1-4 怪しい役員を整理する

「始めるか」


 三木本商事本社ビル十八階、経営企画室。専用個室で、俺は個人的な資料をデスクに広げた。


 昨日副社長に呼び出されて赤坂の謎ビルで女接待をかわした。あの場にいた永野って役員が、どうにも気になる。改めて、三木本Iリサーチ社を乗っ取った八人の役員について、立場や状況を整理しとこうってわけよ。


 社長の依頼を受け、すでにほとんどとは個別に面談してある。各人の社内経歴を印刷した用紙を、俺は見つめた。




■一 金属資源事業部事業部長


 川岸の古巣の事業部長だ。こいつは川岸の裏切りを知り、俺と協力して黒幕を炙り出す動きを始めている。煙幕の可能性は薄く、おそらく黒幕ではない。


 それに自分のスパイと思い込んでいた川岸を、反社長派の黒幕に操られていたんだ。反社長派でもないし、おそらく今後誘われても寝返らないだろう。恨みがあるからな。


 そもそも社長レース本命のひとりだし、わざわざ社長を引きずり下ろす動機にも欠ける。役員の中では若いしな。現社長があと二期ほど続投するのを、待てないわけはない。


――黒幕可能性五% 反社長派可能性五%――


 と、赤ペンで書き加えた。



■二 システム開発・外販室担当役員


 俺のダイヤ問題を社内で問題にした阿呆。社長の小間使をやっている俺の弱点を問題視したんだ。まず間違いなく反社長派だろう。実際、俺が面談したときも居心地が悪そうだった。俺みたいな若い奴に感情を隠し切れないってのは、小物の証。つまり黒幕とは思えない。


 俺はペンを取った。


――黒幕可能性〇% 反社長派可能性九十%――



■三 オルタナティブ資源開発事業部事業部長


 接触したときの感触に、不自然なところはなかった。黒幕だとしたら、なかなかの狸だ。


 そもそも各種新エネルギーや代替肉事業など、新規分野にえげつなく鼻を突っ込む部署だからな。異世界案件に手を出してきても不思議ではない。単に欲で絡んできたようには思える。


 ただ目端の利く奴じゃないとあの事業部では出世できない。こいつもそうだろうから、反社長派が優勢になれば、あっさり寝返るだろう。


――黒幕可能性二十% 反社長派可能性三十% 裏切り要注意――



■四 貴金属・レアメタル事業部事業部長


 こいつも、接触したときの感触はおかしくなかった。


 異世界調査を始めたのはそもそも鉱物資源狙いだから、Iリサーチが絶好調とわかってからあわてて触手を伸ばしてきたってとこ。自然だし、言っちゃえば間抜けだ。反社長派の小物という可能性はある。


――黒幕可能性五% 反社長派可能性三十%――



■五 途上国権益探査室 室長


 面談時は友好的だった。ただ妙に滑らかに口が動く。演技っぽいんだよな。なんとなく怪しい。


 役員のひとりだが肩書は室長だし、社長になれるとしても遠い。その意味では、黒幕の可能性……というか陰謀を練る蓋然性がいぜんせいは高い。


――黒幕可能性二十五% 反社長派可能性三十%――



■六 労務担当役員


 人事畑でキャリアを積んできたプロパー社員で、そもそも三木本Iリサーチのような海千山千子会社の役員兼務を希望する事自体が場違いで怪しい。いくら予想外の業績を上げたとしてもだ。


 とはいえ面談時に俺が焚き付けたため、川岸を更迭してナイジェリアに飛ばしてくれた。黒幕なら自分のスパイをあっさり切るだろうか。無能とわかって飛ばしたって線はある。だが異世界に足場を持っているのは俺のチーム以外は川岸山本のふたりだけ。なら降格こそすれ、異世界チームから外すとは思えない。新たに配属された栗原が実は黒幕の手駒だってんなら別だが、それは考えにくい。その意味で、反社長派かも微妙だ。


――黒幕可能性五% 反社長派可能性十%――



■七 経理担当役員


 昨日、副社長との面談の場にいたおっさん。入社以来、経理畑一筋のプロパーだ。八人の乗り込み役員のうち、一番業務が遠い。なんで経理のおっさんが異世界にくちばし突っ込むんだよ。


 おまけに俺と副社長との密談をどこかで嗅ぎ付けて割り込んできた。真面目そうな経歴の割に、あのエロ飲み屋を紹介したとかで副社長を籠絡してるし。


 つらつら考え合わせると、八人のうちでダントツに黒幕臭い。昨日の経験で特にそう思うようになったわ。


 昨日の経験を経て考え直してみると、そもそも商社の経理マンなんて、社長になれるわけがないしな。まず当たり前に営業役員の社長就任が普通だ。一時的な繋ぎの社長としては、財務とか銀行からの落下傘役員だな。業績が傾いたとき、財務面で会社を立て直す、ワンポイントのリリーフピッチャーとして。


 普通じゃ社長になれない筋だからこそ、陰謀でその座を狙う動機がある。怪しい。


――黒幕可能性五十% 反社長派可能性八十%――



■八 ミキモト・インターナショナル プレジデント


 海外事業を統括する海外子会社社長。なんせほぼ海外の孫会社を飛び回っているので、こいつだけは会えていない。そもそも口実にする用事もないんで、ウェブ会議ってのも申し込みにくいし。面談なら適当に「ご挨拶」とか言っとけば会ってくれるからな。なんせ俺はシニアフェローにまで出世してるし、社長の手駒だと役員全員が認識してるし。


 だがまあ、俺はシロと踏んでいる。なんせ次の社長というより次の次くらいだろうが、社長レース本命のひとりだ。わざわざ社長を追い落とす動機に欠ける。


 ただ反社長派が数的有利を獲得した上で近づいてくれば、転ぶ可能性はある。次の権力者に媚を売っておかないと、やがて来たる自分の社長レースに不利だからな。どうせ次の社長はないんだから、誰が次になろうと関係ないと考えるだろうし。


――黒幕可能性五% 反社長派可能性十% 裏切り要注意――



「ここまでで八人か……」


 思い立って、俺はもうひとり書き加えた。



■※ 最高財務責任者


 当初、俺はこいつが黒幕だと思っていた。川岸が「かわいがってもらっている」と公言していたし、俺と吉野さんの異世界事業に、会議でやたらと噛み付いてきたからな。


 それにこいつは、三木本商事メインバンクたる三猫銀行から転籍してきた落下傘役員だ。外様だから、平時なら社長になれっこない。つまり陰謀で役員多数を握り、現社長を追い出して後釜に座る動機はある。


 だが俺に接触してきて、互いに三木本商事を良くするように手を握ろうと言ってきた。もちろん黒幕の煙幕の可能性はあるが、あのときの態度やなんやかやを考え合わせると、おそらくシロだと思える。


 警戒しつつも俺は、こいつとは接触を保っている。重要な秘密を漏らさなければいいだけの話だからな。ある程度の情報を提供しながら、こいつの情報で俺も三木本商事で陰謀を企む連中を炙り出せる可能性があるし。


――黒幕可能性十五% 反社長派可能性二十%――



「さて……」


 コンビニで買ってきたカップコーヒーをひとくち飲むと、評価部分だけ眺め直した。



一 金属資源事業部事業部長

――黒幕可能性五% 反社長派可能性五%――


二 システム開発・外販室担当役員

――黒幕可能性〇% 反社長派可能性九十%――


三 オルタナティブ資源開発事業部事業部長

――黒幕可能性二十% 反社長派可能性三十% 裏切り要注意――


四 貴金属・レアメタル事業部事業部長

――黒幕可能性五% 反社長派可能性三十%――


五 途上国権益探査室 室長

――黒幕可能性二十五% 反社長派可能性三十%――


六 労務担当役員

――黒幕可能性五% 反社長派可能性十%――


七 経理担当役員

――黒幕可能性五十% 反社長派可能性八十%――


八 ミキモト・インターナショナル プレジデント

――黒幕可能性五% 反社長派可能性十% 裏切り要注意――


※最高財務責任者

――黒幕可能性十五% 反社長派可能性二十%――



「黒幕として怪しいのは、経理の永野。九人のうち反社長派の可能性高めなのが、五人ってところか」


 結構もう反社長派らしき奴がいるな。可能性五十%超えは確実に反社長派と想定する。さらに三十%以上怪しい奴では、半数が反社長派と仮定してみる。計算するとここで挙げた役員九人のうち、合計三、四人程度はすでに反社長派と考えていい。つまり役員のうち四割はすでに切り崩されている。


 三木本商事の取締役は、こいつら含め、全部で十一人。あと取締役ではない執行役員が十人ほどいるから、役員は合計二十一人だ。執行役員にも、反社長派の切り崩しがあるはずだが、取締役会の構成役職ではない。なので、社長解任動議には無関係。


 取締役会で代表取締役社長解任決議を発案すると脅し、取締役会の前に社長を自ら退任に追い込むとしたら、取締役十一人の過半数、つまり六人は確保しておかないとならない。


「てことはあれだなー。推察精度を上げるため、二周目が必要だな、調査の」


 はあー……。


 思わず溜息が出た。異世界で忙しいのに、もう一度段取り組むとか、メンドくさいわ。


「もうこれ社長追い出すかな。俺が率先してw」


 そしたら楽だからなー。


「ま、冗談だが。俺のゴリ押しに渋々付き合ってくれる社長が、今の後ろ盾だ。あのハゲが消えたら、俺と吉野さん、いよいよ異世界チームから外されるだろうし」


 またコーヒーを飲んだ。


 まあいいや。今すぐに反旗を翻すってこともないだろうし。ゆっくり探るわ。異世界で遊びながらな。


「ねえ平くん」


 個室のドアが開いて、吉野さんが顔を覗かせた。いつもながらかわいい。なんというか、年上なのに新人感がある。


「はい」

「ランチ行こ」

「いいっすねー。腹減ってきたし」

「なんか新しいカレー屋オープンだって。カレーもサラダもケバブもブッフェなんだよ」

「決まりだ。……ちょっと待ってて下さい」


 書き込んだ資料を、複合機でスキャンしてPDF化した。そのファイルは俺個人のクラウドにアップロードして、ローカルからは消しておく。元資料はシュレッダーで裁断した上で、個人情報保護用ポストに放り込む。専門業者が週一で回収して溶解する奴だ。これで情報漏れはあり得ない。


「じゃあ行きましょうか、吉野さん」

「今ならまだ混んでないから入れるよ」


 まだ十一時ちょいだ。俺も吉野さんもシニアフェロー。事業部長同等の扱いだ。別に十二時から十三時に飯と決められてるわけでもないからな。なんなら一日三回飯食ったって、文句言われる筋合いもない。


「じゃあ先に出ていて下さい。エントランスのソファーあたりで合流ってことで」

「う、うん。わかった」


 ちょっと不思議そうな顔になったが、頷いてくれた。


 昨日、俺と吉野さんの仲、疑われたばかりだからな。社内でベタつくのは、しばらく控えたほうがいいだろう。


 吉野さんが消えて五分ほど経ってから、飲み終えたコーヒーのカップをリサイクルボックスに放り投げ、俺はオフィスを出た。




●今回ちょっと長くてすみません。ほぼほぼ陰謀関係の話題だったので、堅っ苦しかったですかね……。

次話は新月。ダークエルフの里、平を待つケルクスの元にひとり、約束の通いづまする話です。そちらで口直しをぜひ。

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