4 旧都ニルヴァーナ遺跡を守るもの
4-1 トリム、エルフ神秘の食物「レンバスブレッド」を披露
「けっこう踏破したよなあ……」
「ご主人様、さすがです」
王女探索チームは木陰で休憩中だ。胸から顔を出したレナと俺が覗き込んでいるのは、例の社用謎スマホの、地図表示モード画面だ。
昨日の夜、初めて淫夢に出てきたレナに癒やされた。いやエッチな展開はなかったんだが、それでもサキュバスの癒やし力は凄い。俺は朝からもう絶好調の元気さだよ。
「そろそろ王様も大丈――」
「その話は今するな」
「えへっそうでした」
苦労する「ふり」作戦を、ミフネやアーサーに知られるわけにはいかないw
その作戦に従い、ハイエルフのトリムを召喚してから、「道中楽な方向」を毎日選ばせて進んだ。決して一方向には進まない。右行ったり左に進んだり。ときには斜め後ろを選んだりとか。そのせいで、ときどき戻るあみだくじのような踏破地図が、画面に表示されている。
「どう。あたしの能力に感謝してよね」
鼻高々のトリムに、肩をぽんと叩かれた。
「まあ確かに、危険な道は、初日のあの崖くらいだったもんな」
「そうそう。モンスターも全然出なかったしね、ご主人様」
「平んとこのパーティーだと、あたしが一番能力あるもんね。平は大笑いだし、ふみえやレナ、タマはまあ足手まといにはならない程度。スカウトのアーサーはそこそこ能力あるけど、ヒューマンだからスカウト能力はハイエルフの足元にも及ばないしねー。……近衛兵のミフネはあたしにない方向の力があるから、使い道もあるけど」
俺たち三木本商事組だけでなく近衛兵すら下に見て、得意満面といった表情だ。
「トリムは使い魔なんだから、ボクみたいにご主人様って呼びなよ」
「はあ? 平を?」
不機嫌そうなレナを前に、トリムは大笑いし始めた。
「なんの冗談? 低レベルのヒューマンじゃん。いくらあたしの召喚主といったって、はいそうですかって仕えるわけないでしょ」
「タマだってボスのボスって呼んでるんだからね」
「あーはいはい。でも、ケットシーと同列に見られてもねえ……」
休憩中とはいえ、例によって離れたところから周囲を伺っていたタマが、一瞬だけ視線を飛ばしてきた。
「召喚されたのは事実だから、平のボクちゃんとでも呼ぶ?」
「お前、どう見ても俺より年下だろ」
まあ高校生といった外見だ。
「あら。エルフに年を聞くなんて、野暮ねえ。ヒューマンが年齢マウンティングで勝てるわけないじゃん」
また笑われた。
「あたし、たしかに受肉してまだ一週間かそこらだけど、受肉前の野良時代ってのがあってさあ……」
呆れている。長寿のエルフだけに、齢数百年とかいう感じなんだろうか。
「こんな風に表示されるのか」
興味津々といった風で、アーサーが覗き込んできた。
「こいつは便利な地図だな。さすが異世界のオーパーツだ。――おいお前ら、見てみろ」
わらわらと、スカウト連中が集まってきた。
「ほう。方角も表示されるのか」
「拡大縮小もできるんだな」
「地図作製に測量道具がいらないのは便利だよなあ」
隠密として行動するスカウトにとっては、喉から手が出るほど欲しいツールに違いない。今度社長を言いくるめてひとつガメて、マハーラー王に献上しようかな。太陽電池の充電施設も一緒に持ち込めば、使えないことはないだろうし。
「そろそろ行こう」
近衛兵連中と優雅に道中茶など嗜んでいたミフネが、声を掛けてきた。
「まだ休んだばかりじゃん」
「もう一時ほども休んでいる。俺達は無駄飯を食うために王に仕えているわけではないぞ」
「平くん。いいじゃない。普通にお昼はもう終わった頃合いだし」
「まあそうっすね、吉野さん」
たしかにそうだ。俺のパーティーだけだといつも午前中二時間ちんたら歩くだけで午後は遊んでたんで、その感覚がどうも抜けない。考えたら、ミフネの言ってるほうが正しい。
「じゃあ行きますか。トリム、方角を決めてくれ」
「わかった」
「いいか。くれぐれも安全第一だ。一直線に遺跡に向かう必要はないからな。戻ってもいい」
「わかってるよもう。毎回毎回おんなじことばっか言って」
トリムは背中の矢筒から鏑矢を取り出した。例によって道中の危険具合を調査し、方角を決めるためだ。
矢筒の矢は当然使えば減るんだけど、毎朝トリムを呼び出すたびに、また満杯に戻ってるんだよな。面白いだろ。……使い魔って便利だ。
「うん。午後はこっちに行くよ」
数本飛ばして反響を聞いていたトリムが、北東の方角を指差した。
「また戻るのか」
アーサーがほっと息をついた。
「ハイエルフの判断って奴は興味深いな。俺達プロのスカウトでも選ばない方角だ」
「ああ。でも一日終わって振り返ってみると、結局それが正しいんだからな」
「スカウト技術を磨く、いい機会だ。せいぜい学ばせてもらおう」
スカウト連中がひととおり感想を言い合うと、俺達は北東に進み始めた。なだらかな丘の稜線を辿る道だ。からっとして気持ちのいい風が吹いている。
●
「今日はここで野営だ」
夕方近くなった頃、アーサーが声を上げた。
「見たところ、この先は風が強い。ここは山間で風を防げるから、ちょっと早いが泊まりの準備を始めよう」
「あたしはまだまだ全然平気だけど、まあヒューマン主体チームだから、仕方ないね。風の読みはアーサーの言うとおりだし」
トリムが俺を見た。
「平とふみえは向こうに戻るんでしょ。あたしはもう消えていいかな」
「気が早いなあ、トリム」
思わず笑ってしまった。
「急いで消えなくても、転送されたときに消えればいいじゃん。レナもタマもそうしてるぞ」
「あたし、なんかあの転送される感覚が気持ち悪くてさあ。……どうせ明日またここで呼び出されるんだから、それでいいじゃん」
「まあなあ……」
「ダメだよ、平くん」
吉野さんが首を振っている。
「どうしたんすか」
「ここ、通信転移が細くて」
スマホを握ったまま、あちこち動かしてみている。
「やっぱりダメ」
「山間のせいかなあ。両側に山がそびえてるし」
「連絡は可能だけど、転送は難しそう。……どうする」
「まあ……お泊まりっすかねえ。仕方ないんで」
似たような状況で、これまでも何度か「出張泊」したことがある。貴重な妄想タイムが潰れるのは痛いが、宿泊手当が出るんでまあいいや。
「じゃあ私、宿泊申請だけ上げておくね」
吉野さんは、スマホをポチポチし始めた。
「お願いします。幸い、今日の分の弁当、まだ食べてないですし。あれで晩飯にしましょう」
昼は忙しくて、弁当を広げる時間はなかった。マハーラー組は携行食を、俺達はカロリーメイドを歩きながら口に放り込んだだけだ。
手早く野営準備を整えると焚き火を熾し、取り囲むようにして晩飯にした。俺達は例によって弁当。スカウト連中は例によって携行兵糧とかいう堅パン。ミフネたち近衛兵は、干し肉をナイフで切って口に運んでいる。
「おい平。今日の弁当はなんだ」
アーサーが覗き込んできた。
「今日は洋風だな。ポークピカタにトマト味のミートボールスパゲッティ。あとなんだこれ、マッシュポテトというより粉吹き芋だな。それに野菜の炒めもの。……味濃いなー野菜」
「オイスターソース炒めよ、平くん」
「そういやそんな感じっすね。あと米が珍しくピラフになってる」
「うまそうだな。よこせ」
あっという間もなく、アーサーが豚肉を指でつまんで口に放り込んだ。
「ふん。ほれはふはい」
どでかい塊を取られたんで、俺の弁当が随分貧相になったわw
「ほの、ひんひろのたまほのホーンティングがうまみをとひほへてて」
なに言ってるのかわからんな。
「アーサー、お前の飯もよこせ。おかずあらかた奪いやがって」
アーサーのパンを秒速で抜き取ると、口に放り込んだ。
「か、堅ぁい」
香りのいいパンなのは確かだが、歯が折れそうだ。スカウト連中が爆笑した。
「そんな食い方があるか。こいつは保存性第一で、とにかく堅焼きだからな。かけらをちょっとだけ口に含んで、水や茶でゆっくり噛んで食べるんだ」
「焦って食うもんじゃないぞ」
「ご主人様はね、食べ物に食らいつくときは凄いんだよ」
「はい平くん。お茶よ」
吉野さんからもらったお茶で、なんとかパンを柔らかくする。
「酷い目に遭ったなー。おいトリム。お前も弁当食えよ。肉団子うまいぞ、濃厚でスパイシーなトマト風味で。鼻に抜ける後味が、旨味汁とトマトソースの香味が絡み合ってまた最高だからな」
トリムの分の弁当を差し出してみた。ちらとこっちを見たが、すぐ視線を逸した。
「いい」
「遠慮するなよ」
「いらない」
「じゃあこれ、アーサーたちにあげるぞ」
「勝手にすれば」
どうも、帰れなくなって不機嫌なみたいだな。
「トリムお前なに食べてるんだ」
なにか焚き火に黄金に輝くビスケットみたいなのをもぐもぐしている。
「レンバスブレッドだよ。平のお弁当はおいしいけど慣れてるご飯も恋しいから、今日はエルフ本来の食べ物を持参したんだ」
「レンバスブレッド。あの神聖な?」
アーサーが大声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます