5 悪党一掃! 俺はゴミ掃除に励むぜw

5-1 ワインバーで「次の一手」

「まあ、一杯やろう。記念だ」

「はい、社長」

「おうっす」


 その日の晩。銀座七丁目、社長行きつけの例のワインバー。解任動議を乗り切った社長は当然ながら上機嫌だった。俺と吉野さんのおかげなのはわかりきっているから、馬鹿の後始末もそこそこに祝杯に招待してくれたんだ。俺達ふたりだけ。あー忘れてた。なぜかレナもついてきてるわ。だから三人+妖精だな。


 女将が持ってきたのは、なんやら知らんが古そうな泡のボトルだ。シャンパンなのは確実だろうが、俺には銘柄とかさっぱりわからん。吉野さんが目を見開いてたから、相当な貴重品だとは思う。金があってもコネと機会がなければ買えないほどの。


 いつものシャンパングラスではなく、コントみたいにどでかいグラスに注いでくれた。こういうの普通は赤に使うんだと思うけど、なんか理由あるんだろうな。俺にはわからない部分で。


「さて……」


 注意深く、三つのグラスに注ぐ。


「社長さん。ボクのがないよ」


 テーブルに座り込んだレナが、むくれてみせた。


「なんだ。妖精も飲むのか」

「当たり前じゃん」

「レナちゃんは、これで」


 ジャケットから小さなカップを出すと、吉野さんが自分のグラスから酒を満たした。


「やっぱ吉野さん気が利くよねー」


 レナが腕を組んだ。


「ご主人様や、社長さんとは大違いだよ。頭の薄い社長さんとは。けけっ」

「口の悪い妖精だな」


 苦笑いしている。


「まあいい。特別な夜だし、無礼講だ」

「じゃあかんぱーいっ」


 レナの音頭で、酒を味わう。うーんうまいわ。


「おいおい。そんなにグビグビ飲むな。香りを楽しむんだよ、こういうビンテージは」

「はあそうすか」


 たしかに。吉野さんや社長はそうしてるな。俺とレナはほぼほぼ一気飲みだが。


「うまいからいいじゃないっすか」

「まあいいか」


 にこにこ顔。ハゲ、珍しく機嫌いいな。解任動議を乗り切っただけでなく、反社長派の炙り出しに成功し、制裁に目処をつけたんだ。まあ当然だろうが。


「これから悪党はどうするんすか、社長」

「悪党? そんな奴は我が社にはおらんよ」


 上機嫌だ。


「鉾田副社長と永野常務の退任は、起業するとかいう話だったし。いやー今日急にだったんで、私も驚いたよ」


 狸。


「社長を裏切った他の取締役四人は」

「反社長派などいない。私の解任動議に、誰も賛成しなかったし。ただ……」


 テーブルのインターフォンで、次のワインを出すよう告げてから。


「ただあの四人は、今年中に転身するだろうな。みんな実力者だ。その実力を、子会社や孫会社、関連会社の社長や役員として役立ててもらおうじゃないか」

「片道切符の転籍ですね」


 吉野さんが念を押す。社長は答えなかった。黙ったまま、女将が次のワインをグラスに注ぐのを見つめている。


 女将が出ていくと、グラスを示した。


「飲み給え。こいつはちょっと変わった白でな。フレンチポリネシア環礁のワイナリー産だ。高級品というわけではないが」

「おいしい……というか、変わってますね、社長」

「そういうことだ、吉野くん。……平シニアフェローはどう思う」

「俺は──」

「ミネラル感が凄いねー」


 レナが遮った。女将が居る間は隠れていたけど、もう自由に飲めるからな。


「ねっご主人様」

「おう。俺もそう思う」


 レナが言ってくれて助かった。たしかにヘンな味はしたわ。渋いというか苦いというか。あれ、ミネラル味だったんか。知らんけど。


「環礁は、サンゴ礁が隆起してできた島。土壌には大量の炭酸カルシウムが含まれるからな。ぶどうの実だってそうなる。テロメールがどうとかって言うんでしょ、こういうの」


 適当なこと言ってごまかす。まあ当たらずといえども遠からずだろ、これ。


「テロワールだ、アホ」

「さすが平くん。理系で格好いいわ」


 吉野さんに手を握られた。ほどよく酔って赤い頬がかわいい。


「おいおい、見せつけるな」


 笑っている。


「にしても、その調子だと……」


 ぼそっと呟く。


「吉野くんも平くんも、これからが大変だな」

「はあ? 俺? 別になんも大変じゃないっしょ。なんかありますか、俺達」

「もう会議を忘れたのか」


 うまそうに、社長がワインを飲んだ。


「私を助けようと、君は北上社外取締役を連れてきてくれた」

「はあ。それに問題なんかないっすよね」


 会議の後、約束通り北上さんを三猫銀行本店にテレポートで戻した。それから警視庁捜査四課と財務省にも、反社案件を匿名でチクった。後は連中がなんとかするだろ。俺はもう知らん。それに仮に捜査が起訴にまで到らなくても、俺は別に構わんしな。要は三木本と三猫銀行が救われればいいだけの話だし。


 だからもう問題なんか残ってないと思うけど……。なんかあったっけ。


「きみが連れてきたのは、北上さんだけじゃなかっただろ。なんやら女子がたくさんくっついていたではないか」

「ああ。そういやそうだった」


 忘れちゃダメだわなたしかに。


「でも全員女ってわけじゃないし」


 脳裏に、キングーの姿が浮かんだ。


「ひとりは男女の要素を持ってます」

「両性具有って奴だよ、社長さん。天使と人間のハーフなんだ」

「とんでもない世界だな、それは」


 呆れ返ってるな。


「ひとりにドラゴン形態取らせたのは、やりすぎだったっすかね、社長。脅迫で訴えられるとか」

「それはない。それにドラゴンとかでなくてな……」


 俺のグラスに、酒を注いでくれる。


「君に嫁がたくさんいるのが、明らかになった」

「はあ……」


 そういや、吉野さんが俺の嫁遍歴を暴露した上で、あろうことか実際に俺が連れてきたからな。今さらあれは嘘でしたとかは、もう言えんか。


「倫理上どうとか、そういう話っすか」

「役員は皆、口が堅い」


 社長は言い切った。


「なにしろ売上千五百億規模の企業トップにのし上がった連中だからな。無駄口は利かん。……ただ」

「ただ?」

「ただ、自分の利益や保身、利権のためとなれば、話は別だ」

「けけっ」


 レナはもう、大喜びだ。なんせサキュバスだからな、こいつ。俺のエロ体験は大好物だし。


「ご主人様、モテモテなのわかっちゃうね。浮気者は嫌われるけど、ここまで突っ走ってると一周回って、女子社員からモテるよきっと。そんだけ女の子に慕われる男は実際どうなんだろうって、みんな思うもん。なんならアンドロギュノスにも好かれてるし」

「秘密はでかければでかいほど価値がある。今日明らかになった秘密の噂は、遅かれ早かれ社内に広がるだろう」

「社長、嫌な予言止めて下さいよ」


 だがまあ、それもそうか。


「その日が来ると覚悟して、今から準備しておきたまえ」

「いや別に準備なんかいらんっしょ。居づらくなったら最悪、俺が辞めればいいし」


 本音だ。生活のためだけに働く必要は、もうとうに無いからな。


「君は……」


 やれやれといった顔で、俺を見た。


「つくづく馬鹿だな」

「ハゲよりマシです」

「この……」ぴくぴく


 しばらく黙ったが、はあーっと息を吐いた。


「口の減らん奴だ。……たしかに、辞めれば社内の噂などはどうでもよくなる。だが君は吉野くんの恋人。すでに父親と面会して、婚約者も同然だろ。それが……他に女が何人も。会社出入りの弁当屋の看板娘に手を付けただけでなく、異世界の獣人からドラゴン、それにあろうことか幼女までな。問題にされるのは当然だろう」

「幼女なんかいません。俺は合法野郎だ」


 俺は反論した。


「キラリンはそもそも……」


 言いかけて止めた。社用異世界スマホ無しでも異世界出入り自由なのは、キラリンが生じたからだ。それを明かしたら、嫁の数以上の騒ぎになりそうだ。キラリンが実験動物にされる危険性すらある。


「……まあいいです」

「社長」


 吉野さんが微笑んだ。


「問題はありません。私達は皆、平くんを愛しています。それに……仲もいいんですよ。始終一緒に居ますし。なんならベッドでも……」

「賢嬢筆頭の吉野くんが、会議やここで、爆弾発言を次々投げ込むとはなあ……」


 呆れた口調だ。


「平くんに洗脳されてるんじゃあるまいな」

「馬鹿なことを言わないで下さい」

「そう見る阿呆が湧いて出ても不思議ではないということだ。……そしてそれを、社内政治や自分の利権のテコにする悪党が湧いても、これまた不思議ではない」


 社長は、真面目な瞳になった。


「注意しろ、平くん」

「ご主人様はねえ……下半身にストッパーがないんだよ。けけっ」


 嬉しそうに、レナが俺の頭上を飛び回った。


「だから注意しても無駄だよ、ハゲの人。なんたってご主人様は毎晩、ボクや吉野さんをいじめて攻めまくるからねっ、けけっ」

「いやあれはただのプレイで。いじめてるわけじゃないし。なんなら吉野さんはエ──」

「もういい」


 社長に遮られた。


「吉野くんが困ってるじゃないか。もうこの話は止めよう、平くん。三人……四人か、ともかくここにいる人間と妖精とで今晩は、ゆっくり飲もう。祝賀会だ」

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