1-2 吉野さんとの関係がバレた!?

「平くん」


 謎の飲み屋「salon moon」で、経理担当役員の永野が口を挟んできた。厳しい顔つきだ。


「私が聞いてる情報とは違うな。……君は副社長を舐めてるのか」

「いえ……そんな」


 いかんあっさりバレた。永野の奴、うすらハゲのスケベじじい然としてるが、思ったよりヤバい奴かも……。


「別に嘘なんか……。なんのことです」


 とりあえず探り針を打つ。「どこの部分」について嘘と思ってるのか、まずは調べないと。


「私の知るところ、君は結構な大怪我だ。社員としては大怪我を喧伝したほうが得なはず。業務上の労災だからな。なのになぜ隠す」


 はあこっち方面か。ならまだマシだわ。誤魔化せる。


「大怪我ってほどじゃないですね」


 無理やり笑顔を作った。


「それなら数日休みくらいで会社出られませんよ。俺そもそも入院すらしてないし。ほら……」


 怪我した側の腕を回してみせた。皮膚が引き攣れてまだちょっと痛むが、そんなこと言ってる場合じゃない。


「怪我したのはごく最近ですよ。大怪我なら、こんなことできないでしょ」

「……そうか」


 それきり黙った。難しい顔で、シャンパンを飲む。例の「あかね」とかいう女が、黙ったまま注ぎ足してやっている。


「誰から聞いたのか知りませんが、大げさなことを言う輩は、信じないほうがいいですよ」


 やんわりと釘を刺しておく。


 ……にしても永野、どこで俺の大怪我のこと知ったんだろうな。


 いちばん考えられるのは、例の嫌味な転送担当者か。あいつ、俺がエルフ治療布でぐるぐる巻きになって戻ってきたの、見てるからな。あそこから直、ないし誰か経由で永野まで情報が流れたってのは、充分考えられる。


「まだある」


 永野が唸った。


「平くん、君は吉野くんとどういう関係なのかね」

「どうって……」


 グラスを取って、俺も酒を飲んだ。味なんかしないが、とりあえず考えないと。


「うまいっすねーこれ」


 ほっと息を吐いて心を落ち着かせてから続けた。


「ちょっと喧嘩しましたが、俺と吉野さんはいい関係ですよ。異世界で地図作製するなら、ベストのパートナーです」


 この間副社長にも突っ込まれた部分だ。社長の指示で、役員連中を前に喧嘩芝居を打ったわけだが、薬が効き過ぎたな。


「夫婦喧嘩じゃないのか」


 なんだこれ。どういう意味だ。……まさか「知ってる」のか。


「たしかに俺と吉野さんは、業務上では夫婦並にベストパートナーです。だから喧嘩が目立ったのかもしれませんね」


 意図を探るために、微妙に話をずらしてみる。


「そういう意味じゃない。君は吉野くんと個人的な関係があるんじゃないのか。深い関係が」

「はあ? なんのことです」


 笑い飛ばそうとしたが、笑えなかった。嘘笑いなんかしたら、一発で見破られて逆に怪しまれる。代わりに思いっきり首を振って、表情を読まれないようにした。


「それ、大怪我説と同じですね。永野さんは、早とちりの情報源をお持ちのようだ」


 とにかく言い逃れしないと。脇に汗がつたったが、それどころじゃない。


「吉野さんは理想の上司です。女性としても魅力的だと思いますよ。……でも俺にもプライベートはある。俺、彼女いるし」


 嘘じゃない。吉野さんという彼女がいる。わざと誤解される言い回しをしただけで。真実だから、本当らしくは聞こえたはずだ。


「他に恋人がいるんだな」

「ええ」


 これも事実だ。「他にも」いるからな。レナやタマ。それにケルクスもそうだし。まだ関係こそ持ってはいないものの、トリムだって。


 ……にしても永野、これ当てずっぽうなのか。それともなにか情報を握っているのか。


 黙ったままゆっくり酒を飲んで間を置き、考えた。


 ふたりの関係は、うまく隠し通してきたはずだ。一緒には帰らないし、出社もずらしている。それに俺はボロアパートにもまだ家賃を払っているし、たまにはそっちにも泊まってる。


 旧三木本Iリサーチ社、つまり雑居ビルの吉野組出島では、俺が少なくとも週一で盗聴器チェックをしている。機材を買い込んであるからな。盗聴電波探知の。


 本社経営企画室の俺や吉野さんの個室では、プライベートな話はしないし。


 異世界に行かない日はふたりでランチ食ったりしてるから、そこでも見られたか。……でもそんなん、普通の上司部下がやることだしなー。否定すれば、笑い話で済むはず。


 それに、役員会議の真っ最中に、吉野さんとの喧嘩芝居をしたからな。あれで副社長に呼び出されて、ふたり仲良くしろとか説教されたわけだもんな。今、役員から見たら、俺と吉野さんは「なんか仲悪くなってたけど、最近やっと関係修復しつつあるところ」に見えているはず。


 なのになんで個人的な関係があると突っ込んできたんだ、こいつ……。


「いや本当においしいですね、この酒」

「誤魔化すんじゃない」


 低く唸ると、永野はほっと息を吐いた。


「……ならまあいいか。そういうことにしても」

「そういうこともどういうことも……」

「平くんにひとつ貸しだ」


 柔らかな革張りソファーに深く体を沈めると、嫌な笑いを浮かべている。


「貸しもなにも……」

「いや、貸しだ。いずれ払ってもらう」


 強く言い切る。こいつ……やっぱりなにか知ってるな。しかも匂わせただけで深くは突っ込まないとか、嫌な奴だ。脅し方、うまそう。


「もう止めとけ、永野」


 見かねたのか、副社長が口を挟んできた。


「平くんも言ったように、誰にだってプライベートはある。君も私も同じだろう」


 腿に置いていた手を離すと女の背中に回し、抱き寄せた。そのまま胸を揉む。


「……これは参りました、副社長」


 狡猾そうな笑みを、永野が浮かべた。


「たしかにそうですな。……この場所のことは家内には言えないし」


 永野が目配せすると、あかねという女が、手を上げて振った。副社長に胸を揉ませたまま。なんだよ副社長、この店を永野に紹介されて、すっかり籠絡されてるじゃん。女接待漬けにされて。苦労人だから、甘い誘いに弱いんだな。


 なんたって副社長はそもそも、商社としては傍流の資材部出身。続いて海外の小さな孫会社をたらい回しになったから、本社内に人脈を広げられたはずもない。それでいて副社長まで成り上がったんだからな。相当の苦労人だわ。


 ウチの会社で副社長は上がりのポジション。もう社長の目こそないものの、傍流からの出世としては奇跡みたいなもんだろ。


「おまたせー」


 また女がぞろぞろ戻ってきた。しかもひとり増えている。俺達三人をそれぞれふたりずつで囲んで。


「ねえ、もうお話、終わったんでしょ。トシちゃん」


 戻ってきた女が、甘い声で副社長にしなだれかかった。


「おう。半分くらいな」

「えーっ。まだなのぅ」


 不満そうな声だ。


「いいんだ。ここからは雑談だからな」


 副社長がその女にも手を回した。見ると、永野も女ふたりを抱き寄せてイチャイチャし始めている。両手は触るのに忙しいからだろう。女がグラスを手に持って飲ませてやっている。


「君も遠慮するな」


 副社長の声を合図に、女がふたり、俺に体を押し付けてきた。先程俺についていたふたりだ。


「はい」


 仕方ないので、ふたりに手を回した。少しは接待されてる感を出しておかないとな。油断したフリをして、この永野とかいう狸を調べておかないと。思ったより怪しい奴だし。


 面倒なので胸を触ったりはしない。たしかにふたりとも美形だし、地味なほうは胸も大きい。だが俺には吉野さんやタマレナトリムといった、段違いの恋人がいるからなー。しかもみんな俺のことを慕ってくれている。俺のことを知りもしない夜の女なんか、多少かわいかろうがどうでもいいわ。


「この店、いいですねー。会員制ですよねきっと」

「どころか……」


 永野が苦笑いした。


「選ばれた人間しか使えない。君だって私や副社長のお供でないと入れやしない」

「へえ。永野さんは、どうやって入ったんです。俺も『選ばれ』たいですね」

「それは……内緒だ」


 口を濁した。怪しいわ……。


「俺にも教えて下さいよ、そのやり方」

「今度な」

「楽しみです。……ところで――」


 その後も話を続け、雑談を交えながら、永野を「掘り出そう」と努めた。


「ところで平くん」


 俺と永野のやり取りを瞳を細めて見ていた副社長が、急に割り込んできた。


「平くんは、これからはどう動くんだ」

「はい副社長。吉野さんの提案で、俺達は火山方面に進む予定です。特に危険な地帯ではないんですが、道中楽そうなので、距離は稼げそうです。俺達の踏破距離は、三木本Iリサーチ社の業績にプラスされる。楽な道を辿れば、補助金がたんまりもらえるって寸法で」


 例によってでまかせ半分で吹きまくる。俺の得意技だ。


「なにかいい資源など見つかりそうかね。……君達は鉱物資源だけでなく、経営企画室ならではの新規資源を探っているとか」

「現地の秘密を解いて、奇跡を起こせる秘跡を手に入れるとか、吉野くんが役員会議でぶち上げていたしな」


 永野が口を挟んできた。くっくっと笑っている。


「魔法にも思えるくらいの、世界を変えるものとか言ってたな」


 嫌味たらたらで口にする。


「はい。見つかるといいなと思います」


 馬鹿に見えるような返事をした。


「でも期待薄ですね。永野さんがおっしゃるように、奇跡みたいなものなので。……だから俺達、踏破距離稼ぎを第一に動いてます。奇跡とかなんちゃらは、あくまでおまけですね」

「どんなものを想定しているのかね」


 今やもう女の首筋に唇を這わしている副社長が、俺を横目で見た。いや愛撫のついでに質問かよw


「よくわかりません」


 失笑されるかと思ったが、副社長に睨まれた。抱いていた女を、永野が突き放す。


「平くん、副社長にそんな口の利き方があるかね。具体的に言い給え。君も鉱物資源商社の商社マンだろう」


 ……永野。本当に嫌な奴だな。逃げ道ひとつも作ってくれないのかよ。




●年内更新最後です。次話は1/3くらい公開の予定

皆様良い年をお迎え下さい

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