第八部 「異世界放浪者」編

1 ヴェーダ図書館長、大放浪

1-1 異世界王宮クラブハウス、大混乱

「さて……」


 現実世界のどたばたの後、俺と吉野さんは異世界へと飛んだ。こっちの世界のあちこちに拠点を確保し、生活の場を築くために。まずはいつもの居場所、王宮クラブハウスに。


「やっぱ狭いなあ……」


 見回した。俺達のクラブハウスは、どえらく混沌としている。


「仕方ないわよ、平くん。なんだかんだで引っ越し荷物、増えちゃったし」

「ですねー、吉野さん」

「平くんがあれもこれも持ち込みたがるから。その……」


 恥ずかしそうに下を向いちゃったわ。


「し……寝台で使う……『お道具』まで」


 俺にされるの好きなくせに……とは思ったが、もちろん口に出さない。こういうのは秘めた愉しみだからな、大人だけの。ベッドの上での、俺達だけの秘密さ。


「今晩、まったりしましょうね、吉野さん」

「もう……知らないっ」ぷいっ


 横向いちゃったか。かわいいなあ吉野さん。最近なんだか肌もすべすべで、以前にも増して若返った感じだし。みんなそんな感じなんだよ、不思議なことに。


「いつも仲いいねえ……ご主人様」


 レナの奴が、俺と吉野さんのこそこそ話、にやにやして聞いてるわ。サキュバスってのは趣味が悪いよな。他のみんなはああでもないこうでもないと、荷物をせっせとかたしてるわ。なんとか秩序をもたらそうって感じ。


「いずれ荷物はもっと整理します」

「そうしようね、平くん」


 実際のところ、現実世界にもまだあのマンションや俺のボロアパートは保持している。だから荷物もあらかた向こうだが、こっちで持っておきたい品や趣味道具なんかは、持ち込んだ。だからクラブハウスも随分雑然としてて手狭な感じ。早く予備の拠点を押さえて、荷物の一部は移したい。


「異世界にサボり放題の楽園を創る」俺の計画は、実現したも同然だ。なんせもう会社辞めたし。サボるどころかFIREって奴だろ、これ。しかもかわいい嫁を何人も引き連れて。俺、とてつもなく幸せ者だわ。


「とはいえ……なあ」


 喉に刺さった魚の小骨のように、ずっと気になっていることがある。それは邪神の件だ。俺達がこの世界で幸せに暮らすなら、いずれあいつを潰さないとならない。なんたって六百年前の聖魔大戦を引き起こした元凶だ。それが討滅しそこなった中指一本から六百年を掛けて復活し、世界に分身を飛ばしてマナをかき集めている。


 完全復活の折は世界をまた混乱に落とそうとするのは見えてる。なんせ分身と戦ったとき、本人が口にしていたからな。


「あの邪神がなあ……」

「あいつの撤収通路は、あたしがマーキングしたよ、パパ」


 キラリンが俺の手を取った。


「だからそれを追うことはできるよ」

「だよな」


 俺が頼んだからな。俺は、キラリンの頭を撫でてやった。


「でもその前に、邪神についてもっと情報を集めないとな」

「あいつは余の母を無惨に殺しおった。余も復讐する気ではあるが、なめてはいかんのう」


 エンリルが言う。この部屋は人間サイズだ。だから当然、今はドラゴンロード姿ではなく、婚姻形態になっている。


「どうします、平さん」


 エリーナは心配顔だ。


「準備もせずすぐ突っ込むのは……危険な気が」

「たしかに」


 ケルクスが頷く。


「そのような無謀な兵法など、ダークエルフにはない」

「エルフにもないよー」


 ひととおり片付け終わったのか、トリムは菓子かなんかをもぐもぐ食べている。


「我が甥っ子甲も、そこまで馬鹿ではあるまい」


 サタンが小さな胸を張る。いや甥っ子甥っ子言うけどさ、そりゃたしかに俺の爺様の娘だから、関係性は正しい。でもキラリン並のちびっこに言われてもなあ……。


「どうするんだ、平ボス」


 またたびキャンディーを舐めているからか、タマはご機嫌だ。普段は寡黙な戦士っぽい獣人なのに、こういうときはかわいくなるから好きだわ、俺。


「まず情報を集めよう。キングー、お前の母親にも訊きたい」

「天使ですからね、平さん。かつての大戦の情報はあるでしょう」

「ただ、天に上るのは準備が大変だ。天国の前にここシタルダ王宮で、王立図書館長ヴェーダからなにかヒントをもらいたい」

「ヴェーダさんなら、王国一だものね」

「そういうことです、吉野さん」

「それはいいけどあの子、旅に出てるよ」


 タマゴ亭さんことシュヴァラ王女が、あっけらかんと言い放つ。


「旅……」


 いやじいさん相手に「子」もないだろうと思うが、それより「旅」って……。


「うん。ほら例のエルフの子がいるじゃない。ラップちゃん」

「ああ。行商人の」


 おきゃんな感じのエルフの顔を、俺は思い浮かべた。タマゴ亭異世界王宮支店で、何度か一緒に飲んだわ。


「あの娘が商売の旅に出たからね。ヴェーダはしばらくは落ち込んでたんだけど、そのうち『わしの人生最後の望み。叶えんで死ぬるわけにはいかん』とか口走って、王都を飛び出してちゃってさ」

「そうだよご主人様。前聞いたじゃん。もう忘れたの」


 レナに馬鹿にされたわ。そういやたしかに、なんかそんな話あったな。


「ヴェーダさん、大好きだったものね、ラップちゃん……というかエルフが」


 なんせ子供の頃、王都で美女エルフを見た晩に精通したって、謎の告白してたもんな、自分で。エルフと知り合うために古文書とかを猛勉強して、結果として学者になったわけだし。筋金入りのエルフスキーだわな。


「図書館はどうなってるんだ」

「開店休業状態ね」


 タマゴ亭さんが溜息をついた。


「普通に書物を読んだりはできるけれど、稀覯書籍は貴重だから、部屋自体が封印されてるし。ヴェーダがいないと、開かないんだよ」

「そんな管理で、代替わりできるのかよ」

「正式な館長交代の折には、ちゃあんと魔導権限を移すし」


 割といい加減だな、シタルダ王家。


「平ボス、ならばヴェーダを追おう」

「そうだな、タマ。……どうせ拠点確保の旅だ。世界を回るついでになる。それに……」

「それに邪神にしても、今日明日に攻め込んでくるわけじゃないもんね。分身を飛ばしてるということは、まだまだ準備中なわけで」

「そういうことさ、レナ」

「どっちにいったのかな」


 菓子で満腹したのか、トリムは茶に移っていた。手に持ったカップからいい香りの湯気が立っている。


「東のほうだって父上が言ってたよ、トリムちゃん」

「東……ねえ」

「曖昧すぎて、探すのは難しそうね、平くん」


 頬に手を当てて、吉野さんは眉を寄せた。


「なにか行き先のヒントはないかしら」

「これがあるよ、吉野さん」


 タマゴ亭さんが、ふところからなにかを出した。小さくて平たい。クレカくらいのサイズだ。


「なんだ、それは」

「これはねタマちゃん、徘徊監視の魔導システムだよ」

「徘徊……監視……」

「ほらヴェーダも歳だし、万一ボケたときの用心にね」

「はあ……」


 たしかにこの類、現実世界にもあるな。てかヴェーダ、これの発信機を持たされてたんか。王立図書館長なのに、王族の前では威厳もクソもないな。お気の毒に。


「時々これをチェックしながら進めば、いずれ追いつけるよ、平さん」

「んじゃあ行くか。今晩は王宮でぐっすり眠って。明日にでも」

「明日は一日、旅立ちの準備をしようよ、ご主人様。馬車とか備蓄食料とか」

「それもそうだなレナ。なら明後日旅立ちだ」

「今晩は父上と晩餐だよ、平さん」

「わかってるって」

「覚悟してね……」くすくす


 なんやら知らんが、タマゴ亭さんが含み笑いする。


「覚悟って……」

「だあって平さんとあたし、現実世界で事実婚に入ったじゃん。今日は初めての里帰り。父上、根掘り葉掘り訊きたがるよ。あたしと平さんの新婚生活」

「しかもご主人様、吉野さんボク、それにここの仲間多くとも結婚してるしね。これは……説明が難しいよ」


 いやレナ、お前楽しそうじゃん。俺がエロ方面で困り果てると大喜びするサキュバスムーブ、いい加減にやめれ。


 俺は頭が痛くなってきた。異世界に生活を移すのこれ、止めたほうが良かったんじゃ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る