2-4 どうせ底辺左遷社員。もう下はない。思いっきり社長を論破して気持ちいい
「もうちょっとビシっとしたスーツないの?」
いつもの安物よれよれスーツ姿の俺を見て、吉野さんが溜息を漏らした。
「これしか持ってないし。いいっしょ、ネクタイだけ締めとけば」
「そういうもんじゃないでしょ。これから社長に会うってのに」
「どうせ怒られるんでしょ。もっと成果を出せとか」
「それは……そうかもしれないけれど」
俺と吉野さんは、社長室脇の役員応接室で時間待ちさせられていた。社長の前打ち合わせが押してるのさ。
もうふっかふかの絨毯に高そうな内装。それに広い。当然社長室はもっと立派だろう。
あーもちろん、ここは俺達異世界子会社じゃないよ。あそこは貧相な雑居ビルの数室で社長室なんかもちろんない。なんせ補助金目当ての使い捨て子会社だからな。金かけるわけがない。
俺達がいるのは、本社よ。考えたら俺、入社以来、社長と直に話すの初めてだな。そりゃこっちは落ちこぼれの左遷社員だし、当然っちゃ当然。左遷されてから会うハメになったのが皮肉かってくらい。
「お待たせしました。社長室にどうぞ」
めっちゃかわいい社長秘書が顔を出した。くそっ。社長許せねえ。俺にもかわいい秘書つけろっての(暴論)
「失礼します」
想像通り豪勢な社長室に俺と吉野さんが入ると、デスクにふんぞり返ったまま眉を寄せ、パソコンの画面を睨んでいた男が、ちらっと瞳を上げた。無言でデスク脇のミーティングテーブルを示す。
俺と吉野さんがテーブルの下座に陣取り、秘書がお茶を持ってきてからも、まだなにかパソコン作業している。さらにしばらく待たされたあと、ほっと息を吐くと、社長が立ち上がった。
人を待たせるの、なんとも思ってないんだな。もう約束の時間、三十分も遅れてるのに。
俺達の向かいに座ったよ。くそっ。俺みたいなファッション音痴でもわかる、くそ高そうなスーツでやがる。俺にも高級スーツを(以下略)
「君が吉野くん、そして平くんだね」
「はい」
「知ってのとおり、我が社は『グローバルジャンプ21』を掲げて、七つの新規分野に進出中だ。これからの時代――」
さらに続くモットーの羅列を聞き流しながら、俺は、今晩レナになにを着せるか、得意の妄想に耽っていた。レナの奴、ちっこいくせに妙に色気づいてきて、添い寝の服を毎晩俺に選ばせるんだ。久しぶりに超露出の高い奴にするか。あれで抱きつかれるとあったかくて気持ちいいし。
「――どうだ、平くん」
「へっ?」
急に振られて、我に返った。ヤバい。なんの話かわからん。
「そうっすね。社長の言う通りです」
「は?」
社長が怪訝そうな顔になる。どうやら会話が噛み合っていなかったようだ。吉野さんに、肘でつつかれた。
「平は、社長のご指示に従うと言っているんです。つまり、異世界地図作りをさらに加速させるという」
「そうか」
悪そうな目で、社長が笑みを浮かべた。
「それなら安心だ。いや心配したよ。平くんはなにか考え込んでいるようだったから、反対なのかと」
「平は緊張していたんです。なにせ社長とお会いするのは初めてですから」
「それならいい。……先程も話したように、七つの新規事業で君達の異世界地図作りが一番成果を上げていてね、意外なことに――いやこれは失礼」
なんだこいつ。苦笑いしたくらいで許せるかっての。
「君は今、係長級だったね。いつか係長にしてあげよう」
やかましわハゲ。今すぐハンコ押せ。
とはいえまあ実際、四人パーティーを組んだことが功を奏し、あれから一か月で、俺達は初級エリアを怒涛の勢いで地図化していった。それもサボりつつだ。モンスターが出ない方向だけ狙い、気持ちのいい快晴の丘をピクニックしてただけさ。弁当食いながら。
たまに出るモンスターは、前衛ふたりと吉野さんのマジックウィード攻撃でさっさと潰す。あのあたりは似たようなモンスターしか出ないから、数度戦闘してコツさえ掴めれば、あとは楽勝だ。実際俺も、ケットシーに舐めてもらったのは、あのあと一度しかない。
「だが我が社は未曾有の危機にある。調子がいいからといって、このペースの維持に努めたらダメだ。倍々ペースでも足りない。毎週十倍の踏破距離を稼いで、補助金増額を勝ち取ってほしい」
おいおい。最後願望が出てるぞ。
「ご安心ください社長。平も私も、一丸となって必ずや社長の目標を――」
「いや待ってください」
思わず口をついた。吉野さんは真面目だ。このままでは滅茶苦茶な業務目標を押し付けられて言質を取られちゃうじゃん。それじゃあ「見張りのいない異世界でサボり放題しつつ異世界手当だけうまいこと稼ぐ」って俺の目論見が潰える。
「なんだね」
よれよれスーツの左遷社員が上司の会話をぶったぎって入ってきたので、社長が目をむいて驚いている。きっと周囲にはイエスマンしかいないんだろう。
俺は左遷の底辺社員。これより下にはなりようがない。社員である以上、クビにもできない。ならこっちに失うものはない。好き勝手、言わしてもらうわ。
「成果成果って、社長はなにが成果と思ってるんですか」
「そりゃもちろん、我が社が受注した地図作製の――」
「違うね」
「は?」
「社長が欲しい成果は、補助金だ。そうでしょ」
「この事業は、補助金が売上だ。当然だろう。地図作りを加速すれば、補助金――つまり売上が増える。幾何級数的にな」
「本当に地図作りを大事と思っているのなら、そもそもの目的だった鉱山発見とかを気にするはずだ。しかし俺達が見つけたミスリル鉱山とか貴重資源が取れるモンスターデータとかはゼロ。ただただ意味もないフィールドの地図を作っただけ。しかしその点を、あんたは一度も口にしなかった。しょせん俺達の地図なんかどうでもよくて、補助金もらう口実だけつけたいんだろ」
「た、平くん……」
吉野さんが真っ青になっている。
「君は私にたてつくのか」
睨まれた。
「いえとんでもない。楽な調査で補助金を取れるだけ搾り取るって社長の考え、俺も賛成です」
「ほう」
瞳から怒りが消えて、面白そうな表情になった。
「じゃあなにが言いたい」
「ふたつあります」
「言ってみろ。許す」
「社長は頑張れという。俺達は頑張る。それはいい。でも十倍ペースは無理だし意味ない。なぜならそれでは俺達が死んで潰れ、探査が滞って補助金もかえって減ってしまう」
「平くん、それは――」
「いえ吉野さん。絶対そうなる。知ってるでしょ。俺が蔦草野郎に鞭打たれて死にかけたの」
嘘は言ってない。ネコミミ娘に舐めてもらったご褒美つきだったけどな。
「俺達は四人パーティーでかろうじて強敵と戦ってきた(盛りすぎw)。戦闘中にひとりでも倒れれば敵とのパワーバランスが崩れて全滅するのは明らか。俺達が全滅すれば、この事業は失敗だ」
「申し訳ないが平くん」
前のめりで俺の話を聞いていた社長が、ふかふかのソファーに背をもたせかけた。脚を組む。
「君達は我が社の経営幹部でもない。人的リソースとして使えなくなっても困らないし、別の社員を送り込めば済む」
人死にをずいぶん間接的に表現するもんだ。このタヌキ親父。
「それはどうかな」
「ほう」
「俺達ふたり。使い魔まで含めて四人も死ねば、会社はマスコミのいい餌食になる。知っての通り、今異世界ネタはマスコミにとって、いちばんおいしい話題ですからね」
「……」
社長は黙った。
「我が社の強引な手法が必ず叩かれますね」
「無視すればいいだろ。大企業を叩くマスコミなんて、いつものことだ。どこかで通り魔でもあれば、その報道ばかりになるさ」
「たしかに。でも官庁や政治家は有権者の評判を気にする。なんせ補助金という人質を我が社から取っている。無理な開発を防ぐためとかいう大衆向け口実をマスコミに流し、補助金の割合を減額するでしょう。結果として、我が社が得られる補助金は、十倍ペースにする前よりも、むしろ減ってしまう」
「そうとは限らない」
眉を寄せている。吉野さんは口を開けたまま、俺と社長のやり取りを見つめている。
「それにどうです。俺達が死んだあと、異世界に行く社員がいますか。危険な労働として、組合でも問題になる。今よりはるかに高額な手当を積んでも、誰も行きたがらないでしょう。しかも外注はできない。情報漏洩防止のため、多重請け禁止の補助金ですからね」
「……」
「結果として、我が社は金の卵を産むガチョウを殺してしまう」
「……だから十倍ペースはやめろというのか」
「そうです。ペースは一時十倍になるかもしれない。あるいはむしろこれまでより落ちるかも。そのへんは現場に任せてほしいんです。吉野さんは優れたマネジャーだ。彼女の裁量で、決めさせてください」
これが大事w 吉野さんは異世界では俺の部下。要は俺の気分でサボり放題という言質を取らないと。
「それも……そうだな。君の主張にも一理ある」
タヌキ野郎ざまあ! 俺は心の中でガッツポーズをした。
「しばらくは、君の提案どおりに進めよう。それで……」
首を傾げると、社長は、俺の瞳を覗き込んできた。本音を見透かそうとするかのように。
「言いたいことの、ふたつめはなんだ」
「それはですね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます