6-2 謎の超古代武具
「思ったほど荒れてないな」
ミフネが唸った。
「たしかに」
壁を背に、俺達は旧都遺跡の街並みを注意深く探索している。
「戦乱の跡が見られない」
「そうだな。それっぽいのは、例の崩れていた城壁くらいだ」
「どの家も壊されておらず、家財道具こそあまり残されてはいないものの、家の内部は荒れていない」
「おかしいな……」
シタルダ王朝の正史では、戦乱やモンスター襲来でこの旧王都を放棄したという話だった。しかしモンスターが城壁内を暴れまわった痕跡はない。戦乱にしても同じだ。城壁が破られているのだから、当然敵兵は場内になだれ込んだはず。敵だけに内部では破壊の限りを尽くしたと思われるが、こちらも気配がない。どころか、折れた矢の一本も落ちていない。
「ご主人様」
俺の胸から、レナが見上げてきた。人に聞こえないよう、小声だ。
「トリムが言う通り、戦いでもなんでもなくて、異世界からの侵入者絡みなのかもしれないね」
「ああ……」
たしか、異世界から侵入してきたヤバイ奴が王都に巣食っちゃったとかだよな。どうやっても退治できなかったものの、なんとか封印だけには成功して、そのまま王都を超急ぎで放棄して現在の新都に移ったとかなんとか。
「おっ!」
店と思しき建物に入っていた近衛兵の叫び声が、中から聞こえた。
「どうした」
「モンスターか?」
「いえ……。お宝です」
スカウト連中がどよめいた。スカウトは斥候任務をこなすが、僻地に行くので貴重な遺物を発見することも求められている。お宝に沸き立つのは当然と言えた。
「どれ」
誰も彼もが入り口に突っ込んでいく。
「俺達は待て」
吉野さんやトリム、タマを制止すると、俺は店構えを改めてチェックした。
こんじまりした店で間口が狭く、窓も小さい。禍々しい気配などは感じない。入っても問題なさそうだった。
「大丈夫そうだ。どうだタマ」
顔を上げると、タマは深呼吸した。
「特に怪しい匂いはしない」
「よし。確かめてみるか」
「旧都のお宝なら、超期待だね。ご主人様」
「おう」
「あたしはここで外を見張ってるね」
「頼むトリム。なにかあったら叫べ」
「了解、平」
ふざけて敬礼すると、トリムは店の壁を背に、街路に視線を飛ばし始めた。
「よし」
店に入った。途端にむわっと埃臭さが鼻をつく。まあ何百年も人が入っていないんだ。当然ではある。
窓が小さいので室内は暗い。ようやく目が慣れると、奥のカウンター、さらにその裏に、何人かしゃがみこんでいる。どうやらそこになにかありそうだ。
「なんだ、ミフネ」
「剣だ」
振り返ると、ミフネはなぜか渋い顔をしている。
「ここはどうやら武器屋だ」
「なるほど」
レナが頷いた。
「扉や窓が小さいのは、防犯のためだよ、ご主人様」
「貴重な武器目当てで、押し入られたら大変だものね」
「そうですね吉野さん」
窓や扉の幅が狭ければ、大剣など装備しての侵入が難しくなる。貴重な武具を強奪して逃げるのにも手間取る。たしかに理にはかなっている。
「なんなんだ」
「これだ」
部下からなにやら受け取ると、ミフネがかざしてみせた。暗くてよくわからないが、大ぶりの剣だ。しかも妙なことに刀身が黒い。
「多分これは、古代の破邪大太刀だな」
アーサーが口を挟んだ。
「外に出よう。よく見たい」
「おう」
「ミフネ隊長、自分はもう少し店内を探します。なにか他にもあるかもしれない」
「そうしてくれ」
部下に頷くと、剣を携え、ミフネは外に出た。俺達も続く。
「これは……」
かざしてみせた剣は、刃渡り一メートルほどと長い。どうやら片刃で細い。ちょっと日本刀に近い印象があるが、やや反りが入っている点が異なる。握りも日本刀よりかなり長く、両手持ちのようだった。
「やはり大太刀だ」
「平、これは馬上で使う武器だ」
「それでこんなに長いのか」
剥き身で一メートルだから、鞘からの出し入れも大変だ。腰に提げていては歩くのも困難だろう。――つまり騎馬戦で、間合いを長く取るための武器ということだ。
「なんで黒いんだ」
刀身に触れてみた。冷たいが、金属かは微妙なところ。長年放置されていたに違いないのに、艶々と黒光りしている。
「魔法がかけられてるんだ」
トリムが近づいてきた。
「モンスターの中には、防御力が異常に高い奴がいるからね。鱗が硬かったり、魔法で防御を固めてたり」
「それを突き崩す魔力を秘めてるってことか」
「そう。その刀身は多分鉱物製だよ。ずーっと昔、似たような刀身を見たことがある。まああれは短剣だったけど」
さすが長命ハイエルフ。いろいろ経験してるもんだな。
「鉱物ってことは、石ころか。まさかの石器時代とはな」
こんなん笑うわ。
「馬鹿にしたもんじゃないよ。頑丈だし。敵の鎧を叩き斬るのに最適で。……ただ金属と違って粘りがないから折れやすいんだけど、これは魔法がかかってるから」
「なるほど」
「それでも普通は短剣止まりなんだ。長ければ長いほど折れるからね。だからこれは多分、とんでもない逸品だよ」
「そもそも石をここまで細く長く研ぎ出すのは大変だからな。今では想像もつかない技術だ。多分製作には何十年、いや下手すると百年単位で掛かっているだろう」
そう言うと両手で上段に構え、ミフネは剣を振ってみせた。
「うん。大太刀だから切先が重いはずだが、軽く振り回せる。奇妙な感覚だ」
「それも多分魔法だ」
タマが口を挟んだ。
「かすかになにか奇妙な匂いがする。香料のような、火薬のような。……おそらく超古代の魔法の残り香だ」
「今でも感じるとか、よほど強い魔力だったんだな」
「もしかしたら真祖ゴータマ・シタルダ時代のものかもしれん。ゴータマはとてつもない魔力があったというし」
そりゃこの世界をたったひとりで創造したお釈迦様だからな。世界構築に伴い出現した魔物と対峙するため、手づから超強力な武具を作り出していたとしても不思議ではない。
「でも不思議ね」
吉野さんが首を傾げた。
「そんな貴重品、逃げるとき、普通はいの一番で持ち出すはずでしょ」
「たしかに」
他の家同様、店内は荒れてはいなかった。戦乱の最中、取るものもとりあえず逃げたといった感はない。新都への遷都を決め、10年単位で準備して、王家も民も徐々に移っていったはずだ。
「いやこいつは隠されていたんだ。壁の裏に塗り込められていた」
発見した近衛兵が身振り交じりで解説を始めた。
「何百年も経って、劣化した壁が一部崩れていた。その奥に見えたんだ。……ちなみに他にはもうなにもなかった」
「わかってて持って逃げなかったか。それとも隠した本人が事故やモンスター襲撃とかで死んで、他に誰も気づかなかったとかだな」
「いずれにしろこれは貴重な文物だ。持ち帰り、図書館のヴェーダ殿に調べていただこう」
ひとり近衛兵を呼びつけると、持ち歩くようにとミフネが命じた。適当な布でくるむと、革紐で背中にくくりつける。
「うむ。これだけで強くなった気がする」
「違いない」
笑い合うと、アーサーは街路の先を見つめた。ぼんやりと、大きな建物が見えている。
「さて、そろそろこちらの側はすべて調べたことになりそうだ。明日には王宮に入れるだろう」
「うむ」
優雅な古い時代の様式なのか、王宮には城壁はなかった。街に王宮がそのまま開かれている。
「どんな謎が待っているのか、楽しみだな」
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