1-7 クリスマスイブの晩餐2


「まあ、みんなそれぞれ楽しんでるみたいだし、私達は私達で、ゆっくりやりましょ」


 タマやトリム、キラリンあたりががっぽがっぽと飯を食いまくってるのを横目で見て、吉野さんが微笑んだ。まったりつまみを食べているキングーが異色の存在に見えるわ。


「そうですね、吉野さん」

「……はい、平くん」


 吉野さんが俺のぐい呑みに木桶の氷で冷やした冷酒を注いでくれた。人数多いんで、一升瓶でもらってある。それを酒器に移して冷やしてるわけよ。


「ありがとうございます」


 伯猫星はくびょうせい純米、生酛吟醸か。宮城の酒だ。この銘柄の純米吟醸は飲んだことあるけど、生酛きもとは初めてだな。東京で見かけたことはないから、多分地場消費で全部捌けるんだろう。楽しみ……。


 くいっ。


 口に含むと、吟醸らしい、爽やかな香味が広がった。続いてひねた香りが立ち上ってくる。さすが手間のかかる生酛造りの純米酒だ。力強い、複雑な旨味に加えこくがある。


「香りと旨味のバランスがいいですね」

「香りも派手すぎないから、刺し身の繊細な味を壊さないわね」


 吉野さんも気に入ったみたいだな。たしかに、磯魚は独特の臭みがあることも多いけど、ここの刺し身はそんなことないな。白身でもヒラメほどの旨味はないが、その分弾力があって、野趣溢れる感じだ。


「うん。からすみもおいしいよ、平くん」

「どれどれ」


 吉野さんに促されて、レナの分を切ってやった。それから俺も食べてみる。熟成されたチーズにも似た、濃厚な香りが鼻をくすぐった。


「こってりしてますねー。やっぱりこれ、焼酎ロックのがいいかも」

「この旅館の自家製ね、これ」


 たしかに、市販品のようにきれいには仕上がっていない。色もどんよりしているし形も潰れ気味だ。それでも味は一級品。てか、こんなにうまいからすみ、初めてだわ。そもそも普段自分で買うことないしなー。高いから。仕事絡みパーティーとかで摘むのが精一杯だったし。


「もう一杯、どう」

「ありがとうございます。……吉野さんも」

「うん」

「あとレナも飲め」


 持参のレナ酒器にも注いでやる。


 でもなんだなー。こうして吉野さんと差しつ差されつまったり飲みながら、元気に飯をやっつけていく使い魔連中を眺めてると、なんだか家族旅行に来てる気分になるわ。俺と嫁と、やんちゃ盛りのガキどもで。


「さて、そろそろ食うか」


 固形燃料に火を着け、ステーキと牛タンを焼く。ついでにもう牡蠣の紙鍋にも火を入れておくわ。あーちなみにタマは牡蠣鍋終わって、今は紙鍋をぺろぺろ舐めているところだ。


「牛タンって、おいしいね。ご主人様」

「そうだろ。こう、弾力があって、噛みしめるとじわっと旨味が出てきて」

「それも、肉とはまた違うのよね。旨味はあるけど、くどくないというか」

「ですねー。牛タン麦とろ飯とか、よく考えたと思いますよ。まさに最高のパートナーじゃないすか、あれ」

「何日も泊まるんだから、麦とろもそのうち出てくるかもね」

「あー、きっとそうですよ。どこかでランチとして食べてもいいし」

「そうね。一日中、宿にいるわけでもないものね」


 それに仙台牛ステーキ。あんまり期待してなかったが、なにこれめっちゃうまいんですけどそれは……。あんまり脂がしつこくなくて意外にあっさり、それでいて旨肉汁がじゅわっと……。焼いてる側から食べてるからかもな。


「牡蠣鍋もおいしい。味噌味が強いから、ステーキの後でも味負けしないし」

「ですねー」


 和食だと、途中で甘み挟んで味覚リセットもあるからな。でもこの味噌鍋なら、その必要はたしかにない。味噌もこれ、地場の品だろう。味噌というよりたまり醤油に近い、濃厚な味と香りが絶品だ。


 腹子飯あらため、腹子味のみ飯と赤だしをやっつける。


「そろそろデザートに行くか」


 見たところ、みんなほぼ食べ終わってるからな。キングーが手を付けなかった分も、使い魔連中がつまみにしてあらかた消化してある。


「待ってました」


 スイーツ大好きのトリムが叫んだ。なんちゃってビール結構飲んでるけど、まだ脱いでないだけ今日はマシだわ。


 クーラーボックスから透明の氷を出し、シェイビングマシンにセット。削った氷を、ガラスの器に次々盛っていく。隣で吉野さんが、ずんだペーストと蜜を掛けて全員に配布している。


「いっただきまーす」


 フライング気味に(てかまだ全員分配り終わってないから「気味」じゃなく、もろフライングか)、キラリンが匙を突っ込んだ。


「うん。おいしいよお兄ちゃん。これ、香りいいねーっ」


 目が輝いてやがる。トリムもそうだがお前、甘党か辛党、どっちなんだ。


「平くん、私達も食べよっ」

「はい吉野さん」


 吉野さんも女子。やっぱり早く食べたいみたいだな。俺が配り終わるまで待っててくれたんだから、優しいわ。


 ひとくち含む。しゃくっとした繊細な氷の感触がまずあり、ずんだならではの、豆の素朴な甘みと旨味が続く。この、甘いだけじゃなく深い旨味があるっての、あんこもそうだが、豆を使った和菓子の真骨頂だよな。


「糖蜜も味強いですね」

「なにが原料なんだろ」

「明日聞いてみましょう」

「そうね。お土産に買いたいな」

「いいですね。今回の土産、原資にダイヤ一個分、考えてますから」

「ふふっ」


 吉野さんは、くすくす微笑んでいる。


「そんなには買わないよ。欲しい物だけ、ちょっとね」

「みんなで食べるからねー。たくさん買ったほうがいいよ」

「レナの言う通りですよ、吉野さん。買ったものは送ってもらえばいいんですから」

「それもそうか。シロネコ宅配便様々ね」

「さあ平」


 突然、トリムが立ち上がった。


「お風呂の時間だよーっ」


 止める間もなく丹前と浴衣を脱ぎ捨てる。すっぽんぽんだ。胸だけでなく、下半身まで丸見えだし。無毛だからあれこれ見えてるしなー。


「さっき入ったろ」

「あれは漬かっただけだもん。ちゃんと体を洗ってもらわないと」

「わかったわかった。タマやキラリンと入って洗ってもらえ。俺は吉野さんとまだ飲むから」

「仕方ないなあ……」


 愚痴りながらも素直に言うことを聞いて、タマやキラリンの手を引っ張って、露天とは別の、部屋の内風呂へと消えた。


「にぎやかですね、皆さん」


 みんながいなくなったので、キングーが席を移ってきた。


「じゃあキングー、三人で飲もうや」

「はい」


 キングーのぐい呑に、冷酒を注いでやる。


「さて乾杯するか」

「ちょっとご主人様。ボクを忘れてるし」

「悪い悪い。レナもな」


 四人で乾杯した。とりあえず初日。あとはどちらかの部屋で雑魚寝するだけ。しっとりしたクリスマスイブだった。明日も朝からのんびりするわ。

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