4-2 くっつき合って眠ったらもやもやした

「レンバスブレッドはな、俺達スカウトが携行兵糧のモデルにした逸品だぞ、平」


 アーサーは、ハイエルフたるトリムの手元を食い入るように見つめている。


「ああ。アーサー隊長の言うとおりだ。なんでも神秘の穀物を手摘みして乾燥させ、丁寧に石臼挽きにしてエルフ神泉の水で練って焼くらしい」

「わずかな量で腹がくちて栄養抜群、精力をつける効果も高いんだと」

「アーサーは食べたことあるのか」

「まさか」


 アーサーは笑った。


「食べられたら死んでもいい」

「そんなに凄い奴なのかよ。――ならトリム、ひとつだけくれよ。みんなで試食する」

「嫌だよ」

「そう言わず」

「嫌」


 体ごと後ろを向いてしまった。


「神聖な食物なんだからね。卑しいヒューマンなんかにあげられるものじゃないよ」

「たとえヒューマンだって、トリムのご主人様だよ」


 レナが声を上げた。


「あたし、ご主人様って認めたわけじゃないし。……ただ召喚されたから嫌々付き合ってるだけで」


 背中で淡々と語る。


「だってトリムは――」

「もういいよ、レナ。トリムにだって事情があるんだし。――ごめんなトリム。気にしないでくれ」


 返事も返さず、トリムは首を傾げた。そのまま、しばらくじっと動かない。それから、ぽいとなにかを放ってよこした。黄金に輝くかけらを。


「――よ」

「はい?」

「いいよ。あげる。レンバス」

「気にすんな。ちょっとからかっただけだよ」

「いい。食べなよ。あたし白けて、もう食欲なくなったし」


 見回すと、スカウト連中が食い入るようにレンバスを見つめている。


「んじゃあ、もらっておくわ。ありがとうな、トリム」

「……」


 黙ったまま、トリムはそっぽを向いている。


「ほらアーサー。お前らから食べろよ。今後の携行兵糧開発の参考になるんだろ」

「ありがたい」


 レンバスブレッドを拾い上げると、アーサーが細かく砕いた。注意深く。


「ありがとうな、トリム」


 声を掛けてから口に放り込む。スカウト連中は、しばらく口もきかなかった。それから――


「こいつは凄い。体の芯から力が湧いてくるようだ」

「さすがはエルフの技。これを食えば、夜通しでも歩けそうだ」

「おい近衛兵。みんなも食え」

「遠慮する」


 ミフネはあっさり断った。


「俺達は戦士だ。万一にでも腹など下すわけにはいかないからな」

「そうですが……」

「た、隊長――」


 いつもは無言でミフネに従う近衛兵が、珍しく声を上げた。なにかを訴える瞳をしている。


「試食しなよミフネ。エルフの食べ物なら、まず危険なことはないよ」


 レナに言われて、ミフネは唸った。


「たしかに……。まあいいか。お前らも味わいたいみたいだし」

「では遠慮なく」


 近衛兵達も、秒速でレンバスのかけらに手を出した。


「俺達も試しましょう、吉野さん」

「うん」


 タマとレナも含めて、俺のパーティーも食べてみた。


 ――なんだこいつ。すげえぞ!


 たしかに特別だ。食物というより、神様の妙薬って感じ。香ばしくておいしいし、ひと口飲み込んだだけで疲れが取れ、体内に力があふれてくる。タマゴ亭さんの薬草弁当の効力を、千倍強めたって感じさ。


 その晩は、草を刈ってきて焚き火の周りに厚く敷き、全員、雑魚寝した。


 見上げると、満点の星が見える。妄想異世界とはいえ、天体(らしきもの)があるのは面白い。もちろんあれはただの幻影だとは思うが。それとも、何万光年もの彼方まで、妄想世界が広がってるんだろうか。


 ぱちぱち爆ぜる焚き火が温かくていい感じだったんだが、さすが夜半になると冷えてきた。


「平くん。もう寝ちゃった」


 小声は吉野さんだ。


「いえ」

「なんだか眠れなくて。……ちょっと寒いよね」

「そうですね」


 頭を起こして見回してみた。スカウトや近衛兵はみんなぐっすり寝入っている様子。さすが兵士だ。焚き火の影に猫目が光っているところを見ると、タマも起きているようだ。


「こっちきて下さい。くっついて寝ましょう」

「そのほうがあったかいもんね」


 吉野さんが寄り添ってきた。


「肩、抱いて」

「はい」


 ぐっと抱き寄せると、吉野さんは熱い吐息を漏らした。


「ちょっと痛い」


 含み笑いしている。


「あっ。すみません」

「いいの。もっと強く抱いて」

「……はい」


 力を込めると、それに応えるかのように、吉野さんも俺の胴に手を回してきてくれた。いつものように、いい匂いがする。俺、もう吉野さんの香りに随分慣れてきたな。もしかして吉野さんも、俺の匂いに慣れてきてるんだろうか。


「なんだか子供の頃を思い出すわ。ぬいぐるみと一緒に眠ったときを」

「俺、クマの代わりっすか」

「ふふっ」

「タマお前、起きてるんだろ。こっち来て、吉野さんを反対から抱いてやってくれ」

「わかった」


 なんせタマは獣人だ。もふもふ度合いは少ないとはいえ、絶対温かいに違いない。


「ご主人様」

「レナ、お前はここだ」


 吉野さんと俺の間に包み込んでやる。


「うわーあったかーい。へへっ。幸せーっ」

「トリム。お前もこっち来い。寒いだろ」


 返事はなかった。俺に背を向けたまま、横になっている。


「眠ってるのか」

「平気」


 声が聞こえた。起きてるじゃん。


「エルフはこんなの寒くないから。それにあたし、ハイエルフだから――くしゃん」

「ダメじゃんかw ほら、こっち来いよ。俺も寒いからさ、くっついて寝ようぜ」

「ヒューマンはこれだから。――わかったよ。一応は召喚主だし、寒いなら協力してあげる」


 ころころ転がるように近づいてきて、俺に背を押し付けた。


「これでいいでしょ」

「ああ」

「……本当に弱いんだね」

「やっぱハイエルフって体あったかいな。さすが上位種族だ」

「ヘンな褒め方しないでよ。あと、触ったら殺すから」


 背中から殺気が漂ってきた。


「わかったわかった」

「早く寝てよ。平が寝ないと、あたしが眠れないじゃん」

「わかったって」


 言ったものの、五分も経たないうちに、トリムはかわいい寝息をつき始めた。なんか安心でもしたのかな。


 寝てりゃあかわいいのになあ、この娘。顔だっていいのに、あの高慢な性格がもったいない。


 女子に取り囲まれて横になるとなんだかもやもやしてきたが、無理やり奥に押し込んで眠ることにした。今晩も夢にサキュバスが出てくるだろうから、またそこで癒やしてもらえばいいや。


          ●


 翌朝。くっつき合って眠ったせいか、あるいはレンバスブレッド効果か、俺達は元気いっぱいで「異世界泊まり出張」二日目の日程をこなした。


 なんたって陽気はいいし高原を歩くかのような絶景だ。もちろんモンスターは出ない。リゾートで遊んでるのかと思うほど「仕事感」「業務感」がない。気がつけば気持ちよく、かなりの道程をこなした。


 トリムに導かれ、稜線を縦走して一度下り、短い洞窟を抜けたところで、トリムが立ち止まった。


「さて、問題はここからだよ」


 前方に広がる谷を指差した。


「ここを抜けないと、旧都ニルヴァーナ遺跡には進めない。他の道は有毒ガスや何千メートルもある地割れなんかで地獄の様相だからね。ただ、この谷も問題なんだ。見りゃわかるよね」

「こいつは驚いた。これみんなモンスターなのか」


 いつの間にか俺達の隣に立っていたアーサーが呟いた。


 見渡す限り続く谷。その両側の壁がうねうねと動いている。はるか先まで。何万匹もいるだろう。ゲームのモンスターハウスかよw


「この道を抜けろってのか」


 百戦錬磨の近衛兵、ミフネも絶句している。


「いちいち戦える規模じゃないぞ。こいつは。俺達どころか、マハーラー王朝全軍を投入しても無理だろう」


 ミフネすら絶望している。もちろんスカウト連中もそうだろう。誰も返事すらしなかったから。

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