1-4 噂の真相

「本当に行くの、平くん」


 翌朝。王都ニルヴァーナ王宮、俺達のクラブハウス。朝イチでキラリン転送されてくると、吉野さんが俺の顔を覗き込んできた。


「マハーラー国王のところに」

「ええ。そのつもりですから」

「そう……」


 ほっと息を吐く。


「ならもう止めないけど、どうやって訊くつもり? いきなり『シュヴァラ王女の縁談相手を教えろ』とか、国王相手に失礼でしょ」

「だよねー」


 今朝のレナは、なぜか吉野さんの肩を持つ。


「公開されてない、王宮内でも限られた人しか知らない話だしねー」

「そもそも、そんな話はないかもしれんしな」


 ポケットから取り出したリンゴを、タマは齧った。


「根拠はただの噂だ。酒場で近衛兵が漏らしたとかいう」

「なら怪しい噂を聞いたって線でいく。それならどうだ」

「許容範囲ですね、平さん」


 天使亜人キングーも、タマからもらったリンゴを食べている。


「それでいいのではないでしょうか」

「よし」


 全員の身なりを整えた上で、クラブハウスを出た。なじみの侍女に頼んで、国王との謁見を手配してもらう。俺達は王国を救った恩人だから、国王はだいたい即日で会ってくれるんだわ。よっぽどのことがない限り。


「すぐお会いするとのことです。こちらへ……」

「おっ。たまたま暇だったかな」

「いえ。平さんなら、いい機会なのでむしろぜひに……と、ご予定を変更されました」

「そうか。悪いなあ……」

「平ボス、のんきなこと言っていていいのか」


 タマのツッコミを受けた。


「別にいいだろ。死地に赴くわけでもなく」

「死地じゃなければいいな」


 無骨な獣人であるタマにしては、意味深な言い回しだ。


「……なんだよ。なんかあるってのか」

「わからん」


 どうでもいいとでも言いたげに、首を振った。


「だがあっても不思議ではない」

「ささ平様、お入り下さい」

「ありがとう」


 案内されたのは、謁見の間ではなく、なぜか国王の私室だ。会議用のテーブルに、国王とシュヴァラ王女――つまり転生後のタマゴ亭額田さんが着いている。側近も近衛兵も、なぜかひとりもいない。王族ふたりだけだ。


 どちらも割と砕けた、私服姿。臣下と公式に会うときには絶対にしない服装。寝起きとかを別にすれば、家族と会うときくらいしか見せない姿だろう。


 タマゴ亭さんとは今朝、一緒に三木本公式転送されてから別れた。それからこっそりキラリン転送でマンションに戻った俺と吉野さんは、他のみんなを連れてここに舞い戻ったわけで。今朝別れたときのタマゴ亭さんは、いつものタマゴ亭制服姿だった。今はもう、いかにもな「王女の私服」だわ。王と会ってから着替えたんだろうけどさ。


「失礼します、マハーラー王」

「うむ。……待っておった」


 向かいの席を示される。俺達は大人数だ。そのためかちゃんと、テーブル後方にも椅子が並べられていた。


 とりあえず俺と吉野さんが向かいに着座し、後の面々は適当に腰を下ろした。突然押しかけたのはこっちなのに「待っていた」というのは奇妙だったが、まあいい。


「実は噂を耳にしまして……」


 ひととおりの雑談を終えた後、俺は切り出した。いつまでもタマゴ亭新メニューの話なんかしてても、仕方ないからな。


「ほう……」


 国王の目が笑っている。


「どんな噂かのう……」

「シュヴァラ王女について、怪しげな噂で。俺達は、この噂を流した悪党を懲らしめようと思ってます。なので一応、噂が間違いであると確認したくて」

「その噂には対応しないとならんのう……。どういう形かは別にして」

「はあ」


 なんかいちいち含みのある言い方するな。なんか引っかかるわ。ちらと横を見ると、吉野さんは平然と澄ましている。その隣に見えているタマも。


 ちっこいだけに無礼が許されているレナは、テーブル上であぐらを組んで、俺と国王の顔を、面白そうに交互に眺めている。


「どんな噂じゃな」

「それは……その……」


 ここに来て、妙にためらわれた。なんやら知らんが、俺の魂が「止めとけ」と言ってる気がする。


「ほらご主人様、早く言っちゃいなよ」


 ニヤニヤ顔のレナに煽られたわ。


「そ、そうだな。……国王、それは……その……」


 面倒になってきた。突っ込むぞ!


「タマゴ亭さんに縁談があるとか。あーいやつまり、シュヴァラ王女ですが」

「ほう!」


 国王は目を見開いた。


「そのような噂は、聞き捨てならんな。……シュヴァラよ」

「はい、お父様」


 タマゴ亭さんは、背筋をぴっと伸ばしている。両手はきちんと太腿に乗せているようだ。


「シュヴァラよ、お前は聞いておるか。お前の婚姻相手について」

「はいお父様。前々からそのための配慮を感じてはおりました。それについ最近、お父様に正式に命じられましたし」

「うむ」


 はあ? ならやっぱマジだったんか。王女の結婚。


「事実だったのですね、国王」

「うむ。相手もきちんとした男。退治などしてもらっては困る。……というか平殿も困るであろう」

「俺が困るって……えっと……。俺の友人とかですか。栗原。それともまさかのヴェーダ図書館長とか」

「ヴェーダとの結婚!」


 王女は笑い出した。


「ないない。絶対ないよ、平さん。おじいちゃんじゃん。しかも筋金入りのエルフスキーだから、文通相手のエルフ商人さんにぞっこんだし……」


 ようやく真面目な瞳に戻る。


「あたしの相手はね、この世界の男じゃなくて、現実世界の人」

「ならやっぱ栗原か。山本は絶対にありえないし。……栗原の奴、王宮では割と冷遇されてるとか愚痴ってたのに……」


 あれブラフかよ。栗原の野郎。俺の知らんとこで王女と仲良くなって乳繰り合ってたってのか。


「そんなこと愚痴ってたんだ」


 王女は面白そうな顔だ。


「でも違うよ」

「へっ……。なら誰が――」

「あたしの相手はね、三木本商事で、異世界事業を始めた人」

「えーと……あれ?」


 頭が混乱した。


「なら社長か。グローバルジャンプ21発案者だし。あのハゲがタマゴ亭さんと……。でも社長、妻帯者で孫までいるし、とんでもない不倫でしょ、それ。実際ハゲは――」

「平くん」


 たまらず……といった様子で、吉野さんが口を挟んできた。


「平くんよ、結婚相手」




●いつもご愛読ありがとうございます

本年も平のバカ冒険が続きますので、よろしくお願いします!

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