6 旧都ニルヴァーナ遺跡、王宮ダンジョン攻略

6-1 旧都ニルヴァーナ遺跡に、ついに到着

「いよいよ旧都遺跡に着いたか」


 俺の眼前には、旧都遺跡の崩れた外壁が広がっている。


「さて、予定通り外壁崩壊部分に来たわけだが……」


 都市の外壁は、漬物石くらいの大きさの、なんだか黒っぽい石を積み上げられていたようだ。外壁は高さ五メートルほど。俺達がいるのは、V字型に外壁が崩された部分だ。外側に、壁の破片が派手に飛び散っている。覗いた感じ、塀の内側には石は転がっていない。


「こうして間近に見ると、やっぱ悲惨な感じだな」

「五メートルの岩壁をぶち壊すなんて、どうやったんだろ」


 吉野さんがつぶやいた。


「だってほら、断面見ると、厚さもけっこうあるよ。上のほうは五十センチくらいだけど、土台は一メートルはありそうだし」

「攻城戦と考えると、投石機とか。あとここは異世界だから、大型モンスターの突撃とかですかね。トロールとか」

「トロールでも、こんなに大きな石壁をぶち壊すのは無理な気がするよ、ご主人様」


 俺の胸から、レナが壁を見上げた。


「なにかもっと、とてつもない力で壊したんだよ。そんなのあるかわからないけど、古代の禁忌魔法とか」


 壁は頑丈そうだ。ただ年月が経っているからなのか外敵に魔法でもかけられたのか、崩れた石を手に取ると、やたらと軽くて脆い。すぐに砂のように粉々になる。


 風が吹くと粉が散って、ほこりのような、乾いた臭いが漂った。


「さて、どうするか」


 俺は周囲を見回した。


 あの変なモンスターに遭遇してからというもの、この都市脇まで二日弱の道程ではあったが、モンスターが次々ポップアップして、結局一週間ほどかかった。じっくり検討するに越したことはない。


「まあ、もうちょっと様子を見ようよ。急いで入る必要もないと思うんだ。もう午後だし、なんなら今日はここでキャンプして、明日入るとか」


 珍しく慎重なのはトリムだ。


「そしたらあたし、また今晩平のとこでビール飲めるし」

「あらトリムちゃん、平くんの家で晩酌してるの?」

「はい吉野さん」


 トリムが俺の腕を胸に抱え込んだ。


「平はこれでも一応ご主人様だから、あっちの世界でも守ってあげようかなあって」

「そう……」

「ウソつけ」


 吉野さんの顔が曇ったんで、俺は速攻でフォローに入った。


「トリムお前、ビール飲みたいだけだろ」

「えへっ。バレた」


 舌なんか出してやがる。


「あれ、おいしいんだもん。さすが高貴な飲み物」


 まだ勘違いしてるなw あれはただの激安なんちゃってビールだ。


「まあ、平のことは実際、寝台でも守ってるけどね」

「べ、ベッドで!?」


 吉野さんが目を見張った。


「まさか平くん、トリムちゃんと……その……」

「いえそんな。俺のベッドは、純潔そのもので。もう修道院のおろしたてのシーツくらいに」

「それ前も聞いた。……本当?」


 疑い深げな瞳だ。


「ええもう。マジもマジ。大マジ。部屋が狭くて場所がないから、やむなく添い寝してるだけですよ。レナと同じです」

「ならいいけど。……女の子を泣かしちゃダメよ」

「へい姉御」

「もう。またふざけて」


 軽くはたかれた。


 実際、この間のビールが気に入ったのか、あれから一週間、トリムは結局毎日俺んちに上がり込んできている。


 体が馴染んだのか、べろべろになったりはもうしない。それでも気持ち良さげになんちゃってビールをやっつけると、饒舌になってあれこれくだらない話をし(幼馴染が蛙踏んづけた話なんか知らんがな)、果ては俺のシャワーに乱入してきて洗いっこしたがる。


 結局夜は狭いシングルベッドにまで入ってきて、俺に抱き着いたまま寝込んでしまう。まるで猫のわがままだ。


 俺も慣れたし、眠っちゃえばレナと夢でいちゃつけるんで、なんとか我慢できてる。レナの淫夢(とはいっても着衣で触るだけだが)が無かったら、俺きっと、トリムに毎晩襲いかかってるだろうな。俺の貞操を奪われてなるかってるんで、レナも夢では積極的だし。


「こんなところでいちゃつくな」


 アーサーが入ってきた。


「別にいちゃついたりは。そもそも――」

「もういい」


 今度はミフネだ。


「周囲は静かだ。入っても問題ないだろう」

「俺もそう思うよ、ミフネ」

「背後に敵はいない。今のうちに進もう」


 アーサーは、背後をうかがっている。


「ここのところ、急に敵がポップアップするようになったのは不気味だ」

「最後にポップアップしたのは、巨大トカゲのバジリスク戦だったもんね。随分前の」

「吉野さんの言うとおりですね。その後に出たモンスターは、移動しないからポップアップもない、植物モンスターの谷だけだった。……それが、例の餅だかナメクジだかの奇妙な野郎が出てからというもの、連続ですからね」

「ご主人様の魔剣が発動してから、だいぶ時間が経ったよ。あの発動で魔物避けの効果が出て、それが時間と共に切れちゃったとか」

「かもしれんが……、とにかく謎だ」


 ナメクジ野郎まで皆無だっただけに不気味だ。それに、ナメクジ後に出てきたモンスターはどれもこれも、俺が異世界で遭遇してた連中とは、明らかに様相が異なっていた。


 例の餅だかなめくじだかみていな奴だろ、それに虫とエビが一緒くたになったような奴とか。体の半分が急に取れて飛んでくる奴とか。おまけに戦闘が面倒な連中ばかりだった。


 僻地での経験豊富なスカウト連中も、物知りのレナやタマ、長い歴史を誇るハイエルフのトリムも知らない。図書館のヴェーダ館長にも聞いてみたが、あのばかでっかい図書館の資料にもまったく記載のないモンスターだという。


 謎のモンスター群だな。面倒なので俺はまとめてケイオスって呼んでる。


 旧都遺跡に近づいてから出てきた連中なので、なにかこの場所に関係がある可能性だってある。魔剣の効果切れか、はたまた地形効果か。あるいはもしかしたら、王女失踪の頃起こった天変地異となにか関係があるのかもしれないし。正直まったくわからんが、とにかく進むしかないのも確かだ。


「なあレナ。廃墟の中にモンスター出ると思うか」

「うーん……」


 俺の胸から、レナは崩れた外壁を睨んだ。


「基本、都市や村は、モンスターの出ない場所に作るんだ。当然だけど。ましてここは王都だったんだし」

「そりゃそうだな。だから安全ってことか」

「基本はね。でも、ここんとこ遭遇したモンスターは、どれもこれも規格外だった。原則から外れていても不思議じゃないよ、ご主人様」

「中でのポップアップもありうるよな」

「俺達はなにしに来たんだ、平」


 アーサーが、焦れた声を上げた。


「俺は、失踪王女の探索に来た。お前は異世界人だから気にならんだろうが、王女失踪は、俺達シタルダ王国民には重大事だ。ここまで来ておめおめ帰れるかよ。王にも先祖にも顔が立たない」


 そりゃそうだな。


「平ボス。都市内は、ここまでのようなフィールドとは違い、狭い。モンスターがポップアップしても、逃げながら地の利のある場所を選んで反撃する、という戦い方は難しいだろう」

「戦術的には、タマの言うとおりだ」


 ミフネも唸っている。


「だが、ここで突っ立っていても仕方ない。人間、死ぬときは死ぬ。俺はアーサー達と入るぞ」


 沈着冷静な近衛兵、ミフネにしては熱いな。


「どうする、平くん」


 吉野さんに見上げられた。


「入るのは当然ですね、吉野さん」


 俺は決断した。


「どういう陣形で進むか、それを考えましょう」

「あたしは背後からみんなを守る。弓があるからねっ」


 背負った弓を、トリムは叩いてみせた。


「なんか出たら最前線まで駆け上がって、近づかれる前に初撃を放つよ。エルフの戦闘スピードは凄いからね」

「頼む。……あとはいつもの陣形基本で行くか。警戒重視のパターンで」


 勘に優れたスカウト連中が先導。近衛兵が俺達異世界組を挟むように続いて、殿はミフネ。殿の直前にトリムと決めた。タマは当然、吉野さん警護を基本に、俺達異世界組との連携をこなす。


「王女がここに辿り着いたなら、まず旧王宮を目指したのに違いないよ、ご主人様。貴重な物品も情報も、そこに集中していたはずだからさ」

「わかってるさレナ。……でも俺達はそうするのはやめよう」


 王女は結局行方知れずになっている。


 もしここまでは来ていたとしても、ここ旧都遺跡でなんらかの危険な事態に遭遇した可能性は高い。そこで殺されたというのが、一番ありそうなシナリオだ。


「リスク管理上、王都全体が危険と想定しておくべきだ。だからまず壁を背に周囲を探索して、安全な場所を広げながら、徐々に王宮に迫ろう」

「いいだろう。妥当な戦略だ」


 ミフネが頷いた。俺の戦略に従い、パーティーはそろそろと進み始めた。

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