第七部完結記念! 「愛読感謝」エキストラエピソード

エキストラエピソード「エリーナとデート」

 多摩川の河原。エリーナの髪を、薫風が揺らしていた。


「暖かいですね、平さん」

「そうだね、エリーナ」


 俺達は土手に座っている。ここは下流領域だから川の流れは穏やかで、土手も広い。土手には草野球場が設けられており、どこやら知らんおっさんのチームがわいのわいの、下手な試合を繰り広げている。


「ここに平さんと座っていると、あっちの世界での出来事が嘘みたいです」

「……」


 今日はマンションからエリーナを連れ出して、ふたりっきりでここに来た。もう会社も辞めたし、こうして平日の真昼間からのんびりしてもいいだろ。事務的な厄介事は全部、貴船さんやキ○○○博士、それに弁護士や税理士といったプロ(一名除く)に任せている。俺も吉野さんも、リタイアードみたいなもんさ。FIREとかいう気取ったパターンじゃなく、ご隠居的な。


 吉野さんは結婚準備も兼ねて、実家に帰っている。日本での法律的には、吉野さんが俺の配偶者ってことになるからな。ただ俺には色々事情がある。顔見世兼ねてみんなを連れて行ってるから今頃お父さん、腰抜かしてるだろうな。


「ふふっ」

「なにがおかしいんですか、平さん」

「いや、神戸の騒ぎを考えたらさ」

「大丈夫ですよ。吉野さんは異世界の友達としてみんなを紹介すると言ってましたし」

「あ、そうなの」

「ええ」


 エリーナは微笑んだ。


「まさか全員、平さんのお嫁さんだと紹介すると思っていたのですか」

「吉野さんほんわかしてるからさ。つるっとそう言うかも……とは思ってた」

「彼女はエリートだし、強い女性ですよ。おおらかに見えるのは、平さんを立てて、頼っているからです」

「そうかな……」


 そういや、修羅場の吉野さん、頼りになるもんな。取締役会議で大演説を打ったときなんか。


「だから平さんを連れて行かなかったんです。平さんがいるとみんな、自然にそういう態度になる。吉野さんのお父上だって気づきますよ。これ全員、平さんの恋人じゃないかと」

「なるほど」


 ついていこうかと訊いたときの吉野さんの言葉を思い出した。


「でも、なんでエリーナは残ったんだ」

「それは……」


 エリーナは、多摩川に視線を移した。微かに起伏する川波に、小魚が跳ねている。


「吉野さんがそう言ったから。たまには平さんとふたりっきりで過ごせと」

「そうか」


 それでか。俺も言われたもんな。どこかで羽を伸ばさせてやれと。


「ごめんな。テーマパークとかじゃなくて、こんななんにもない、ぽかーんとした場所で」

「いいんです。平さんは、私のためにここを選んでくれたんですよね」

「まあね。エリーナはあっちの世界で辛いことがあったろ」


 なんせあの嫌な野郎の使い魔として虐待されてたもんな。殴られたり蹴られたり、性的にもあのカスと他の使い魔ゴブリン共に。その後だって、魔族に使役されてた。便利なバンシースクリームを使う奴隷として。


「俺のパーティーに入ってからも、冒険だクエストだと、心の休まることがなかった。だから罪滅ぼしさ。ここなら……周囲になんの悪意もない。半日昼寝してたって、精々蚊に食われるだけさ。羽を伸ばすのには最適だ」

「それで……ここを……」


 エリーナの瞳が潤んだ。無闇にバットをぶん回すおっさんがバッターで、謎のファール球が、とんでもない方向にぶっ飛んだ。敵も味方も大声でからかっている。


「ごめんな、いつも。俺を支えてくれるばっかりで、俺にはこんなことしかできないで」

「いいえ……」


 首を振った。


「ここは天国です。平さんが……私のために、私の心を考えて選んでくれた。そう、天国……。……その」


 もじもじしている。


「あの……手。手を繋いでも……よろしいでしょうか」

「おいで」

「あっ」


 肩に手を掛け、抱き寄せる。肩を抱いたまま、手を握ってあげた。黙ってされるがままになっていたエリーナの手がやがて、俺の手をやんわり握り返してくる。


「温かい……平さんの手」

「そっちこそ、体が熱いぞ」

「その……ど、どきどきして」

「かわいいなあ、エリーナは」

「いやっ」


 エリーナの呼吸を感じる。俺の腕の中で、生まれたての小鳥が息をしているようだ。


「あの……ごめんなさい」

「……なんで謝ってるんだよ」

「だって……私……汚い。向こうで……みんなに……その……」

「汚いもんか」


 俺は腕に力を入れた。


「エリーナの魂は純真だ。誰にも汚せやしなかったんだ。自分の魂を守り抜いた。エリーナは英雄だよ。それに……」


 そっと手を添え、こちらを向かせた。


「嫌な思い出なんか全部忘れろ。というか俺が忘れさせてやる。全部、上書きして。嫌な思い出だけ、消しゴムで抹消する。十年ゴム消しだ」

「平さ……ん……。んっ」


 唇を重ねた。ただ触れ合うだけの、子供のようなキス。エリーナの瞳から涙がひと筋流れた。


「私なんかでも……平さんに愛されてもいいのでしょうか」

「何言ってるんだよ。俺が土下座してお願いする側だよ。今晩……ふたりっきりで過ごしてくれと」

「……好き」


 俺の体に腕を回してきた。首筋に唇を当て、黙って涙を流している。


「よしよし」


 ゆっくり背中を撫でてあげた。


「ゆっくり。ゆっくりでいいんだ。心を癒せ。俺やみんなと暮らしながら」

「ええ……ええ……」

「今晩、俺の嫁になってくれるな」

「……はい」


 消え入りそうな声だ。


「ほら、おいで」

「……」


 エリーナは、俺のキスを受け入れてくれたよ。今度は……もう少しだけ大人な奴を。今晩は、もう少し大人なキスをすることになる。それに……大人な行為も。


 ふと気づくと、草野球のおっさんどもが、俺達を眺めてた。両軍とも試合を止めて。ハゲたおっさんがにこにこしてる。


 ……まあいいか。


 心の中で。俺は苦笑いした。おっさんにも幸せと愛をお裾分けだ。あいつらだって普段は、死ぬ気で働いて家族を養ってるんだからな。社会に自分の付加価値を還元しながら。


 おっさんに少しだけサービスだ。エリーナの胸を、優しく撫でてあげた。おっさん、目を見開いてやんの。俺の首に当たっているエリーナの唇が、なにか呟くように動いた。喘いでいるのかもしれない。少なくとも「止めて下さい」じゃあない。息が熱いし、俺の体に回された腕に、また力が加わったから。


「さあおいで、エリーナ」


 立ち上がると俺は、エリーナに手を差し伸べた。


「おっさんサービスタイムは終わりだ」

「おっさん?」

「気にすんな。これからは、俺達だけの世界だ。なにかうまいもんでも食って、ねぐらに戻ろう。俺達みんなの巣に」

「ご飯は後にしましょう。その……」


 うつむくと、服の裾を引っ張る。


「マンションの……あの……小さな寝室に。みんなが……平さんと過ごすあそこに……行きたい」

「わかった。そうしよう」

「そのときから私……平さんのお嫁さんになる。これから……一生。平さんだけのために生きるの」

「俺もだ。エリーナやみんなのために生きる」

「愛しています、平さん」


 背伸びすると、エリーナがキスしてきた。熱い息で。




●業務連絡

くそー、エリーナかわいいw これはこの後のマンションいちゃこら編を書きたい。書きたい……書きたいが、公開してはカクヨムさんに殺されるwww いつものように寸止め朝チュン編と思って下さい。毎度毎度それで同工異曲のため、執筆は止めておきます無念。。。


コーフンしすぎて忘れてた。第八部は平が異世界のあちこちに拠点を設ける話にしようかと、平もこれまで異世界で多くのキャラクターと知り合ってきたわけで、彼らとのその後の話も深めたいし。個人的に気になってるのはドワーフの地下迷宮と、エルフ訪ねて何千里のエルフスキー図書館長、あと冥王ハーデスあたり。

 

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