4 海から来たネームドモンスター
4-1 ふたりの嫁力
「なんと。アールヴが生きておったと言うのか」
俺達の報告を聞いたケイリューシ王は、玉座から滑り落ちなんばかりに驚いていた。
「はい。ほんの数日前までは。集落の規模からして……おそらく千人くらい」
「それが今では、安否不明の王女だけか……」
眉を寄せている。
「あなた方は――」
いつものようにケイリューシ王の脇に座るコルマー王妃が、身を乗り出した。
「アールヴと会話したのですね」
「ええ王妃」
吉野さんが頷いた。
「ンターリーという、国王の補佐でした」
「国王はンカールという名前だったのですね」
「そう言っていました」
「そう……」
椅子の奥深く、座り直した。
「ンカール王とンターリー様、そしてアールヴの民に魂の安息が訪れるよう、祈りを捧げましょう」
「ケイリューシ様、コルマー様」
トリムが一歩前に出た。
「ンターリーは、アールヴとエルフ諸族、そして平の友愛に祝福を与えて事切れました。それは見事な詠唱で……」
「さすがはアールヴ。伝承のとおり、魔力に恵まれているだけありますね。……その力、生きて使うことができたなら、どれほど世界を救ってくれることか」
コルマー王妃は、溜息を漏らした。
「返す返すも残念です」
「わしらと
ケイリューシ王の瞳は、怒りに燃えていた。
「平殿、もうブラスファロンにも報告したのか」
「いえ……」
俺はケルクスを見た。俺をまっすぐ見つめると、頷いている。
「この後行きます」
「そうか。ではブラスファロンに伝えてほしい。ハイエルフはアールヴのため、派兵する用意があると。……おそらくブラスファロンも協力してくれるはずだ。祝福を受けたなら応えるのが、古き掟」
「でもケイリューシ様」
レナが割って入ってきた。
「ボクたち、シムルグールを見ました。ルシファーが使役してると思います」
「なんと」
「馬鹿なっ」
王の側に控えるハイエルフの近衛兵たちが、職務の戒律も忘れ、思わず大声を上げた。
「シムルグール。不浄なるドラゴンか……」
ケイリューシ王は、魂が抜けたように玉座に体をもたせた。
「それはとてつもなく厄介だ。太古の時代、連中はドラゴンが防いでくれた。だがもはや、この大陸にドラゴンはほとんどおるまい。平殿と吉野殿がドラゴンライダーとして友誼を通じる二体を除けば……」
「大人数の軍を派遣したらあっさり見つかるし、弓矢も魔法も届かない上空から攻撃されると思うよ」
「ではどうしたら……」
「とりあえず、ボクたちが様子を探ってみるよ。少人数だし、どうせアールヴの里には、もう一度戻らないとならないし」
「母……天使イシスにも聞いてみましたが、シムルグールは普通の魔物ではありません」
キングーが付け足した。
「使い手が操る、ゴーレムのようなもの。平さんなら、ルシファー軍の弱点を見つけられるかもしれません」
「お兄ちゃんなら大丈夫。あのオオウナギ見た晩、鰻重を三人前も平らげたからね。あんんなん、チョチョイのチョーイでしょ」
キラリンがわけのわからない参戦の仕方をする。それに三人前食ったの、お前だろ。俺は二人前だったし。
「あたしが平ボスの目となり耳となる。隠れて探るのにはベストのパーティーだ」
タマが俺の腕を取って甘えてきた。人前でタッチしてくるとか珍しいな。もしかして二回目の発情が近いのかもしれない。
「ああわかったわかった」
ケイリューシ王は手を振った。
「平殿のパーティーなら、頼りになる。それは認めよう。……ダークエルフの魔道士が嫁に加わって、ますます力が増したしのう」
呆れたように笑う。
「あたしもいるしっ」
タマの反対側の腕を、トリムが取った。ぎゅっと強く胸に抱き、よせばいいのに、俺の肩に頬をごりごり押しつけてくる。いやそれ、甘えてるんじゃなくて、大根おろしのやり方だ。
「そうであったな。トリムは優秀な巫女……になるはずのハイエルフだったし。頼りになる」
ケイリューシ王は苦笑いしている。
「トリムは立派な嫁ですよ」
ケルマー王妃が、優しく語りかけてきた。
「自信を持ちなさい、トリム。あなたは素敵です。平も大事に思っている。――そうでしょう、平」
「王妃のおっしゃるとおりです」
「では当面、平の行動に任せよう」
ケイリューシ王は、俺の目をじっと見た。
「わしがそう言っていたと、ブラスファロンにも伝えよ。だが無理をするでないぞ、平」
「はい」
「危ないと感じたら、すぐ逃げ帰れ。平の命を捨ててまで、アールヴの友情に応える必要はない。残念ながら……滅んだ民だからな。……おそらく王女も」
●次話は明日公開です
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