4-3 グリーンドラゴンを呼び出したらハイエルフが腰を抜かした
見渡す限り、何万匹ものモンスターの「壁」が続いている。俺達は、なんとかここを抜ける方策を探らなければならない。たった十一人で。
だが待てよ。なにかがおかしい。だってそうだろ、そもそも――
「待てよトリム。この世界のモンスターは、ネームドとか高レベルのごく一部、あと居住型モンスターを除けば、ポップアップするのが約束だろ。なんでこいつら、最初から見えてるんだよ」
「考えたらわかりそうなもんだけど」
呆れたように手を広げると、俺の疑問をトリムが引き取った。
「これ全部、純植物系モンスターだからさ」
「植物だから、移動できない代わりに、ポップアップもせず最初から見えてるってのか」
「うん」
雑魚モンスターの蔓草野郎――名前なんだっけ――は、植物系とはいえ歩き回るモンスターだった。だからポップアップしたんだな。純植物系だと、また違うってことか。
「ご主人様、これはモンスターフォレストだよ」
胸から顔を出したレナが、瞳を細めてモンスターの大群を見つめた。
「なんだよそれ」
「簡単に言えば、超危険な食虫植物ってところかな。近づくと蔓で絡め取られて、消化液満載の花に放り込まれるんだ」
「それだけじゃなくて、眠りを誘う花粉を飛ばす奴もいるし。あと即死毒の花粉もあるはずだ」
タマが唸った。
「いちいち戦ってたら千年かかるぞ」
「それどころか、戦っているうちに、毒の花粉が飛んでくるよ、ご主人様」
「平の魔剣は危険なので封じてあるが、仮にあれを使ったとしても無理だな」
「じゃあどうやって通るんだよ」
俺の問いに、トリムは首を振った。
「抜けるのは不可能だよ。――でも、遺跡に行くなら、ここを突っ切るしかない。ほら平、どうするの。あんたパーティーリーダーでしょ。あたしの召喚主でもあるし」
冷ややかな瞳で、俺をじっと見つめてきた。どうにかできるんならしてみろと言わんばかりに。
「ねえ平くん。ちょっとこっちに」
吉野さんに袖を引っ張られた。
「もういいんじゃないかな」
パーティーから少し離れた岩陰で、吉野さんが小声で切り出した。
「絶対無理なところまで、私達は進んだでしょ。ここで王都に帰還しても、マハーラー王には今度こそ義理が立つと思うの」
「王女探索は切り上げて、約束通り情報をもらい、楽して進む異世界地図作り業務に戻るってことっすね」
「うん」
途方に暮れるみんなを、岩陰から覗いてみた。近衛兵もスカウトも、憮然とした表情で、谷を遠く眺めている。タマは少し距離を置いて、いつもどおり周囲を警戒している。トリムだけはモンスターに無関心らしく、俺と吉野さんが隠れた岩陰を見つめていた。
「たしかにそうですね」
「なら王都ニルヴァーナに戻ろうよ。見えてる危険に飛び込むことなんかないもん」
「戻ります。……ただ、念の為試してみたいことがあるんで」
「なに?」
「これですよ。失敗したら王宮に戻りましょう」
俺は、背中のビジネスリュックを後ろ手に叩いてみせた。
「まさか……」
吉野さんが目を見開いた。
「その、まさかですよ」
旅の仲間のところに戻ると、俺はリュックを背中から下ろした。
「なあみんな。俺達の道筋は厳しい状況にある。ここ以外の道は取れないし、この谷を攻略するのは、正直に言って、今のメンツでは無理だ」
「俺達どころか、全軍を投入してもな」
先程のミフネの判断を、近衛兵が繰り返した。
「谷の攻略を考えてみたんだ。まずはっきりしてるのは、近接戦闘はできないってことさ」
「一体ずつ潰すのは可能だろうが、戦っているうちに、他のモンスターに攻撃されたりするな」
「戦闘中に四方八方から即死毒や催眠の花粉が飛んでくるだろう」
「なら遠隔攻撃で倒すしかない。そうだろ、みんな」
「平の言うとおりだな」
アーサーが頷いた。
「俺達の手持ちで遠隔攻撃できるのは、トリムの弓矢と吉野さんの火炎弾程度だ」
「あたしの矢で狙えば遠くから一射必中だけど、矢には限りがある」
「私の火炎弾も同じよ」
「圧倒的に戦闘リソースが足りないな」
タマが腕を組んだ。
「吉野さんの火炎弾というのは、実はいい手法なんだ。なんたって敵は動けない。植物はよく燃えるだろうから、次々延焼させればいい」
「無理だな」
ミフネにあっさり否定された。谷を指差す。
「あれを見ろ。数十発の火炎弾で、あんなに遠くまで燃やし尽くせるもんか。せいぜい数百体倒せれば御の字だ」
「もちろんだ」
俺は、リュックのファスナーを開けた。
「でも、これならどうだ」
陽を受け燃えるように輝く透明の珠を、俺は取り出した。
「そうか。それがあったな」
アーサーが唸った。
「そ、それはまさか……ドラゴン……の珠」
トリムが飛び上がった。
「なんでそんな貴重なものを、平みたいな落ちこぼれヒューマンが持ってるのさ。そんなの持てるの、世界を救う大英雄くらいじゃない、普通」
目を見開いている。それからパーティーを見回した。
「なんで誰も驚いてないの。……もしかしてみんな知ってた?」
「トリムには話してなかったな。いろいろあって、こいつは俺が預かっている」
「いろいろってなによ。そんな簡単に略せるモノじゃないよ、それ。だいたい、なんであんたなんかが――」
「余計な話は後でしろ」
腕を伸ばして、ミフネがトリムを払い除けた。身を乗り出す。
「平お前、ドラゴンに頼むつもりなんだな」
「そうさミフネ。願いを聞いてくれるかはわからないけど、ダメ元だろ」
「俺達を乗せてあの谷の先まで飛んでもらおうってのか」
アーサーは、なんだか嬉しそうだ。
「こいつは孫の代までの語り草になるぞ」
スカウト連中も湧いている。
「それは多分無理だと思うよ」
俺の胸から、レナが呟いた。
「ドラゴンはプライドの高い種族だから、荷運び駄馬みたいに扱われるのは耐えられないと思う」
たしかに、俺と吉野さんのような共に戦った仲間ですら、せいぜいが湖で遊びとして乗せてくれただけだったもんな。
「じゃあどうするんだよ、平」
「まあアーサー、見てろって」
頭より高く掲げると、俺はドラゴンの珠に語りかけた。
「なあ、ひとつお願いがあるんだ。……ちょっと出てきてくれないかな」
しばらく待ったが、返事はない。
「なんだ。偽物なの。詐欺用?」
トリムが、なぜか安心したような表情になった。
「だいたいヒューマンはずる賢いのよね。特に平は見るからに――」
「どうするドラゴン。なんならここで
「真名は困る。そこには部外者が大勢いるではないか」
珠から声が響いた。
「今、せっかく昼寝していたというのに。お前は、ドラゴンの昼寝がどれほど貴重かわからんのか」
「ごめんよ。こっちも困っててさ。……もちろん吉野さんもだ」
「ちっ」
珠から舌打ちが聞こえた。
「相変わらず小賢しい奴だな、平お前は。ふみえの名を出せば我が弱いと知っておるくせに」
「はあーあ」という、最強クラスモンスターらしからぬ溜息が聞こえた。
「仕方ない。行ってやるからしばらく待て。身支度をする」
「頼むよ」
身支度すると言ってた割に、ドラゴンはすぐ現れた。空に小さな点が見え突風が巻き起こったと思ったら、もう俺達の脇に着地している。着地のときの衝撃で、大地が揺れた。
胴体を伸ばすように屈めると一回、ドラゴンは体を大きく震わせた。やっぱ寝起きだからかな。なんか猫っぽい。
パーティーからどよめきが起こった。
「おう。これが噂の」
「ドラゴンなんて、スカウト仲間でも見た奴は皆無だぞ。前の使いのときだって会えなかったしな」
「こいつは凄え。……早く城に戻って自慢したいわ」
巨大モンスターを前に興奮して、口々に叫んでいる。さすがにドラゴンに触ろうとする奴はいないが。それにしても一分もかかってない。イシュタル、どんだけ速く飛べるんだよ。
「来たぞ平。頼みというのはなんだ」
イシュタル、言葉とは裏腹に、俺じゃなくて吉野さん見つめてるな。きっとマッサージが恋しいに違いない。
「ちょっと待って。本当にドラゴンじゃん」
トリムが叫んだ。
「あんたもしかして平の使い魔? こんな最低ヒューマンにドラゴン、それもレア種のグリーンドラゴンが仕えるなんて」
腰を抜かさんばかりだ。絶句したな。どうでもいいけど、俺のことボロカスに言い過ぎだぞ、トリム。ハイエルフは高貴でお上品な種族じゃないのかよw
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