5-7 動体反応

「さて……」


 下り坂を経てダンジョン第二階層に到達すると、マリリン博士は周囲を見回した。


 前回同様、松明もマジックトーチも利かないフロアなので真っ暗。博士発明の「まっくらくん」とかいうタブレット状端末のディスプレイだけが、唯一の光源だ。


 だから「まっくらくん」を持つ博士の顔だけはかろうじて闇に浮かんでいるが、他の仲間の姿は見えない。ただ息遣いや声、気配を感じるのみだ。おそらくここを自在に動けるの、夜目が利き抜群の嗅覚を持つタマだけだと思うわ。


「どこにいるかしらね。あたしの実験動物は」

「いや博士、戦いに来たんですからね。油断してると殺されますよ」

「大丈夫よ平くん」


 俺に背を向けた。


「平くんが守ってくれるでしょ」

「いえ博士、俺は左側に立ってます」

「そかそか。なんせ真っ暗だからさ」


 やっとこっちを向いてくれたわ。


「お兄ちゃん、あたしがスマホ形態になって、フラッシュライト機能で照らそうか。普通のライトを持ち込んでも動作しないけど、あたし異世界機器だから、多分大丈夫だと思うんだ」

「いやキラリン……」


 声のしたほうを一応向いた。


「それも考えたが、照らせる範囲なんてせいぜい一メートル。それよりお前は今の人型のまま、戦闘補助してくれたほうが助かる」

「わかった。そうするね」

「ああ。ありがとうな。……で博士、なにか動きありますか」

「ないねー」


 ピコーンピコーンと、「まっくらくん」からは探信音が聞こえてくる。潜水艦とかのアクティブソナーみたいだな。映画でよく見る奴。


「よし。先に進もう。タマと俺、ドライグとエンリル、それにケルクスが前衛。博士は俺とエンリルの間。残りはざっくり後衛あたりに位置しろ。真っ暗だから精密な陣形は組めない。横一列で隣の気配を探って同じペースで進む。五歩に一回は声を出せ。それで全体を把握して、自分の位置を微調整するんだ」

「わかった」

「おう」

「うん」

「ペースはいつもの警戒態勢程度だ。よし、行くぞ。まず一歩。それっ」


 俺の声に合わせて、周囲で動きがあるのを感じた。


「よし。そのまま進む。タマ、なにか感じたらすぐ言え。お前の感覚だけが頼りだ」

「いやあたしの『まっくらくん』っしょ」

「はあ……まあそれも」


 なんだか緊迫感のない人だな。危険な異世界ダンジョン、しかも暗闇にいきなり放り込まれたってのに。まあ……それくらい頭がイッてないと、こんなアレ天才にはなれないか……。


 そうやって、俺達はゆっくり進んだ。このフロアも第一階層と同じく大部屋のようだからな。別に隅々まで調べる必要はない。下りる通路さえ見つければいいんだ。なんせドライグの話によると、このダンジョンは相当な多層らしいし。


「……」

「……」

「……あっ」

「どうしたキラリン」

「今、足元がキラってした。多分宝石だよ。拾っていいかな」

「ほっとけ」――と言ったんだけど、秒で博士に拾われてたわ。


「へへーっ。異世界ジェムゲットーっ。戻ったら成分分析しよーっと。なにか……やばい成分入ってたらいいな」


 物騒なことを口にする。


「……楽しそうでいいですね、博士」

「あたしの娘が見つけてくれたんだからね、大事にしないと」

「まあいいっすけど。でも博士そもそ――」

「黙って!」


 急に制された。ぼんやり浮かぶ博士の顔は、「まっくらくん」の画面に釘付けになっている。


――ピコーン、ピコーン――

――ピコーン、ピコーン――

――ピコーン、ピコーン……ブッ――


「やっぱり……」

「今の音はなんですか」


 不安そうな、吉野さんの声がした。


「動体反応だよ。一体。距離は……百メートル。這うような速度で、こっちに進んできてる」

「モンスターか……。どうする、平」


 ドライグの声は緊張していた。


「とりあえず全員止まれ。ちょうどいい。このフロアにどんな野郎がいるのか知る意味でも、試し斬りだ。たった一体なら楽勝だろ」


――ピコーン……ブッ――

――ピコーン、ブッ――

――ピコーン、ブッブッ――

――ピコーン、ブッブッブッ、ブッブッブッブッブッ、ブッ――


「どうやら、楽はさせてくれそうにないな、婿殿」


 ケルクスが短剣を抜く音がした。


「凄い数の敵だ」

「博士、距離は」

「先頭が六十メートル。殿は百五十メートル。総数は……概算で三百」

「凄い数です……」

「大丈夫だ、キングー。いつもの集団戦のつもりで行こう――博士、敵のサイズは」

「質量しかわからないけど、それから推測しておそらく体長一メートル程度」

「よし」


 瞬時に、頭の中で戦略を組み立てた。


「暗闇で戦うことになる。夜目のあるタマ以外、近接戦闘は厳しい。だからエンリル、ドラゴンの杖を遠隔で存分に使え。焼き払うんだ。もう少しタイミングを待てよ」

「おうよ」

「炎系の魔法なら、周囲も明るくなるしね」

「そういうことだ、レナ。あとケルクス、吉野さん――」

「わかっている。あたしも魔法を使う」

「私の大太刀ね。もうエリーナちゃんが抜刀を手伝ってくれた。魔法を撃つわよ」

「直接戦闘系の前衛は守備的フォーメーション。それにエリーナ、このダンジョンのモンスターに効くかわからんが、連中が二十メートルまで近づいたら、バンシースクリームだ」

「はい、平さん」

「スクリームを合図に、一気に攻撃する。エンリル、それまで我慢しろよ」

「余をなんだと思っておる。ドラゴンロードが戦にはやりドジを踏むなど、ありえん話よ」


 鼻で笑われた。


「平くん、今三十メートル。総数四百体を超えたよ」


「まっくらくん」は、もううるさいくらい連続で、動体感知音を出している。どんなモンスターか知らんが、大群じゃん……。


「博士、カウントダウンをお願いします」

「二十八メートル、二十六メートル、二十四メートル」

「タマ、なにか見えるか」

「見えたぞ、平ボス。敵は芋虫か百足むかで状。這っているが、先頭の何体かは体を起こしている。おそらく攻撃のための体勢だろう。飛びかかってきそうだ。あと毒の臭いがする。口に牙がある」

「ご主人様、これ多分、ポイズナスクローラー。毒を吐き飛ばしてくるよ。糜爛性びらんせい……つまり皮膚を侵して激痛を与えてくる奴。近づかれたらやばいよ。液体なんて防御できないから」

「二十二メートル、二十一メートル、二十メー――」

「やれっ、エリーナ」

「――っ!」


 バンシー・エリーナの絶叫が響き渡ると同時に、目もくらむ炎が前方に飛んだ。エンリルがドラゴンの杖を開放したんだ。


 炎に照らされ、敵の姿が見えた。タマの言ったとおり、昆虫……というか節足動物系モンスター。牙が意外に長い。おそらく噛まれても毒は回るだろう。ヤバそうな野郎だ。しかも大量にいる。アリの巣をひっくり返したのかよってくらい。


 面倒な戦いになりそうだった。

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