1-6 クリスマスイブの晩餐

「美味しそう」


 トリムの瞳が輝いている。無理もない。テーブルに並べられたキラ星のように多彩な晩飯を見ちゃあな。温泉で活性化されたのか、腹もちょうどよく減っているし。


 予定通りひとつの部屋に全員分の飯を持ってきてもらって、これから始めるところだ。


「和食って、きれいよねえ」


 頬に手を当てて、吉野さんもうっとりしている。


「一応、懐石っぽいですね」

「たしかにそうね」


 頷いている。


 部屋飯だから一気に出される。それもあって厳密な懐石ってわけじゃないけど、一応懐石のコース内容にそこそこ沿った内容だ。料理を記した品書きも置かれているし。


「まず先付け相当が、笹かまと梅肉、クリームチーズの和え物ですね」

「笹かまはこのあたりの名物だから出てくるのは当然よね。でも梅肉はともかく、クリームチーズと和えるとは思わなかったわ」

「どんな味だか楽しみですね」

「ええ」

「お凌ぎっぽいのはないけど、お椀としては――」

「もういいでしょ、平。早く食べようよ」


 トリムに睨まれた。


「わかったわかった。んじゃあお前、みんなにビールついで回れ」

「うん」


 秒速で瓶ビールを注いで回る。早く食べたいんだろうが、キラリンも参戦してるな。


「はい終了」


 もちろん自分の分だけは、持ち込んだなんちゃってビールだ。


「かんぱーい」

「勝手に始めるな」


 ってもうぐいぐい飲んでるし。隣でキラリンも喉鳴らしてハモってるがなw


「まあいいか。飲みましょう」

「そうね」


 小さなビアタンを手に取ると、吉野さんがくいっと飲む。浴衣と丹前の隙間から胸が伺えて、なかなか色っぽい。


「ふう。おいしい」

「部屋がんがんに暖房利いてるし、窓の外の雪を見ながら冷えたビールとか、最高ですね」

「そうよね」

「ねえご主人様。料理の説明してよ」


 テーブルに立ったレナは、周囲に並ぶきれいな皿の数々に、興味津々のようだ。


「懐石料理のお椀相当が、冬瓜とうがんと湯葉のすり流しだな」

「すり流し?」

「ああ。ちょっと食ってみるか」


 冬瓜を小さく切って口に運ぶ。濃厚な出汁の香りが広がった。


「こりゃうまい。出汁強いな」

「しっかりした和食の板前さんが出汁取っているのね」

「ええ、吉野さん」


 出汁は和食の勝負どころだからな。椀物には職人の実力が出るから、特に気合いを入れる店が多いって聞くし。


「それでなレナ、向付むこうづけとしてはこの刺し身だな。当然、松島湾あたりの地魚だろう。あと生牡蠣もあるな」

「へえ。おいしそうな貝だね。生で貝食べるの、ボク、初めてだよ」

「うまいぞ。潮の香りとミルキーな牡蠣の旨味が合わさって。あとで小さく切ってやるからな。ナイフも持ってきたし」

「頼むね」

「八寸相当は、細々した肴各種だろう。からすみもあるな」

「からすみってなに」

「ボラでしたっけ、吉野さん」

「そうよ。ボラの卵巣を加工した食べ物。お魚の卵ね」

「そうそう。味が濃くてチーズや奈良漬けのようにこってりしてる。だから度の強い焼酎とかにベストマッチ。珍味の分類だな」

「へえ。お肉もあるね」

「このあたりからがメインだな。焼き物は牛タンと仙台牛のステーキ。固形燃料で自分で焼くしつらえだ。小さな牡蠣の紙鍋もあるが、これは炊合せ相当だろう」

「鍋が紙でできてるんだね。直火で炙るのに、燃えないのかな」

「燃えないんだなあ、これが。紙の燃える温度まで上がらないから」

「沸騰は百度止まりだから?」

「そう。紙鍋は清潔感があって、見た目も華やか。きれいだろう」

「うん」

「そんで飯は、鮭といくらの腹子飯だな、これ」

「豪華だよねー」


 きれいな木桶に輝くようないくらと朱色の鮭が散らしてあるから、華やかで美しい。


 これは大きな木桶に全員分を作ってきてくれた。勝手に取り分けて食べろってことだろう。あと赤だしと香の物。


 水菓子、つまりデザートが変わってるんだが、氷ずんだだと。小型のかき氷マシンが持ち込まれて、自分たちでシェイブしてずんだペーストと好みで蜜を掛けて食べる。かき氷の白にずんだの緑で、どうやらクリスマスツリーを模していると思われる。


 氷ずんだはさすがに大掛かりなんで配膳のお姉様に聞いてみたが、この部屋だけの特別料理だとさ。さすがアップグレードされただけあるわ。


「という流れだな。懐石では順番に食べるんだ」

「へえ。……でも関係ないみたいだね、みんなには」

「そうだな」


 思わず苦笑いさ。そりゃあな、異世界の連中に、懐石の順番もクソもないよな。キラリンとトリムはもっぱら肴方面をやっつけつつ、ビール消化マシーンと化してるし。交互にぐいぐいやってるから、なんかロボットを見てるようだ。


 あぐらを組んだタマは、当然だが刺し身を秒速で片付けた。今は大桶はらこ飯の上っ側、つまり鮭といくらをあらかた自分の椀に盛って、がつがつ口に放り込んでいる最中だ。あれ、俺が食う頃には白米しか残ってないと思うわ。


 もともと着方が怪しい上に元気よく食い散らしてるもんだから早くも浴衣が乱れて、胸がちらちら覗いてるし。こぼしたいくらが張り付いてるから、どれが乳首だって騒ぎになってる。おまけにがっつりあぐらだから裾も割れて、パンツ見えてるし。


 ただ胸や下着が見えてても、全然色っぽくない。食い気しか感じない姿だわ。


 まさかタマがトリムより先に胸見せるとは思わなかったな。


 おっさん宴会丸出しのみんなの様子を、キングーはにこにこしながら眺めている。自分の分の刺し身は、タマにあげてるし。もともとほとんど食べないからな。それでもすり流しにはそこそこ箸を運んでいるから、気に入ったのかもしれない。


「まあ、私達はゆっくりやりましょ。……はい、平くん」


 吉野さんが俺のぐい呑みに木桶の氷で冷やした冷酒を注いでくれた。

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