4-4 吉野さんの異世界ウエア選び。ついでに水着も

「お待たせ」


 待ち合わせ場所の駅前に、吉野さんが現れた。


「待ってませんよ。まだ約束の時間前だし」


 スマホのゲーム画面から、俺は視線を外した。っておい。


「か、かわいいっすね」

「そんなことない。私なんか全然ダメだよ」


 吉野さんの私服姿、実は想像もできなかった。なんせ会社ではビジネススーツの真面目人間だし。唯一私服っぽい姿を見たのは、例のボンデージだ。振れ幅大きすぎて、趣味がまったく予測できん。


「いやなかなかですよ。春っぽいし」


 目の前に立つ吉野さんは、白の簡素なワンピースに苔色のカーディガン姿。高原のお嬢さんといった出で立ちだ。二十八歳の管理職の趣味としてはどうなんだって気もしないでもないが、まあ今日はオフの日だし、そう悪くもない。少なくともボンデージよりは。


 あれ、どこで買ったんだろうな、マジ。


「今日はごめんね。服買うのに付き合わせちゃって」

「いえ全然OKです」


 今日は吉野さんの異世界ウエアを選んで買う。いつぞやの約束を果たすってことさ。


 休日の貴重な妄想タイムを邪魔されるのは痛いが、異世界での相方の戦闘力に関わることだ。おろそかにして命など失っては元も子もない。


「でも、平くんと一緒に、どうしても買いたかったんだ」


 吉野さんは、なぜか眉を寄せた。


「だってこのあいだのあのパーティーに」


 どうやら先日のゴブリン入りライバルの話だな。


「馬鹿にされたの、私が場違いな格好してたからもあると思うの」

「いやあいつは、元からそういう態度で来やがったし、たいして関係ないかと」

「ううん。そう感じるもん」


 珍しく、強く言い切った。


「だから平くんに、いいもの選んでもらおうかなあって」

「はあ……」


 まあいいことだな。とにかく前向きなのは確かだ。


「じゃあ、さっそく行きますか」

「はい。よろしくお願いします」


 ぺっこり <頭を下げた音……はしないか


 必要なのは、動きやすい奴。起伏に富んだ地形を踏破するためだ。戦闘時の身体保護やアイテム保管に優れていれば、なおいい。


 そんなわけで、俺んちの近所の「割とガチ系」アウトドアショップへと向かったわけさ。


「どのような用途ですか」


 ウエア売り場に踏み込むと、店員が寄ってきた。用途から聞いてくるあたり、ガチだろ。


「そうねえ。火炎弾を入れる大きめポケットは欲しいかも。できれば、槍とかで突かれたときに多少は防いでくれる奴。防刃性ぼうじんせいって言うの? あれ」

「か、火炎瓶ですか?」


 いかん。店員ドン引きしてるし。吉野さん、もうちょい考えようよ。


「ミ、ミリタリーショップに行かれたほうが」

「いえ、それ勘違いで。基本、軽登山まで行かないくらいの、ちょっとした高原歩き程度です」

「なるほど」


 あからさまにホッとしてるなw


「春から夏のウエアでよろしいですか」

「そうですね。冬はまた別途考えるんで」

「それでしたらソフトシェルのレイヤーで、小雨や霧程度まで対応できるのがいいでしょう」

「ソフトクリーム? コスプレイヤー?」

「は?」

「こっちの話です。――吉野さん、しばらく任せてください」

「……うん」


 店員のアドバイスを元に、数着のインナーとアウターを選んだ。基本、重ね着で運用して、気温によって脱いで調節する。


「サイズを見ましょう。吉野さん、試着してください」

「うん」


 ヘンな発言で恥かいたってわかっているのか、妙に素直だな。とある野望に向け、俺は心を強くした。


「好きな色でいいわよね。敵から隠れる迷彩とかじゃなくて」

「もちろんです。そもそもランダムエンカウントなんで、隠れて進む意味ないし」


 店員が聞いているのでハラハラしたが、もう店員、吉野さんの謎発言はスルーすると決めたみたいだ。特に反応はない。


「じゃあ、かわいい色がいいな。これと……これ。あとこれも」


 大量の色違いをガバっと抱えて試着室に入るあたり、やっぱ女子だな。ちゃんと、それぞれサイズが違うのを選んでいるところは、偉いというか頭がいい。それなら一度の試着でサイズと色を選べるからな。


 試着室のカーテンがもそもそ動いている。中では吉野さんが下着姿になっているはず。どんな奴だろうか。あのワンピースからして、お嬢様っぽく、清楚な白レース。いや地味なベージュってのもありうる。性格からして。


 それかボンデージの意外性から考えるに、まさかの悩殺女王様系の黒スケとか……。うーん謎だ。


 などと例によって得意の妄想に耽っていると、カーテンが開いた。


「じゃじゃーん。どう、平くん」

「お、おうふっ!」


 ――胸でかっ!


 狭い試着スペースでポーズを取る吉野さん。体に密着する菜の花色のシンプルなハイネック・インナーだから、スタイル丸わかりじゃん。なんでこの逸材を、我が社の独身連中はほっておいたんだろ。多少ポンコツ気味でも仕事ができてこの胸なら、問題ないどころか大当たりだろ普通。


「に、似合わない?」

「んなことない。悩殺、いえ瞬殺。もとい似合いすぎです」

「ほんと? ならこれにしようかな。サイズどう。ちょっと小さすぎる気がするけど」


 たしかに「一部は」小さすぎるw


「いえいえ最高で。毎日見られるなんて夢のよう。いえ動きやすくていいなってことでひとつ」


 自分でもなに言ってるからわからないが。これでいい。なにせ見て楽しめるw


 それに真面目に考えても大きな問題はない。たしかにジャストサイズだが、これアウトドア用だからストレッチ性があるし。


「平くんが決めたなら、サイズはこれでいい。毎日着るものだから、色違いで何枚か買うね、洗濯が間に合うように」

「そうですね。ちょうどいいから、その上にアウターを合わせてみましょう」

「うん」


 それからしばらく、吉野さんのファッションショーが続いたよ。スタイルよくてなんでも似合うから、店員も仕事忘れて見入ってたし。


 あと山ガール御用達みたいなボトムを選ぶ。ふんわか系山ガールだと夏に向け七分丈にアウトスカートだったりするみたいだけど、俺達の仕事はもう少し現業系だから、転んでも大丈夫な頑丈な布地のものに決めた。


 ボトムは、多少かっこ悪くても作業服屋かそれこそミリタリーショップで選ぶのがいいかもな。暇見ていずれそっちも覗くことにしよう。


 こうしてウエアを決めて、さらにハンティングベストを購入した。これはポケットが大量に設けられた頑丈なベストで、ウエア上から装着して、吉野さんのアイテム入れ兼防具として用いる。


「靴はどうしますか」


 頃合いを見て、店員が声をかけてきた。


「お願いします」


 なにせ初日はハイヒールで異世界を歩き回った(八十歩だが)猛者だ。靴もきちんとした奴買わないと、話にならない。


「じゃあゴアテックスのトレッキングシューズあたりですかね」


 防水透湿でくるぶしまでしっかり保護する頑丈な山歩き用のスニーカーだ。キャラバンシューズとして知られているが、それは商標なので一般にはトレッキングシューズという言い方になる。


「さて、ひととおり買い終わったし、お礼に、ウチでご飯でもどう?」


 会計待ちの間に、いきなり吉野さんに誘われた。


「メシですか」

「うん……。レ、レナちゃんと一緒に。……ダメかな」

「いえうれしいですが、お礼ってことなら、今日は別のほうが」


 飯よりなにより、今日の俺には優先すべき「野望」がある。


「あらなに? 平くんのお願いだったら、私、なんだって――」

「水着買いましょう」

「は?」


 絶句してるな。


「そ、それは……」

「水着っす。もうすぐ湖に着くでしょ」

「そりゃそうだけど」

「いえ今、昼休み二時間だけど、ダベるだけってのも芸がない。午前中にけっこう汗かくから、昼休みに水浴したら気持ちいいと思うんですよね」

「そ、そうかな」

「そうそう。もう絶対そう」

「髪乾かしたり手間じゃない?」

「そんなに深く入らないんで。体漬けるだけだから」

「はあ」


 敵に考える隙を与えないよう、俺はペラペラと連続攻撃に入った。とにかく買わせちゃえば勝ちだ。買ったってことは、「着る」を認めたことになるから。


 で、一時間後、スポーツ用品店から出てきた吉野さんの手には、水着入りのショップバッグが提げられていましたとさ。


 野望達成!


 タマ用の奴も適当に見繕っておいたし、異世界でサボる楽しみが、またひとつ増えたな。

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