6-6 「不明なるものの宿りし門」を前に

「なんだここは……」

「全然違うね、平くん。雰囲気が」

「はい」


 吉野さんの言うとおりさ。ここまで通ってきた書物庫、宝物庫は、いかにもなにかを保管しておくための部屋というか、早い話、きっちり四角い普通の造り。


 ところがここは違う。宝物庫との境こそ、宝物庫のように輝く平面の壁だが、残り三面はごつごつしたどでかい岩が不規則に突き出る岩肌。洞窟のような形なので、実は三面とすら言えない。部屋(?)の大きさは、狭い東京のマンションくらい。天井だって三メートルを超える高いところもあれば身を屈めないと入れない部分もある。


 まあテーマパークの地獄アトラクション入り口といった雰囲気さ。おそらくだが、築城前、ここに超古代からあった空間だろう。なんでそんなところに城を建てたか謎だが、もしかしたら、ここがあったからこそ城にしたのかもしれない。そしてなにより――。


「なんだ、この闇は」


 アーサーが指差しているのは、大きな岩と岩の間。岩に囲まれたそこは、ぽっかりと闇が開いている。ちょうど、枯れた大木のウロのような感じさ。


「ただ陰になってて暗いんじゃないな」


 ミフネが唸った。


「ああ。光を吸い込んで、一切外に漏らさない。邪悪さを感じる闇だ」

「これは……門だな」

「ああ」


 そう。扉こそないが、これは門だ。――というか、門のような形をしている。岩の隙間だからまっすぐじゃあないが、床から垂直に立ち上がって、上部はざっくりしたアーチ型。ちょうど、人ひとり通れるくらいの大きさの。


 門の中は真の闇。かすかに濃淡があって渦巻のようにうねっている。


「平くん見て。門の上になんか書いてある」

「本当ですか」

「ほら。あそこ」


 吉野さんが指す先をよく見ると、アーチの部分になにかみみずののたくっているような形が、背後の壁の光を受けてかろうじて見えている。


「たしかに文字っぽくは見えるが……」


 アーサーが凝視した。


「見たことのない文字だ」

「俺にもわからん」


 ミフネが、俺を振り返った。


「その小さな使い魔は頭がいい。お前は知らんか」

「もう。ボクのことはレナって呼んでよ」


 腕を組んで、レナがふてくされた。


「ご主人様がつけてくれた、かわいい名前なんだから」

「わかったわかった。悪かったよ。……で、どうなんだ」

「うーん。わかんない」


 ずこーっ――という音が、俺の頭の中に響いたよw


「ちょっと、エルフの古語に似てるかも」


 トリムが進み出た。


「待てトリム。あんまり近寄るな。危険かもわからん」

「わかったよ平。……あたしのこと、心配してくれるんだね。ありがと」


 注意深く近づくと、トリムは瞳を細めた。


「えーと……」


 なにか呟いている。


「うーん……。不明なる……も、ものかな? ものの宿り? かどとか?」

「なんだよそれ」

「文字が微妙に違うしスペルもなんか変だから自信はないけど、まとめて読むと、『不明なるものの宿りし門』とか、なんかそんな感じ。多分だけど」

「それって!」


 レナが叫んだ。


「ねえご主人様。これ、もしかして、混乱の門なんじゃ」

「混乱の……門」

「ご主人様の魔剣が言ってた奴だよ」

「そう言えば」


 なんだっけw 門がどうとか。……知覚の門じゃなかったか?


「レナ。正確にはなんだった」

「もう。ご主人様ったら」


 腕を組んだ。


「知覚の扉を開くには、混乱の門を潜らねばならん。知覚の扉を開けられれば、禁断の通路が開くであろう――だよ。正確には」

「そう。お前の言うとおりだ」

「まったく。調子いい男だな、平は」


 アーサーが笑い出した。


「ここが混乱の門だとしたらだ」


 ミフネが口を挟んだ。


「ここを抜ければ、知覚の扉とかいう奴があるはず。そいつを開けられれば、禁断の通路が開くとか。ということは――」

「王女は禁断の通路を通った」

「ああ。その可能性はある。なんたって、王女が書物庫まで来たのは確定だ。空っぽの書物庫に来たってことは、その先の宝物庫、さらに先のこの謎部屋に来るためだった可能性は高い」

「たしかに。ここに来るには、魔法樹を説得してから生体認証の鍵を開けなくてはならない。どちらもおそらく、王家の血を持っていれば簡単なのだろう」


 アーサーが唸った。


「でも、肝心の禁断の通路を通ったら、どこに行けるんだ。そこがわからんと、王女の行方もへったくれもない」

「俺達が追えばいいだろう。それでわかる。そのための調査隊だ」


 なにを今さらといった声だ。任務のためなら自分の命など屁とも思わない近衛隊長。さすがだ。


「まあ待てよミフネ」


 アーサーは苦笑いだ。


「それもいいが、まずは情報を集めよう」


 俺に振り返る。


「なあ平。そもそもこの情報は、お前の魔剣がもたらしたものだ。魔剣に聞いてみてくれ。禁断の通路はどこに通じているのか。そして王女は本当にそこを通ったのか」


 俺は腰の魔剣を見下ろした。

「聞けるものなのか?」

「知らん。試せ」


 それもそうか。


「安心しろ。魔剣は使い手には嘘はつかん。魔剣の情報なら信用できる。ただまあ、教えてくれるかは別だ」

「わかった。やってみよう。ここで実際に門を前にしてるんだ。これまで黙っていた魔剣でも、饒舌になったかもしれないしな」


 抜剣した。例の暗闇に剣先を一度向けてから戻し、額に剣を着けてみた。刀身が冷たい。目を閉じて無言で呼びかける。


 ――なあバスカヴィルの魔剣さんよ。教えてくれよ。禁断の通路ってのはどこに通じているのか。そして王女はそこに向かったのか――


 ――我の使い手よ――


 俺の頭の中に、魔剣の声が響いた。

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