8-5 生き残ったら、なんちゃってビールの宴な
「……くそっ」
頭の芯がずきずき痛む。どうやら俺は倒れているようだ。でこぼこした冷たい地面を、頬に感じるから。手足を動かしてみると、動く。死んではいないようだ。
頭を起こすと、倒れてる吉野さんが見えた。タマが覆い被さるように守っている。
「吉野さん、大丈夫ですか」
「うん。怪我はなさそう。タマちゃんも」
見ると、俺の横にトリムが立っている。
「大丈夫? 平」
なんか俺が転んだくらいの言い様だ。
「ああ。……元気だなお前は、トリム」
「そりゃなんか出た瞬間に、四方八方に結界の魔法矢を射ったからね」
「それでみんな無事なのか」
たしかに、唸りながらも、アーサーやミフネたちも膝をついて起き上がりつつある。タマゴ亭さんはもう立ってた。
それにしても、さすが戦闘能力に優れるとかいうハイエルフだけはあるな。瞬間的な判断力と瞬発力凄いわ。
「レナは?」
「ボクは大丈夫。ご主人様の胸があったから」
俺の胸から、ひょこっとレナが顔を出した。
「どこだ、ここは……」
周囲は岩場。溶岩じみた大きな真っ黒い岩が、ごろごろ連なってる。なにか大規模な爆発があったかのように、俺達の周囲は広範囲にえぐれている。トリムが守ってくれなかったら全員即死だったな、これ。
「王宮はどこだ。……街もない」
スカウトのひとりが呟いた。
「言ったでしょ。混乱の門を抜けたら、もうそこは王宮の地下じゃないって」
タマゴ亭さんが説明した。
「まああたしも、ここがどこかはわからないんだけど。バスカヴィルの本にも記述はなかった。……とにかく世界のどこか。蛮族ですら知らない、ヤバい辺境だよ」
「ここがどこかより、あれがなにかのほうが問題だろう」
冷静な声で、タマが指差した。
「これは……」
それは漆黒の闇の渦。直径五メートルほどだろうか。爆散の中心あたりに、ぽっかり浮かんでいる。
「知覚の扉の中に見えた奴だね。ご主人様」
「そいつが全部吹っ飛ばしたんだな。扉から出てきた瞬間に」
てことはだ。これヤバい奴だろ。
「タマゴ亭さん。これ混沌神ですかね」
「そう思う。『智慧の泉』に書いてあった、混沌神の卵って奴にそっくり」
「封印を破ったということか。力を蓄えて、今まさにこの世に地獄をもたらそうと顕現するという」
アーサーが叫んだ。
「――どうするんだ。俺達、なんの準備もしてないぞ。討伐隊どころか、俺達は王女探索のための、ただの斥候隊だ。ろくな武装もないし十人かそこらだ」
「逃げよう」
即座に、タマが反応した。
「ここはまず、生き残るのが第一だ。生きてこいつらのことを王に教えなくては」
「使い魔の言うとおりだが、どうやらそれは許してもらえそうもないな。見ろっ」
ミフネに言われるまでもない。闇の渦の中心に稲光のような輝きが見え始めた。激しく明滅している。殺意カンストの化け物出てくるの見えてるじゃん。
「まず出方を見る。防御陣形だ」
「よし」
サポート役の吉野さんとタマゴ亭さんを中心に、遠距離攻撃可能なトリムと素早い移動が可能なタマが両脇を固め、俺とスカウト達が中陣。重兵装で打たれ強い近衛兵が前衛。敵に向いた密集隊形を組んだ。
ボス級の奴が出てくるのは見えてる。初撃での被害を少なくする分散陣形は無意味なので密集した。全員で全力防御しても、敵の一撃に対峙できるかどうかだから。
「トリム頼む。最初はお前の矢が頼りだ」
「わかってる平。防御しつつ攻撃してみるよ。敵の弱点を探り出せれば、どんな強敵でも対応できるからね」
「さすがハイエルフ。たいしたもんだ」
「ほめてもなんにも出ないよ。そうだ――」
構えていた弓を一瞬だけ下ろすと、トリムは俺の肩に手を置いた。
「ご褒美に、いつものあの高貴な飲み物ちょうだいね」
「おう。なんちゃってビールな。ダースで飲んでいいぞ。俺達が生き残ったらな」
「不吉なこと言わないの、平くん。私達は全員生きて帰る。業務命令よ」
「そうでした。すみません吉野さん」
「ふふっ」
「いちゃついてるとこ悪いが、来るぞっ」
アーサーが叫んだ。
「身構えろっ」
瞬間、闇の渦が、轟音と共に派手に砕け散った。同時に出てきたのは、道中遭遇した、例の奇妙なモンスターだった。
ただし見た目が違う。ここまで出たのはなんかぶよぶよした幼体のような感じだったが、見るからに硬そうなごつごつした甲殻を身にまとっている。体高も今回のは八メートル近くあるだろう。要は巨大モンスターの類ってことさ。
おまけに――なんだよこれ――一体じゃないじゃん。数えないとわからないが、ぱっと見、八体はいる。どれも微妙に姿形の異なるヤバそうな奴が。
本当に俺達、生き残れるのか? かつて大軍勢と魔道士バスカヴィルが総掛かりでようやく封じ込めることだけは成功したとかいう野郎相手に。
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