2-7 ビーチサイドでリラックス

「ご主人様。ボクのご飯」


 ビーチのカバナ。吉野さんのバスケットから飛び出したレナが、俺が差し出した皿に飛びついた。


「待たせたな、レナ」

「本当だよ。もうボクぺっこぺこ」


 小さく切ってやった冷製パスタを、例によって「楊枝剣」で器用に刺して食べている。


「それにしてもここ、静かな海だね」


 レナが食べているのは、今しがた脇のビーチテーブルで俺達が終えたランチから、レナ用に取り分けておいた分だ。


 さすがにレナがテーブルをちょこちょこ動き回って飯食ってると、ビールもらうときとかモロバレだ。なのでレナにはその間吉野さんのバスケットで待機してもらった。俺達は急ぎ目にランチをやっつけて、今こうして予約してあったカバナに戻ったってことさ。


「そうね。誰もいないし」


 吉野さんは、周囲を見回した。


「……タマちゃん、念のため、後ろのカーテン引いておいてちょうだい」

「わかりました。ふみえボス」


 タマが、カバナのカーテンを閉めた。


 カバナってのは、デッキチェアっていうより、ざっくり分類すればむしろベッドに近かったよ。だって真っ平らだし、濡れてもいい分厚いクッションで覆われてるからな。


 キングサイズのベッドよりまだ幾分か広いから、こうして俺達が四人+超小型ひとりごろごろしてたって、そう狭くは感じない。吉野さんが俺にぴったり寄り添ってるから、余計にスペース余ってるし。


「こうしてると日陰だし、暑っ苦しくはないですね」

「そうよね。沖縄の夏だからさすがに暑いけれど、海風があるし水着の薄着だから、気持ちいいくらいね」


 実際、カバナの四隅からは柱が伸びていて、屋根がかかってるからな。真夏の沖縄の強い日差しも、ちょっとしたスコールも、問題なしだ。


 今タマがしたように左右の柱に縛ってある紐を解くと背後には薄手のレースカーテンがかかるから、プライバシーもばっちり。ホテル側から中を覗かれる心配はない。


 なので左右の目さえ注意しておけば、カバナ内ではレナも自由自在に寛げるってわけさ。


「ねえ平。あたしにそのお酒ついで」


 面白そうにカバナの上をころころ転がっていたトリムが、俺に抱き着いてきた。


「へい。トリムご主人様。ただ今」


 起き上がると、サイドテーブルのバスケットに手を伸ばした。


 カバナ脇にはサイドテーブルが設えてあって、俺達の手荷物と、酒のボトルが入った金属のバスケットが置かれている。


「それも金色で泡立つんでしょ。高貴な飲み物、なんちゃってビールの代わりくらいにはなるよね」

「そうだといいがな……」


 このシャンパン、吉野さんの見立てだからいくらか俺は知らんけどさ、多分一本でなんちゃってビール十ダースくらいはしそうだぞ。


「私がつごうか、平くん」

「いえいいんです吉野さん。トリムは俺のご主人様だし」

「そうそう。いい心がけじゃない」


 超ご機嫌だな。嫌味もわからんのかw


 並べられたグラスに酒を注ぐと、みんなに手渡した。あーレナはいつもどおり、ドールハウス用の食器な。


「……おいしい」


 ひとくちゆっくり味わった吉野さんは、ほっと息を吐いた。


「この泡はなかなかね」

「ええ。うまいですね」

「うん。事前にレセプションマネジャーの佐伯さんにお願いして、スパークリングは特にいろいろ揃えてもらっておいたから。シャンパンとかフランスやイタリアの泡。それにスペインのカヴァ、メキシコの安くて面白い奴なんかもあるわよ。ちゃんとシャンパーニュ製法で、瓶内二次発酵させてる奴」

「へえ……」


 よくわからんが、どうもスパークリングワインにもいろいろあるってことらしい。さすが吉野さん。父親に鍛えられてワイン詳しいだけあるな。まあ俺はうまけりゃなんでもいいんだけどさ。


 こいつも実際うまいしな。俺には味はよくわからんが、変な言い方だけどドライフルーツのあんずみたいな、ひねた旨味がある奴だったよ。


 俺、スパークリングワインは千円しないくらいの品を、スーパーとかコンビニで気まぐれで買うくらいだったけど、そういうさっぱりすっきり系統のとは全然世界が違う感じなのはたしかだわ。なんての、泡からして信じられないくらい細かいんだわ。どうして泡のサイズまで違うのか、さっぱりわからんけどな。


「どうだレナ、この酒は」

「おいしいよ。ご主人様と一緒だから」


 泣かせることを言う。


「タマはどうだ」

「そうだな……」


 カバナの柱に背をもたせかけ片膝を立てて遠い目をし、タマは海の彼方を見つめた。


「残してきた故郷の味と香りがする。いい酒だ」

「なるほど」


 さすが自然の子、タマ。詩的な表現だな。


「トリムはどうよ」


 ハイエルフは貴人種。タマよりよっぽど詩的な表現をしそうだ。


「うーん……」


 一気に飲むと、空のグラスの匂いを嗅いでいる。


「おいしいし、あたしも故郷の匂いを感じる。エルフの里の果樹の森の香り」

「ほう」

「けど、なんちゃってビールには、足元にも及ばないね」


 なんだろな、このエルフの謎感覚。なんちゃってビール、異世界に持ち込んでタマゴ亭で売り出すか。エルフが大挙して押し寄せてきそうだわ。


「そうか」

「うん。それに値段が桁違いでしょ、きっと。あっちは一缶で鋼鉄三トンの価値があるくらいなんだし。やっぱおいしい酒は高いんだよ」

「鋼鉄三トン?」


 吉野さんが首傾げてるなw そりゃそうだ。あれはトリムがアパートに初めて来たとき、勢いででたらめ言ってからかっただけだし。


「ああそれはこっちのことです」

「まあ、おしっこよりは随分マシだよね」

「おしっこ!?」

「吉野さん、それも冗談です。トリムお前、変な言い回しやめろよな」

「だって……なんちゃってビール飲みたいんだもん」


 ふてくされてやがる。


「わかったわかった。晩飯のときにはなんとかしてやる」


 晩飯は部屋でルームサービスだから、酔っ払って脱ぎまくっても問題ないしな。吉野さんはそんなトリム見たことないから、ぶったまげるだろうけどさ。


「ほんと?」


 現金に目を輝かしてるな。


「さすが平。あたしのご主人様だけあるよねっ」


 俺の腕を胸に抱えてきた。布地面積にエコなトライアングルビキニで抱き着かれると、トリムのかわいい胸を感じる。


 アパートの風呂で毎晩のように洗いっこさせられてる。だから、トリムの胸も実際に俺の手でちょうど包めるくらいのかわいいサイズだなあとか、バストトップの触り心地とか、なんとなくいろいろな感想というか情報が、いつの間にか溜まりつつはあるんだが。それでも、ビキニ姿だとまた新鮮だ。


「こんなときだけ調子いいぞ、トリム」

「へへーっ。いいのいいの」


 それになんだか、毎日洗ってやってるうちに慣れたのか俺、胸洗ってやっててもあんまりエッチな気分にならなくなってきてる。謎棒はギンギンに反応しちゃうんだが、なんての、気分としてさ。


 仕事としてお嬢様の世話する、下男のおっさんといった感じ。多分スイッチが切れてるんだ。スイッチが入ったら押し倒しちゃうのは見えてるから、これでいいんだけどな。


 マジ三助体質というか奴隷気質というか、自分の隠れてた性癖が花開いた感じで笑うわ。男としてはどうなんだって気もするんだが……。まあ深く考えるのはよそう。俺には吉野さんがいるしな。


「なんちゃってビール、約束だよ。もし忘れたら……」


 腕を放し、瞳を細めて俺を睨んだ。


「その場で射殺す」


 おいおいwww


「なんだか眠くなってきたわ。少しここでお昼寝するね」


 横になると、吉野さんは瞳をつぶった。フェミニンな黒ビキニに包まれたきれいな胸が上下に動くのを見ていると、俺本当に昨日、この人と関係があったんだろうか、夢だったんじゃないかと、どうしても感じてしまう。とはいえまあ、今朝も使い魔呼ぶ前に一度したんだけどさ。


 明るいところでしたの初めてだったから、なんだかとてつもなく感激したよ。俺があれこれしたときの敏感な反応、全部丸わかりだったから。頭をのけぞらせ体をぴくりと硬直させて、眉を寄せてあえいだり。胸を吸う俺の頭を、イヤイヤしつつ抱え込んだり。シーツを握り締めて俺の名を呼んだりとかな。


 それに吉野さんの体も、隅々まで全部見られたし。動画とかで見るより、ずっとかわいらしい感じだった。


 甘い体験。糖分……じゃなかった当分、妄想のネタには困らないな。


「へへーっ」


 食べ終わったレナが、俺の胸に飛び乗ってきた。


「なんだよ」

「吉野さん、眠いんだって」

「だからなんだよ」

「寝不足なんだね、きっと。……昨日の夜、寝ないでなにしてたんだろ」

「……もう黙れ」


 余計なお世話だっての。サキュバスはこれだから。


 でもレナに言われたせいか、俺まで眠くなってきた。ここで寝たらレナの奴、俺と吉野さんが一晩中あれこれしてたって勘違いするに違いない。そんなことはないぞ。幸せ時間が過ぎてからは、ふたり抱き合ったままぐっすり眠ったからな。


 でも眠い。もう誤解されてもいいや。寝るか。


 左右に広がるビーチを、寝る前に一応チェックした。


 プライベートビーチってのは、吉野さんの話から想像してた以上に広くてきれいだったよ。


 広い白砂のビーチには随分離れて点々とカバナが配置されていて、それぞれ脇に専用のビーチテーブルが設えてある。


 ご希望ならここでランチやサンセットディナーをどうぞって趣向らしい。


 ここは沖縄西海岸だから海に沈む夕陽はきれいなはずで、たしかにディナーは素敵そうだ。まあ俺たちは誰にも正体がバレずに寛げるよう、部屋でのルームサービスの予定だから関係ないんだが。ちょっと残念な気はする。


 それもあって、ランチはここにしてもらったんだよな。


「とりあえず人はいないか」

「ああ平ボス。あたしがさっきからちゃんと注意しているから安心しろ」


 タマはまだ、シャンパングラスを離さない。割と気に入ったみたいだな。


「タマ、頼む」


 実際、点在するカバナはほとんどが使われていない。カバナの間に配置されているデッキチェアには、割と人がいる。ただ俺達のカバナは一番奥まった、プライベート感極まれりみたいな場所にあるから、人影もまばらで、まず心配はないだろう。


「ちょっと寝かせてくれ」

「いいよ平。あたしはタマと見張りしながら、このお酒をもうちょっとたしなむから」

「ありがとうな、トリム」

「任せて。タマとは故郷の話をするよ。故郷の蜂蜜酒を思い出させてくれる、いいお酒だし」

「そうだな」

「ボクはご主人様と一緒に寝る」


 レナが飛び着いてきた。


「ただ真っ昼間だし、夢のアレは、なしだよ」

「わかった。てか、そうじゃなきゃ困る」


 淫夢であれこれしてる間は、リアルでもフル勃起してるって話だ。真夏ビーチの眩しい光の下、タマやトリムにガン見されたくはないしなw 恥ずかしすぎるがな。

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