4-3 薬草弁当の可能性

「ご主人様、人間ができてるね」

「そうかあ」

「あれだけ挑発されててもぬかに釘、いや柳に風って感じだったじゃん。ボク、感心したよ」


 なんやら知らんが古臭いたとえを使ってくる。レナの奴、実は年齢数百歳とかじゃないだろうな。


「いいんだよ、あんなアホ、ほっとけば」

「ボク、ムカついたけど」

「いいか、俺達はあいつと競ってるわけじゃない。なるだけサボるのがこのパーティーの使命だ。バカはほっといて、こっちはこっちで楽しくやろうぜ」

「それもそうか」

「それよりこれ食え。春野菜の天ぷら。うまいぞ」

「わあ。おいしそうだねっ」


 弁当の蓋に、レナの分を分けてやる。あの謎パーティーと遭遇して気分が悪いんで、早めに昼飯にしてるところだ。タマゴ亭のサワラの西京焼き弁当で。


 まあ、なんだかんだ言い訳して、二日に一度は早弁してるけど。もちろん昼休みは二時間取る。食べてすぐ運動すると消化に悪いからな。


「なんにつけ平くん、立派だったわ。冷静で。私、じーんと感動しちゃったもの」


 上品に脚を揃え、吉野さんは切り株にきちんと座っている。膝に乗せた弁当を、ゆっくりとつまんで。


「おいしいわあ。お弁当」

「そうっすね。課長」

「またぁ」

「そうでした。吉野さん」


 ふみえでいいのに……とか、小声で呟いている。


「春野菜の天ぷらは、わずかな苦味がいいアクセントになってるよね、ご主人様」

「ああ。弁当だとどうしても衣がしなっとなるけどさ。どうせしなっとするからって衣に天つゆを染ませてあるから、なんて言うか、揚げたてとはまた別のうまさがあるよな」

「本当だね、ご主人様」

「それ、明日葉っていうのよ、レナちゃん。旬だからね」

「吉野さんは料理とかするんですか」

「うん。煮込み料理が好きなんだ。レナちゃんにわかるかなあ。キャベツのコンソメ煮とかラタトゥユ、おでんにカレーとか」

「わからないけど、おいしそう」


 レナ、おべんちゃらうまいじゃないか。


「じゃあそのうち、ごちそうしてあげるね」

「お願いします。ご主人様にもね」

「ご主人様ね、もちろんよ」


 なんの気なしだろうけど、ご主人様って課長に言われると、ちょっとドキッとするな。


「今度よ。ねえ平くん、今度ウチに遊びに来る?」

「え、ええ。まあ……そのうち」


 適当に話をごまかす。夜は趣味の妄想タイム。あんまり無駄にしたくない。


「それより吉野さん、煮込み料理好きなんて、ちょっと意外です。もう少しこう、おしゃれな料理が好きなのかと。パスタとかパエリアとか」

「それがおしゃれなんだ」


 思いっくそ笑われた。


「『パ』つながりなだけだな」


 無口なタマが、ぼそっとツッコんできた。いやお前だって料理知らないくせに(多分だけど)。


「本当はねえ、面倒だから」

「面倒?」

「うん。煮込み料理とか鍋とかは楽じゃない。材料放り込んで煮えるの待てばいいし」

「はあ」

「いくつもお皿並べなくていいから洗い物も簡単だし」

「なるほど」

「二、三日、それ食べられるし。ただひとりで大きな鍋前にご飯にすると、寂しいというか情けないというか……。まあ、独身女の悲しい料理って感じかな」

「そんなことない。きっと最高の光景で」

「光景?」

「いえ、こっちの話」


 マンションのキッチン。かわいらしいエプロン姿の吉野さんを、俺は想像してみた。きっとあれだな、エプロンのヒモをきゅっと締めると、あの胸がどーんと強調されて、それはそれは見事な光景になるんだろうな。写楽が浮世絵にしたくなるような。妄想がはかどるわ、こんなん。


「このサワラってお魚もおいしいね、ご主人様」

「それはあたしも同意する。こいつはウマい」


 珍しく、タマが乗ってきた。


「淡白な白身魚だけど、この西京味噌っていうのか、それが身に染みてうまみを供給するから、得も言われぬくらいいい香りだし」

「そうそう。口に含むとまた」

「牙で身を裂いたとき、舌に感じるうまみ汁と香りがまたこれ最高でにゃーん!」


 なに急に興奮してんだよ。さすが猫系獣人。魚には目がないみたいだな。これからもタマゴ亭に魚多めに頼んでみるか。


「肉団子もいいわよね」

「ええ、か……吉野さん。普通弁当の肉団子ってぶよぶよしてたりして、いかにも混ぜものばっかの安団子って奴が多いんですけど。ここのはほくっとしっかりしてて」

「冷えてるのに、口の中で肉汁がじゅわっとあふれるくらいだものね」

「それにソースがいいよね。ご主人様」

「ソースってか、黒酢炒めだからあんかけだけどな」

「こう、甘くて酸っぱいんだけれど、こう、深みのある味わいというか」

「黒酢だからな」

「しんなり炒められた玉ねぎとしいたけがまたたまらないというか」

「お前、随分食材の名前覚えたじゃないか」

「そりゃ、毎日半額弁当で、ご主人様といっしょのディナーにしてるし」

「まあ。平くん。毎日そんな晩ごはんなの?」

「ぜいたくする気ないんで。それに我慢してるんじゃないすよ。半額弁当だと高めの奴狙えるから、けっこううまいんで。弁当だから味付け濃いめで、ビールのつまみにも最高だし」


 今食ってるところだってのに、思い出したら酒飲みたくなってきた。ヤバい。いつものなんちゃってビールでいいから飲みたい。今度服に隠して持ち込んで、異世界朝イチでビール飲むか。その日は一切歩かないでサボってりゃいいや。


「毎日じゃあだめよ。野菜をきちんと取らないと。やっぱり今度、うちに招待するわ」

「え、ええ。お願いします」


 ここまで言われて断るわけにはいかない。まあ上司とのコミュニケーションも、サボるためには重要だw 我慢しよう。


「この弁当、たしかにうまい。だが、もう少し工夫してもいいんじゃないか」


 器用に箸を使っていたタマが、急に顔を上げた。


「なんだよ、工夫って」

「たしかにうまいし、栄養も取れる。……だがあたしらはここで危険な調査をする身だ」

「なにが言いたいの、タマちゃん」

「ボス、それにボスのボス。弁当のレシピに薬草料理とかを加えてはどうかと思います」

「あら、薬草」


 タマは頷いた。


「たしかに、食事として事前に摂取しておけば、戦闘中に有効に作用するかな」


 楊枝でサワラをやっつけながら、レナが同意する。


「いい考えだと思うよ、ご主人様」


 考えてみた。そりゃたしかにいいだろうさ。でも問題は、弁当は納品されてくるものってことだ。こちらの指定した食材を使うには、事前に渡しておかなければならない。しかも異世界の薬草だよこれが。検疫とか大丈夫なんだろうか。それ以前に、弁当屋が、そんなんうまいこと料理できるのかという……。しかもたった三膳だけの専用で。


 頼むとしたら、小回りの利く家族経営タマゴ亭しかない。


 やっぱタマゴ亭はもう異世界子会社指定弁当屋で決まりだな。


「うまくできるかわからんが、試しに今度薬草持って帰ってみるか」

「わーい、やったあ」

「タマお前、あんまり癖が強くなくてうまい奴、選んどいてくれ」

「わかった。……この異世界のマタタビもどうだ」

「なんだお前、食いたいのか」

「別に」


 赤くなって横を向いてしまった。


「ケットシーもマタタビでごろにゃんするのか」

「そ、そんなことはない。……ただちょっと気分が高揚するだけだ」

「そっか。少しだけなら混ぜてもいいよ」


 大量に食わせてマジでごろにゃん状態になったら、その日は使い物にならなくなるしな。まあそんときゃそれを口実にサボればいいか。いつもの通り。


「さて、ご飯も終わったし」


 吉野さんが大きく伸びをした。そうすると巨乳が強調されるな。いい光景だ。


「そろそろ地図作り始める?」

「もちろんまだです。吉野さん」


 俺は即答した。


「まだ弁当にしてから四十五分しか経ってません。あと七十五分間は昼休みですから」

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