゃいいのにな。ガキみたく見えるが、あれでも男だろ」

「でも自分ではできないって言ってたわよ平くん。それはとうに試したとか、天使の力でわかってる、とかじゃないかな」

「それにご主人様、キングーは天使の亜人。男じゃないと思うよ、ボク」

「なら女かよ。そうも見えなかったが」


 胸なかったし……とは発言しない。男にしては線が細すぎるのはたしか。女を疑って俺が胸をガン見してたのは内緒だ。ちょっと膨らんでる気がしないでもなかったが、多分女じゃあない。


「女でもないんじゃないかな」

「なんだよレナ。なら無性だってのか」

「いや、あいつはアンドロギュノス、つまり両性具有だろう」


 タマが口を挟んできた。


「男の匂いと、女の匂い、両方が漂っていた」

「アンドロギュノスだと? んじゃああれか、生えてる&開いてるってわけか」

「おそらく」


 俺の露骨な言い方にも微塵も動ぜず、タマが頷いた。


「それも天使の血の影響ってことか……」


 そう言われると、もうあいつ、両性具有にしか思えなくなるわ。興奮したとき、どうなるんだろうな。どっちを求めるんだろう。……まあキングーがそうなる事態は微塵も想像できないが。なんたって感情レスかってほど、淡々としてたからな。母親に関して除けば。


「それより平くん。無理してお願い聞かなくてもいいんじゃないの」


 吉野さんが、全員にお茶を淹れてくれた。俺とかタマがやってもいいんだが、吉野さん、いちばん淹れ方うまいんだわ。


「だってそうでしょ。私達、危険を冒してまで延寿えんじゅだの隠れ村だの探さなくてもいいんだし。そりゃ経営企画案件としてマジックアイテム探してるわけだけど、蛮族の地でさえあれば、隠れ村以外にもあるだろうし」


 マハーラー王に頼まれている結界の件は別だけど、と、吉野さんは付け加えた。


「まあでもあれです。一応探したいなって」


 適当に濁す。五十年縮まった俺の寿命を戻すためとか、吉野さん知らないからな。


「延寿や隠れ村にこだわるとしても、他の場所で聞き込みする手はあるよね。なにもキングーさん情報に執着する必要ないし」

「ええでも、ようやく掴んだ唯一の手掛かりです。大事にしたい。他を聞き回っても、いつ手掛かり出るか、それどころか見つかるか自体がわからないですからね」

「それは……確かにそうね」


 吉野さんは唸っている。


「そういうことです、吉野さん。……ところでタマゴ亭さんは知らないですか。天国への行き方とか」

「死ねばいいんじゃないかな」


 素知らぬ顔で、タマゴ亭さんはお茶を飲んだ。


「ごめん冗談。知らないなあ……。王家にはそんな話伝わってないと思うし、実際あたしも全然だしね。……でも、図書館でヴェーダに聞いてみるといいかも」

「そうですね。ヴェーダ館長はいろいろなことに詳しいし」


 とりあえず昨日、こっちに戻る前に、グリーンドラゴンのイシュタルには、ドラゴンの珠を通じて聞いてみた。なにせドラゴンは物知りだ。知識を持つ可能性はある。まあ残念ながら空振りだったけど。


「トリムもわからないんだったよな」

「昨日さんざん話したじゃん。お風呂で」

「お風呂?」

「あータマゴ亭さん、そこはスルーで」


 三助やらされてるとか、あんまりバレたくないからな。ハイエルフやエルフは長寿だから、なにかヒントでもと思ったが、無駄だったわ。


「ねえご主人様」


 ミーティングテーブルに立ったレナが、俺を見上げた。


「ご主人様の新しい使い魔候補に、サタンいたよね」

「ああ」


 思い出したくもないがw あれから謎スマホの使い魔モード、封印したままだわ。パソコンも壊れる寸前は動作が怪しくなってくるし、その類だと困るからな。


「サタンは闇の存在だよ。なら光の本拠地である天に上る方法、知ってるかもよ」

「なるほど……」


 考えた。光と闇で対立しているのだったら、攻城戦のように、互いに敵の本拠地へのルートなり攻略方法を検討していても、不思議ではない。あり得なくはない話だ。


「でもサタンなんか召喚したら、俺どころか全員瞬殺だろ」

「まず説明読んでみようよご主人様。意外にイケたりするかもよ。あのときは名前見ただけで呆れ返って、スマホ、スリープモードにしちゃったし」

「それもそうか」


 謎スマホを取り出して、使い魔モードを起動してみた。


 もしかしてスマホ直って、もっと正常な第二次使い魔候補が表示されてるかもと期待したが、虚しかった。前回と同じだ。


「どれどれ……」


 覗き込んできたみんなと一緒に、俺は説明に目を通した。




――第二次使い魔候補――


グレーターデーモン

サタン

モバイルデバイス




 まずはこの、グレーターデーモンからだな。




――グレーターデーモン――


 情に流されず、冷徹に使命を遂行する悪鬼「デーモン」の上位種。痛覚を遮断できる能力を持つので、自分の被害も気にせず絶命の瞬間までフルでパワーを発揮する。それもあり力は強大で、戦闘面ではとてつもなく頼りになる。知能も高い。


 ただし基本、悪のモンスターなので、使い手の命令をヤバい方向に拡大解釈しがち。そのため、必要もないのに大量の死傷者を出す危険性がある。


 それだけに使い手の倫理観が問われ、よほどの人格者で頭も良くないと、うまく使役できないだろう。あんたには無理無理。




「うーむ……」


 次は問題のサタンな。




――サタン――


 魔王。そもそも闇のモンスターを使役する頂点の立場である。そのため使い魔として召喚しても、使い手に従うことはなく、思い通りには絶対動かない。


 魔王だけに当然、なにかにつけ隙あらば、使い手を地獄に叩き落とそうとする。


 ただ魔王に限らず悪魔系モンスターは契約だけは守る。うまく丸め込んで有利な契約さえ結べれば、ワンチャンある。


 とはいえ相手はイカサマ契約のプロ。一見おいしげな話でヒューマンを取り込んで、その契約に仕込まれた危険な抜け道を利用して相手を地獄に引きずり込むのが、よくあるパターン。


 この間メモリーに取り込んだ漫画もそんな展開だったし。「猫のせぇるすまん」とかいう奴。あんたには超ムリムリーw




「うーむ……w」


 ついでに最大の謎使い魔「モバイルデバイス」も、説明読むだけ読んどくか。




――モバイルデバイス――


 ものすごくかわいい娘でスタイル抜群。性格も良く料理上手で、いい妹になるって博士が太鼓判押してる。えっ? お嫁さん? それは……えへへ。


 能力は万能型で、戦闘・探索の友として最適。おまけにアプリ追加で機能拡充も可能。異世界への往来が通路無関係に開放されるだけでなく、移動・戦闘面でのバフ効果だってあたし持ってるし。


 あんたの使い魔は、このかわいい娘に決まったね❤




「うーむwww」


 頭が痛くなって、俺は顔を起こした。


 これほどあからさまな、ミエミエの地雷があっていいものだろうか。いやない(反語w)。もう半径百メートルの落とし穴が目の前にあるくらい露骨だ。機種依存文字まで動員しての謎アピールは、さすがに草。


「壊れてるわね、これ」


 呆れ返ったのか、吉野さんは醒めた声だ。


「召喚するどころの騒ぎじゃないわよ」

「そういや、初めてトリムを召喚したときも、『あんたには無理無理ー』とか『こすらないでください痛いから』とか、謎AI的なテキストが表示されてたし。やっぱおかしいですよね、これ」

「修理に出したほうがいいね、絶対。AIとかそういうレベルじゃない気がするよ、平さん」


 タマゴ亭さんもドン引き気味だ。


「でもご主人様、サタンさえ使役できれば、天への道は開けるかもよ。殺される可能性は高いけど、書いてあるように契約さえうまく結べれば、なんとか」

「そうは言ってもなあ、レナ。俺ひとりならともかく、吉野さんもレナも、タマやトリムだって巻き込まれて殺されそうだぞ」

「それは……まあそうかも」

「待て。このモバイルデバイスとかいう使い魔でも、行けるかもしれん」


 タマが口を挟んできた。


「移動にもバフ効果を持つとある。天への道を開けないとも限らない」

「どうかなあ……それは」


 これだけのわずかな情報では判断できない。そもそもこの説明、信頼性がw


「これを使い魔として呼ぶの、危険過ぎないか。描写がおかしい」

「平、それ言ったら、他も危険極まりないよね。どれ呼んでも同じじゃん」

「いやトリム、博士とかいきなり出てきてるぞ。なんだよ博士って。これも奇妙だ」

「平くん。これ多分、この異世界デバイスを開発した、開発部のシニアフェローのことじゃないかな」

「ああ吉野さん。そういう……」


 謎スマホがAI的人格を獲得したなら、開発者を意識するのはあり得るかもしれない。


「開発者か……。会ったことはないけど、噂だけは聞いてます。なんでも、とてつもない天才だとか」


 変人九割天才一割の女らしいけどな。


「いずれにしろ、開発者である『博士』に見せるしかないんじゃないの」

「そうですね、吉野さん。壊れてるなら直してもらわないと危険だから、どうせ接触することになるし……。これ作った天才なんだから、異世界やモンスターには詳しいはず。修理のついでにサタンを使役する方法とか天に上る方法とかも、ヒントもらえるかも」

「そうね。やってみるしかないわね」

「はい」




 こうして俺はひとり、「博士」の研究室に赴くことになった。それがとんでもない騒動と貞操の危機に繋がるとは、思いもせずに。

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