2-2 黒幕を引っ掛ける罠

「この落差を見ては、黒幕もいずれ川岸を見放すだろう」

「社長もそう思いますか」

「ああ。……となると、どうなると思う」


 思わせぶりに、社長は俺と吉野さんを見やった。


「そうですねえ……」


 俺は考えた。どうもこうも、川岸の後釜が出てくるってところだ。問題は川岸の処理。冷たくあしらえば、寝返って黒幕のことをバラすかもしれない。


 手綱をどう締めるか、陰謀の手腕が問われる局面だ。それとももう、川岸の弱みとかを握ってるのかな。


「どうなるんでしょうね」

「面白い話をしようか」

「ぜひお願いします」

「私はね、平くん。黒幕から君や吉野くんにオファーがあっても不思議ではないと思っている」

「ありますかね」


 俺は考えた。俺や吉野さんが社長と通じているのは、社内の誰もが知っている。そこに割り込んできたら、社長に正体丸わかりだ。


 そう告げると、社長は頷いた。


「だから脅しと餌、双方を絡めてくるだろう」

「なるほど」

「平くんや吉野くんが私に話さないよう、脅す。同時に、とてつもない報酬を提示して、心を揺らす」

「たしかにありそうですね」


 吉野さんも納得の表情だ。


「多分だが、報酬を示すだけでなく、前払いとしての『贈り物』があるはずだ」

「ありますかね」

「ある」


 力強く首を縦に振った。


「そのときがチャンスだ」

「チャンス?」

「ああ。悩みつつ誘いに乗るフリをして、尻尾を掴め」

「陰謀の決定的な言説を録音するとかですか」

「そうだ」


 社長は説明を始めた。そうすれば相手を背任や人事の私物化ということで追い込めると。


「もちろん表沙汰にはできないが、追い落としの陰謀は封じ込められるだろう」


 たしかに。


「では俺は、割と他の役員にミエミエな形で、動いてみます」

「なにをやる」

「例の怪しい六人と会ってみます。黒幕が焦って接触してくるかもしれないし。接触がないならないで、六人の身上を洗える」

「うむ。それはいい作戦だ。一石二鳥というわけだな」

「はい」


 社長の言質も取ったし、これで他の役員と接触しても社長に怪しまれることはないからな。俺や吉野さんにとっては一石三鳥だ。


「ところで吉野くんにも頼みがある」


 社長が意外な提案をしてきた。


 俺と吉野さんが「いい警官悪い警官」で役割分担しているのは、社長にはもうバレている。陰謀絡みで吉野さんに頼み事とか、ちょっと考えられない。


「なんでしょうか、社長」


 さすがに吉野さん、緊張した声だな。


「平くんと仲違いしろ」

「嫌です」


 即答www


「形だけ。フリをするだけだ」

「お断りします」


 取り付く島もない。


「まあまあ……」


 仕方ないので割って入った。


「狙いはなんです。社長」

「君達の間に隙間風が吹けば、黒幕は手を突っ込みやすくなる。どちらかひとり、抱き込めばいいんだからな」

「なるほど、炙り出しの一環ですね」

「そういうことだ。……もしかしたら吉野くんのほうに接触してくるかもしれん。平くんのような無責任大名とは違い、君は真面目だからな。それだけに使いやすいはずだ」


 無責任大名とか。俺の二つ名、どんどん悪化しとるがな。


「でも、異世界には一緒に行かざるを得ないですよ」

「当然だ。だからいいだろ。向こうでいくらでも、好きにいちゃつけばいいじゃないか」


 冗談半分の軽口だろうが、ぎくっとした。俺と吉野さんの仲、これまで以上に煙幕で包まないとならないかもしれない。社長はともかく、敵対勢力に掴まれたら、それも取引材料に使われかねない。


 その意味で、社長の提案は渡りに船かも……。


「わかりました」


 俺が言い切ると、吉野さんにテーブルの下でつねられた。


「社内の目立つ場所で、なにか言い争ったり仲悪いフリをしてみます」

「おお、そうか。やってみろ」

「ただ社長、今のはセクハラ発言ですよ」


 一応、釘を刺しておく。


「すまん。つい、酒がな」


 ごまかしている。


 吉野さんに向き直ると、俺は微笑んでみせた。


「フリだけですよ。なんてことないでしょ」

「平くんがそう言うなら……。嫌だけどやってみる」


 渋々といった声だ。


「そうですよ。別に社内で一切、口を利かなくするわけじゃない。何回か、目立つところでツンケンするだけ。後はこれまでどおり、一緒にランチしたりしましょ。どうせ噂なんて、目立つ部分が誇張されて広まるだけだし」

「ならまあ、いいか……」


 ほっと息を漏らしている。それにもはや同棲してるも同然だしな。部屋では使い魔やキングーの目さえ誤魔化せれば、思う存分いちゃつける。なんとなれば温泉旅館で試したように、ふたりっきりのボロオフィスで着衣のままあれやこれやを……(ムラムラ)


「……というわけだ。どうだ平くん」

「はい?」


 しまった。妄想にふけるあまり、社長の話、聞いてなかったw


「社長のおっしゃるとおりです」

「はあ?」


 首を捻ってるな。また外したか。


「平は、社長のおっしゃるように、これからも黒幕探索に努めると言っているんです」

「そうか。吉野くんの翻訳能力、どんどん高まっているな」


 苦笑いだ。


「君達はいいコンビだ。仲違いのフリは頼むが、このまま仲良く、私を支えてくれ」


 店内トーカーのボタンを押して、社長がなんやらのワインを持ってこいと注文した。吉野さんが目を丸くしたから、よっぽど貴重な一本なんだろう。


「休暇を切り上げさせて悪かった。今晩は徹底的に飲もうじゃないか」




●次話、いよいよハイエルフの里に……。「さっそくトラブルとか勘弁しろよ」(平)

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