1-3 ピロートーク
「それで平くん、これからはどう動くんだ」
「はい副社長。吉野さんの提案で、俺達は火山方面に進む予定です。特に危険な地帯ではないんですが、道中楽そうなので、距離は稼げそうです。俺達の踏破距離は、三木本Iリサーチ社の業績にプラスされる。楽な道を辿れば、補助金がたんまりもらえるって寸法で」
「なにかいい資源など見つかりそうかね。……君達は鉱物資源だけでなく、経営企画室ならではの新規資源を探っているとか」
「現地の秘密を解いて、奇跡を起こせる秘跡を手に入れるとか、吉野くんが役員会議でぶち上げていたしな」
永野が口を挟んできた。くっくっと笑っている。
「魔法にも思えるくらいの、世界を変えるものとか言ってたな」
嫌味たらたらで口にする。
「はい。見つかるといいなと思います」
馬鹿に見えるような返事をした。
「でも期待薄ですね。永野さんがおっしゃるように、奇跡みたいなものなので。……だから俺達、踏破距離稼ぎを第一に動いてます。奇跡とかなんちゃらは、あくまでおまけですね」
「どんなものを想定しているのかね」
今やもう女の首筋に唇を這わしている副社長が、俺を横目で見た。いや愛撫のついでに質問かよw
「よくわかりません」
失笑されるかと思ったが、副社長に睨まれた。抱いていた女を、永野が突き放す。
「平くん、副社長にそんな口の利き方があるかね。具体的に言い給え。君も鉱物資源商社の商社マンだろう」
……永野。本当に嫌な奴だな。逃げ道ひとつも作ってくれないのかよ。
俺はこっそり溜息を漏らした。
「鉱石の一種です。……こっちの世界にはない、有用な」
「ほう」
副社長も、女を離した。俺に向き直る。
「どう有用なのだね」
「資源になるというより、特殊な効果を持つとかですね。……たとえば身に着けると心が落ち着いて、癒やしの効果があるとか」
「興味深い」
仕方ないので、嘘ではあるが、ちょっとだけ踏み込んでやる。実際は俺の寿命を回復させるアイテムを探してるだけだが。鉱石は嘘だが、他にも各種の珠とかソロモンの聖杖とかの超自然的なアイテムが、実際存在してるからな。
「そんな鉱石が存在すると」
「向こうの伝説ではそうです。ご存知のとおり、そもそも現実世界の妄想が凝り固まったのが異世界。なので現実世界での人類の願望が、異世界で実体化されているのは、充分考えられることですから」
「なるほど。……ヨシダ博士も、そのようなプレゼンをしていたな。数年前」
マリリン博士な。両親の死で日本に帰化した頃の話かな。異世界事業のために彼女を口説いて東大生産研から引き抜いたんだろうし。
「……さて、お遊びは終わりだ。部屋に入るか」
「いいですね。副社長」
永野が満面の笑みを浮かべた。
「私は今日はこいつで……」
左隣の女の手を、永野が握った。
「副社長はあかねですか」
「もちろんだ」
また肩を抱いてるな。
「では……」
ふたりが立ち上がった。
「平くんも、どちらかを選べ」
両隣の女が、俺を熱い瞳で見つめてきた。
「部屋が用意してある。存分に楽しみ給え」
「あの……」
「なんだ選べないのか。なんならふたり一緒でもいいぞ。……なあ永野」
「平くんも好き者だな」
永野に笑われた。
「俺、帰ります」
「そうはいかん」
永野にまた睨まれた。
「副社長の顔を潰す気か」
「いえそんな……」
考えた。副社長は、俺と吉野さんをいつでも更迭できる。この間は吉野さんを異動させようとしてたし。ここは馬鹿になり切って、ケツを舐めておいたほうがいい。
「ではこの娘を」
地味なほうを選んだ。
「えーっ。あたしじゃないのぅ」
派手なほうが不満の声を漏らした。
「気にするな。お前は俺が連れてってやろう」
好色そうな笑みを浮かべて、永野が女の手を引いた。
「わあ、嬉しい。さすがは永野さん。この坊やと違って、度量が広いわ」
チクリと俺に嫌味を残し、永野を引っ張った。
「早く行きましょ」
ふたりの女に引っ張られ、永野は奥のドレープの陰に消えた。続いて副社長も。
「さあ、あたしたちも行きましょ」
地味な女に手を引かれドレープをめくると、廊下があり、扉が並んでいる。なんだここ、店より広いんじゃないか、もしかして。
「あたしたちはこっちよ」
引かれて見ると、脇のほうにまた螺旋階段があって、上のフロアに続いている。てことは、少なくとも九階建てかよ。エレベーターは七階表示までしかないのに。
「忍者屋敷だな、まるで」
「でしょう。初めて来た人はみんな、驚くわね」
九階に上ると、やはり廊下と扉。ただこちらは、扉の数が少ない。
「ここよ」
手前の扉に案内された。
中にはソファーとローテーブル、それに小さな冷蔵庫がある。そしてなにより、大きなベッド。ガラスだかアクリルだかの仕切りの向こうは、普通にバスルームだ。
「ここは……」
なんだよ、まるでホテルじゃん。それもほんのりエッチ系の香りの。
「なにか飲む。こっちもいいお酒置いてあるよ。……それともビールにする。喉乾いたでしょ。いじめられて」
くすくす笑っている。
「ビールかな」
「はい」
俺にぴったり密着すると、ふたつのグラスにビールを満たした。
「改めて……」
グラスをチンと鳴らす。
「はじめまして。ココアだよ」
「ココアちゃんか……」
「本名。……キラキラネームね」
微笑んだ。先程は副社長と永野に責め立てられてたから女なんかろくに見てなかったが、改めて見ると、顔立ちはいい。それに胸が大きいし足も太めで肉感的。なのにウエストが細い。しかも結構若い。服が地味なだけでこの娘、超レベル高いだろ。
「いくつ」
「歳なんか聞く、普通」
また笑われた。
「学生だよ。どこかは教えないけど」
ぐっと身を寄せてくると、甘えるように俺の首筋に唇を着けてくる。
「ほら……」
俺の手を取り、胸に導く。俺はそっと手を離した。
「先にお風呂にしたい? なら流してあげるよ、体中」
「その前に聞くけど、あのふたりはどうした」
「そりゃ……決まってるでしょ。あたしたちと同じだよ。勝手に帰るから、あなたもここで好きなように過ごして帰ればいいの」
「勘定は。副社長が払うのか」
呼び出されたんだから当然とは思うが。
「なんにも知らないんだね」
笑われた。
「こういう場所は、その場でやりとりしないんだよ。後日、トシちゃんのところに請求書が行くから。適当な名目で」
「なるほど」
「だから気にしないで」
また手を取って、今度はミニスカートの奥へと誘う。
「平さんって、いい男だね。……なんというか、普通のサラリーマンと違うオーラを感じる。闘う男というか」
そりゃあな。異世界で毎日生きる死ぬやってるし。実際何度も死ぬような目に遭ってるし。そんなオーラも生じるだろ。
「あたし、本気で好きになりそう。ここだって……もう……」
俺の手を奥へと導きながら、足を開く。
「あーいや」
下着に触れた瞬間、俺は手を引っ込めた。
「悪いけどさ、今日はそんな気になれなくて」
たしかにかわいい娘だけど、俺には吉野さんがいるしな。タマやレナ。それにトリムに最近だとケルクスまで。とりあえずそっちには困ってない。今日だって、なんなら部屋に戻ってから吉野さんと抱き合えばいいんだし。
「緊張してるの。……かわいい」
「そうじゃなくてさ」
「緊張で勃たないなら、お薬もあるけど。青い三角の奴」
バイアグラなんかいらんわ。むしろ持て余してるくらいなのに。
「もう帰るよ」
「あたしを選んでくれたんじゃないの。気が変わった?」
悲しそうに顔を歪めた。
「……なら嫌だけど、チェンジする? それでもいいけど」
「いや別に君が嫌なわけじゃないよ。ただ帰りたいだけ」
「それだとあたしが怒られちゃう」
「そうか……」
ありそうだ。ここだってまともな商売じゃないんだから、裏にどんな奴がいるか、わかったもんじゃない。
「ならしばらくふたりで話そう。一時間くらい経ったら帰るよ。ほら俺、早漏だからさ。一時間も持ったら奇跡だし」
くすくす。
「ありがと……。優しいんだね」
「話は好きだからさ」
「ならお願いだけど、ベッドに横になって話そうよ。服着たままでいいから」
「なんで」
「ベッドが乱れてないと、いろいろね」
「ああ、そういう……」
こういう商売も大変だな。ちょっと考えてOKした。別にそのくらいいいや。手を出すわけでもないし。
「あたしね、子供の頃の夢は――」
ふたり横になったまま、いろいろな話をしたわ。なんだか奇妙な時間だったけど。子供っぽいのか大人の時間なのか、さっぱりわからない感じで。
こんな晩が、たまにはあってもいいよな。
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