8-4 急転

「王宮に戻ろう」


 ミフネが提案した。


「俺は平の話を信じる。こいつは嘘をつくような奴じゃない。それにマハーラー王なら、俺達よりよっぽどはっきりわかるはず。なにしろ実の親だからな。王に判断を仰ぐのが一番だ」

「たしかに」


 アーサーは頷いた。


「それが良さそうだ。俺に異論はない」

「決まりね」


 ほっとした顔で、吉野さんが口を挟んだ。


「じゃあここを抜け、王宮まで戻りましょう」

「待てよ。平達と姫様だけ先に行けばいいじゃないか」


 アーサーが提案した。


「異世界通路とかいうのを使えば、毎日違う場所に出られるんだろ。なにも俺達といっしょにのこのこ歩く必要もない。明日王宮に行けばいいじゃないか。途上、王立図書館に出入りしたりもしてたわけだし」


 たしかにそうだ。これ、吉野さんと事前に検討はしたんだが、やはりアーサーやミフネに道中のことや遺跡での発見を王に証言してもらわないと、説得力に欠ける。


 いくら信頼関係があるとはいえ、いきなり赤の他人連れてって「王女です」やるわけだからな。周辺を固めておかないと。タマゴ亭さんはなるだけ危険から遠ざけておきたい。だから今日の帰還時に現実世界に連れ帰ったら、王宮に戻るまでは向こうで弁当作っててもらう。


「弁当?」

「向こうの世界では弁当屋やってるんだ。俺達が毎日食べてる弁当、そこで作ってもらってる」

「王女が異世界で生まれ変わり、賄い婦になってたとはな」


 アーサーは溜息をついた。


「マハーラー王が嘆くな」

「馬鹿言うな。消息がわかっただけでも王は喜ばれる。しかも生きてるわけだからな」

「それもそうか。悪かったな、平。お前のおかげだ」

「じゃあいいんだね」


 話が着いて、トリムはほっとしているようだ。


「あたしの見るところ、帰路は二週間ってとこね」


 トリムが説明した。


「地形はもうわかってるから、往路より速いはず。そうでしょタマ」

「トリムの言うとおりだな」


 タマも同意した。


「リスク要因は、帰路にポップアップするモンスターくらいだ。例のケイオス絡みさえ出なければ、なんとかなるだろう。これまで戦ってきた奴らばかりだろうし」

「じゃあ戻るか。いいですよね、姫」

「いいけど、その呼び方止めてよ平さん。恥ずかしいじゃん。ここ十八年も離れて、慣れてないし」

「すみません。ちょっとふざけすぎました。……でもどう呼べば」


 向こうでならタマゴ亭さんとか額田美琴さんでいいわけだけど、ここで姫と名乗るわけだしなあ……。


「タマゴ亭でいいよ。なんかかっこいいし。もともと真祖様由来のネーミングだし」

「そうすか」


 考えたら、こっちの世界で討伐隊に加わるとしたら、姫呼ばわりは危険だ。敵に「重要人物の居所」を教えて回ってるようなもんだからな。タマゴ亭なら、たしかに誰もが下働きの女くらいにしか思わないだろう。


「じゃあとりあえず帰路、話題にするときはタマゴ亭さんで通そう。ミフネ達も頼むな」


 全員同意した。その瞬間、ジェットコースターで頂点から真っ逆さまになったときのように、脳内に奇妙な感覚が生じた。


「うっ」


 見回すと、みんな耳を押さえたりうずくまったりしている。ミフネだけは気丈に耐え、周囲を睨みながら抜剣した。


「この感覚、これは……」


 タマゴ亭さんが目を見開いた。


「気をつけてっ。もしかしたら――」

「全員警戒っ」


 ミフネが叫んだ瞬間、部屋の隅、知覚の扉が、激しく振動しながら外側に開いた。中に漆黒の闇を見せながら。



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