1-3 シュヴァラ王女の縁談

 栗原組と一緒にその日は、距離を稼いだ。雑魚は瞬殺、中ボスも瞬殺、アンデッドの集団はエンリルの杖でぶち焼いて秒殺――。戦闘があろうがなかろうが走るような俊足で移動し、異世界スマホ上に記録される踏破距離カウンターは、くるくる回って数字を上げ続けた。


「ふう……。なあ平」


 昼飯を挟んで突き進むこと五時間あまり。十五時過ぎ、俺は栗原に声を掛けられた。


「どうした。小便でもしたいのか」

「それもあるが……、休憩しよう。てかもう今日は充分以上に距離を稼いだ。後は定時までここで情報交換をしよう。吉野さんとお前の経営企画室チームと、俺達三木本Iリサーチ社チームで」

「ああ、いいぞ。サボりの誘いは、いつでも大歓迎だ」


 俺の本懐だしな。


 俺が命じると、パーティーは停止した。三々五々、野原に腰を下ろす。タマとキラリン、エリーナが、エナドリ的な賦活ふかつ茶を配って回った。


「凄いぞ、平」


 異世界スマホ画面を、山本が覗き込んでいる。


「俺達、一日あたりで過去イチの距離を稼いだ」

「俺達……というか、俺と山本の、三木本Iリサーチチームの、な」


 栗原は、マジで木陰で小便をしているようだ。そちらから声だけが聞こえてきた。


「吉野さんと平が三木本Iリサーチ社所属だったときは、こんなんよりよっぽど距離を稼いでたからな。俺と山本では、絶対に追いつけん」


 そりゃあな。俺達、エンリルやイシュタルの背中に乗って飛んだりしてたし。飛び道具……てかドラゴン使えるんだから、楽勝だわ。


「それで平……」


 木陰から戻ってきた栗原は、腰のタオルで手を拭った。キングーに渡された茶を、ぐいっと一気に飲み干す。


「……うまいな、これ」

「そうだろ。王都ニルヴァーナで、マハーラー王にもらう魔導茶葉だからな」

「元気も回復するんだよ」


 俺の襟元から、レナが胸を張った。


「マハーラー王か……」


 栗原は、山本と顔を見合わせた。


「お前に紹介されて、俺達も知己にはなったが……なあ、山本」

「ああ。平のように懐に飛び込んでかわいがってもらってるとは言えんな」

「お前や吉野さんのチームは、なんだか特別な繋がりがあるようだからな、あの王国と」

「まあな……」


 なんたってシュヴァラ王女と、特別仲いいしな、俺達。まだその正体を知らず、仕出し屋「タマゴ亭」の看板娘だった頃から。


 実際、ここのところ俺達は、王宮に頻繁に呼ばれることが増えていた。といっても特段用はないらしい。だいたい国王は、俺達と短時間だけ、雑談する。そんで王女を呼び出して、「シュヴァラと話してやってくれ」と王宮を放り出される。王女と俺達は、王都や近郊を散歩したり、「タマゴ亭ニルヴァーナ支店」の下ごしらえを一緒にしたりするんだ。


 王女がまた、吉野さんやレナなんかと仲良くなって、よく三人、ちょっと離れた場所でなにかくすくす耳打ちし合ってるし。


 王女の立ち位置って微妙なんだよな。公式には行方不明のままだし。


 異世界転移マシンをおいたして日本に転生したからな。そんで三木本商事出入り業者であることを生かして俺と共にここ異世界に出戻り、父王と再会した。


 それはいいんだけど、なにせ世界を滅亡に導きかねない装置をいじった挙げ句、謎の邪神を復活させた罪もある。国王としても王女帰還のストーリーをどうするか考えあぐねて、「タマゴ亭ニルヴァーナ支店」を経営する「異世界料理人」扱いのままにしてるしな。


 なんたって王女には、現実世界に転生産みの両親がいる。そっちで生活していて異世界には「業務で日帰り」が基本だ。でないと日本の両親が心配して三木本商事に怒鳴り込んでくるからな。親は自分の娘が異世界からの転生者とは知らないし。


 王女が行方不明から見つかった――と発表すれば当然、「なんで王女は毎晩どこかに消えるんだ」って噂になる。


 つまりここ異世界での王女の扱いは正直、テンポラリーなままだ。だから俺とか吉野さん……つまり現実世界の住人となるだけ話させて王女の無聊を慰めてほしい――ってのが、国王の狙いだろう。だからこそ、最近やたらと押し付けてきてるわけで。


 とにかく吉野さんやレナと王女がひそひそやってるときは、俺も暇を持て余す。タマを呼んで抱き枕にして、和毛にこげをなでなで。感じて反応するタマをからかったりだな。あと、トリムとケルクスのエルフ組を抱き枕にすることもある。両側から抱かれると温かくてマジ、うとうとしちゃうんだけどさ。


 とにかくそんな感じさ。異世界で遊びながら経営企画室案件をこなさない日は、王宮でまったりだな。なにも急いで邪神野郎を討伐する必要もないし。ああ、そっちはそっちで、図書館長ヴェーダなんかを通じて、情報を収集中だ。戦うにしても、弱点とか知っておきたいしさ。


「なあ平、なんでもあの国、王女の縁談の噂があるらしいな」

「えっ……」


 俺は吉野さんと顔を見合わせた。入り浸っているというのに、国王も王女も、そんな話、おくびにも出さなかったから。


「相手は誰なんだ、栗原」

「あの王国は、孤立しているわよね、栗原くん。だから他国の王族なんかはあり得ない。……となると、王国の有力貴族のご子息かしら」

「吉野ボス、王国をまとめるとなるとそうだろう」


 タマが頷いた。


「それか、平和に緩んだ王宮を堅めたいなら逆に、若手近衛兵の伸び盛りとかね」

「レナちゃんの言う通りね。どうなの、栗原くん」

「そうですね、吉野さん……」


 うまそうに、ゴブレット最後の一滴まで茶を飲み切った。


「おかわりをどうぞ」


 エリーナが革袋の茶を注ぐ。


「ありがとうございます。……バンシーって美女系なんですね」

「私は……きれいなどでは……」


 困ったように、ちらと俺を見る。


「それより栗原、噂の続きだ」

「そう焦るな、平。なんだお前、王女に惚れてるのか。それなら諦めろ。相手は王女。お前はただの、異世界サラリーマンだ。身分も格も違いすぎるわ」」


 苦笑いしている。


「酒場の噂だよ、平。べろべろに酔っ払った近衛兵が、そこでぽろっと漏らしたんだと。どうやら国王は、王女の婿を決めたようだと」

「口の軽い野郎だな。それでも近衛兵かよ。王族守護の最終防御ラインだろ、近衛兵って」

「だから翌日、真っ青な顔で口止めに訪れたんだとさ。たんまり酒場の親父に握らせて、それで解決。……でもたまたまその晩飲み屋にいた奴全部を口止めするのは無理だった。そもそも王女は行方不明のままだ。だから誰も信じていなかったんだが、大金を撒いたから逆に妙に信憑性が出てきたらしい。どうも国王は王女をどこかに隠しているんじゃないかと」

「そりゃそうだ」

「噂自体が眉唾だし、実際そんな事件があったとしても、まあ酔っ払いの戯言だ。本気にするわけにもいかんだろ」

「でも口止めに来たんだよね」


 レナの瞳が輝いた。


「名探偵レナ様の推理だと、事実でしょ。でなければお金を積んでまで口止めする意味ないもん」

「とはいえ、元が噂だもんな。そこを信じるかどうかだ」

「仮に事実だとして、そんな口の軽い近衛兵末端みたいな奴が、相手を知ってるはずないしな。知ってたとしても、『縁談があるらしい』レベルだろうし」

「心配ですか、平さん」


 キングーが、俺の隣ににじり寄ってきた。


「それなら明日、王宮に行きましょう」

「そうだな……」

「行こうではないか、平よ」


 エンリルは、興味津々だ。


「あの国王の企み、暇潰しに暴いてみせようぞ」

「悪巧みみたいに言うなよ」

「あたしもエンリルに賛成だ」


 ダークエルフのケルクスは、難しい顔をしている。


「あの王宮は、あたしらの大事な拠点。そこに大きな変動があるというなら、万一の事態に備えねばならん。戦士のリスク管理だ」

「なるほど」


 トリムやサタンも賛成してくれた。


「なら行きますか、吉野さん」

「そうね……」


 吉野さんは口ごもった。


「急ぐ必要もないとは思うけれど……」


 じっと俺を見つめる。


「でも平くんが早く知りたいなら私、止めはしないわ」

「吉野さんは知りたくないんですか」

「知りたくないわけじゃないけれど……」

「なら決まりだ。もし怪しい陰謀があるなら、王国のためにも俺達がひと肌脱ぐしかない」

「怪しい……陰謀……かしら」

「吉野さんは心配じゃないんですか」

「心配はしてないわね。噂が事実だとしても国王は、マハーラー王朝にとってベストの人選を終えたはずだもの」

「吉野さん、いつもながら冷静でしっかりしてるな」


 山本が、感嘆したような声を上げた。


「平がうらやましいよ、俺。こんな美人上司の下で働けて、しかもふたりして超絶出世できたんだからな」


 まあその美人上司は今や、俺のかわいい嫁でもあるんだけどな。吉野さんを見ると、黙ったまま、嬉しそうに頷いてくれたよ。多分、俺の考えがわかったんだろう。


 かわいいよなあ……吉野さん。今晩は久しぶりに、他の嫁入れずに吉野さんとだけ、いちゃいちゃしようかな。


 朝まで寝かせませんよ、吉野さん……。


 俺の考えを読み取ったかのように、レナが呆れた笑みを浮かべてたよ。悪かったな、スケベで。それが俺だ。文句あるか。文句あるなら……レナもまとめてかわいがってやるぞ。



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